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第11話 ヤりたいストリート

 終着駅に着いた途端、松本はむくりと起きだした。 無言のまま改札口へ向かう松本に追いつく為に、私は小走りになった。改札口を出ると、また私の手を掴んできた。 「松本っ、どうしたの? 」  声を掛けても無視されて、ズンズン進んでいく。雑踏が凄いから離れ離れにならないように、て事なんだろうか。 (でも、もう解散だよね? )  後はそれぞれの最寄駅への乗り換え電車に乗るだけだ。なのに松本は駅を出てしまった。周りは段々、居酒屋だのキャバクラが立ち並ぶ処になっていく。 (ん? 飲み足りないのかな) なら、いいか。付き合っても。 「俺、限界」  ようやく、ぼそっと呟いた言葉は謎過ぎた。 (何が限界なんだろう) まだ、アルコールが抜けてないのかな。 「松本、吐きたいの? 」 「ちげーよ、バカ」  明らかに目的があるようで、松本は繁華街を抜けるとラブホ街に入っていく。旅行鞄も楽器もかなり重たい。片手を取られたままで、歩きにくい事このうえない。 「松本ってば! 」 何度目かに呼びかけたら、ようやく彼の足が、ピタリと止まった。 「ヤらせろよ」  ぼそっと呟かれた一言に、眼が点になりそうだった。 「はあ? 」  なんで、イキナリそんな話になるの? (シてもいいけど) むしろ積極的にシたいけど。でも、揺さぶられながら、リバースとかされそうだ。 (流石に、それはイヤ) 「松本、まだ酔ってるんでしょ」  私は断定した。 ヤらせろ、て私の聞き間違いだったんだ。きっと、"吐きたい"とか、そういう意味の事を呟いたんだろう。 (もう! ラブホ街を歩いてるからって、私カジョーでしょ)  期待してるから、そんな風に聞いちゃうんだよ。 (だけど、歩いていたら気持ち悪さがブリ返したのかな) "ご休憩"とかにひとまず入って、水飲ませた方がいいのかな。 まるで酔った女の子を連れ込む、悪い男みたいな言い訳を考えていた。しかし、松本の返事はそっけなかった。 「三回も吐いて、その後ひたすら寝てたからアルコールは抜けてる」 (そりゃ良かった) ……て、良くないよ。何処に向かってるのっ。私はいい加減、意味もわからず引きずり回されてイライラしていた。 「松本! 」  私の怒鳴り声に、松本はぴたりと止まった。それから、顔を覗き込まれて囁かれた。 「誌歌」 また、呼び捨て。 「俺を好きだったら、ヤらせろよ」 怖い程に据わっている眼だった。 「……な、に。言ってんの」 私は呆然と呟いた。 いつ。 何時、バレたんだろう。 「練習もサボらなくて、誰よりも早く暗譜してきて。俺の顔、いっつも見つめてて」 えっと、それは。 「練習好きで真面目な部員だったら、普通じゃないかな」 あんたの顔を、眺めてた訳じゃありません。 「指揮棒を見てるだけだよ」 ついでに顔も見てたけど。 「練習の時、お前と眼が合う確率が一番高い」 (う) それはそうかもしれない。 (だって松本の目線、捕まえたいんだから) 「練習してない時だって、ぼーっと俺の顔を見てるくせに」 ……それは、そうです。 (ソノトオリデス) ガン見されてて気持ち悪かったかな。 「好きでもない男の顔を、あんなにジロジロ見んのか」 確かに。好きだからガン見してました。 (やばい) なんか、私。追いつめられている? 「お前は俺を好きなんだよ」 (断定か!)  確かに、好きです。けれど、”うん”と言ってしまうのは、何と言うか負けな気がする。黙っていると、更なる横暴な言葉が降ってきた。 「だったらヤらせろ」 (だから、どういう論理だ! )  そう思いつつも、私の躰は抵抗が弱くなっていた。それをわかっていたように松本の手が私を引き寄せようとしてきて、だけど踏ん張った。 「出来ない」  私の抵抗なんて予想もしていなかったんだろう、彼は眼を瞠った。 「……なんで」  この期に及んで断られるとは思っていなかったのかもしれない。一気に険悪な貌になった。 (私だって、ナダレこみたいよ! )  自分の馬鹿正直なのを呪いたくなる。だけど、どうしてもあのイラストがちらつくのだ。 「……もしかして、アノ日か」  訊ねられて、ふるふると首を振った。合宿中だって普通にお風呂に入ってたし、ビーチボールもやった。 (男子に言われると、妙に気恥ずかしいな) 見れば松本も照れてるようだ。 「じゃあ何」  断られる理由が心底わからない、という顔だった。私が松本を嫌いだなんて、ちっとも疑っていない顔。哀しくて、憎らしくなった。 「松本なんか、大嫌いっ」 気が付くと叫んでいた。 「なんで嘘つくんだよ! 」 松本も怒鳴ってきた。 「嫌いなら、証拠を見せてみろっ」  はたと困る。 (どうすれば嫌いだって証拠になるのかな)  ノートは貸し借りしているし、学食ではオカズの取替えっこなんてしょっちゅうだ。これで”嫌い”というのは我ながら、確かに説得力に欠けている気がする。  黙ってしまった私に、益々勝ち誇ったように言いつのってくる。 「今日だって泳ぎにもいかず、隣に座って俺を眺めてたくせに。電車の中で俺の手に頬ずりしてたくせにっ。お前は俺を好きなのに、何で嘘をつくんだ! 」 あうあう。  私はジタバタしようとした。しかし、片一方の手は荷物を抱えていた。片一方の手は松本に握られたままで、何も出来なかった。 (バレてた! くそう、松本のくせに狸寝入りとは、アジな真似を! )  だけど、私にだって意地がある。 (私を好きでない男なんて、好きになっても不毛よ。だから、嫌いになるんだから! ) 最終兵器を叫ぶべく、私は息を吸い込んだ。
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