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第9話 九つ目の嘘

 翌日は朝から賛助さんが参加してくださる曲を集中的に練習した。 私達の為ではない。  どちらかというと、賛助さん達が演奏する楽器を、曲に馴染ませる為の合奏。 入りのタイミングや音量、賛助楽器と掛け合いをするパートとのバランスを見ていく。何度も同じフレーズを練習して、ようやく賛助さんと松本の満足いく仕上がりになったようだった。  それが終わると通しで一部から三部までを弾き通す。 入浴の後は通しをしてみて気になった処を重点的に練習した。ハードだったけれど、打ち上げが待っていた。  お酒がなみなみと注がれたコップを片手に、指揮者、コンミス、パートリーダーそれぞれ軽くコメントしていく。すると、皆の手拍子が早くなる。慣れたもので、挨拶の前にくいっと煽った。 (勿論、飲めない子はソフトドリンクでだ) 松本なんかはコメントの前からコールが始まり、何回もコップを空にしていた。  宴もたけなわ、昨日も完徹に近いから皆が酔っ払い出すのは早い。 あちこちで出来上がって大学校歌を斉唱している奴に、果ては小学校の校歌まで歌い出す奴らもいる。  何度も、しーっと叱責が飛ぶが、一瞬静かになってもすぐに声を張り上げていた。  誰かが叫んだ。 「今日、流星群極大だってよ! 」  その声に、ぞろぞろとメンバーは海岸まで移動していった。 潮風は湿っぽいが、気温的にはしんどくない。皆、根気よく顔を天に向けて夜空を見つめていたが、一人が寝転ぶと真似しだした。 (お風呂は24時間入れるらしいし)  普段は海水浴客も受け入れている民宿だから、砂は大目に見て貰えるだろう。 私が横になると、隣で誰かが寝っ転がった。 すると、すうっと光が流れた。 (あ) もう1個。 (松本が好きな彼女と両想いになれますように) 思わず、そんな言葉を願ってしまって苦笑してしまった。 (馬鹿だな、私。叶っちゃったら、失恋は決定なのに) 松本が描いたブンブンのイラストは、家に置いてきたテキストに挟まれたままだ。 (いつか返さなくちゃ) モデルが私じゃない事はわかっていた。だけど彼が描いた、というだけで愛おしくて返したくなかった。 「願い事したか? 」  話し掛けてきた声で、隣の寝そべってた奴が男で、松本なのがわかる。 「うん」  松本はいきなり、早口で言いだした。 「俺も。”好きな娘が俺を好きになってくれますように”、って祈った」  私はガバリと起きだすと、ビーチフラッグスよろしく、起き上るなり猛ダッシュした。 「お風呂! 確か二時までだったよねっ」 言い捨て上等!空々しいと思いつつ、私はそんな事を叫びながら逃げ出した。 「風呂は24時間オーケーだし、今は2時過ぎたっつうの! 」  笑っている松本の声が追いかけてきたが、足を緩めなかった。 「誌歌! 転ぶなよっ」 "誌歌"。  なんで、このタイミングで呼び捨てなんだろう。嬉しいやら悔しいやらで、私は怒りながら笑うという、気持ち悪い人になっていた。  シャワーを浴びながら、松本を思った。 「私のこと、好きになってよぉ……なんで、違う子の事が好きなのぉ」 (今だけだから) 水流を頭から被りながら思った。 (明日には、松本とブンブンの前で笑ってみせるから)  私は、髪にこびりついた砂が完全になくなるまで、何回も頭を洗った。そして塩水が大量に噴き出た眼の赤さがなくなるまで、私は大浴場に居たのだった。  ようやく出て、髪の水分をタオルで拭き取りながら、考える。 (明日の録音に備えて、少し練習しようかな)  一日中弾きまくっていた指は、水ぶくれみたいになって、次はタコになる。指先が硬くなると練習してきた勲章のように思えて、誇らしい。だが、お風呂に入るとタコがふやけてしまう。そこに硬い弦が食い込むと、結構痛い。 (どうしようか)  海から戻ってきた奴らの声が聞こえてきた。 「だすけ、合宿中に告るらしいぞ」 「マジで! 」 (! ) なんで、こんな訊きたくない事ばっかり。 「おう。だから協力してくれってSNSが来た」 (私には、そんなSNSは来てなかったけど)  携帯電話を確認してみて、もしそんなSNSが着信して居たら。私は、どんな事をしても家に逃げ帰ったと思う。  ノロノロと部屋に向かった。もう、練習する気なんて吹っ飛んでしまった。  すると、宴会に参加組のブンブンが部屋にいた。 「ねえ、ふーちゃん。ふーちゃんは、マッチじゃなくて松本君の事、好き? 」  いきなりの直球に固まった。 ブンブンと松本は高校からの同級生だ。その頃は、"松本っち"を短略化した"マッチ"が彼のあだ名だったと聞いた。 (最初は私達も"マッチ"て、呼んでたな、確か)  何故か、いつの間に"だすけ"になってしまったけど、私は何となく嫌で呼びたくなかった。ブンブンも何故かそのあだ名で、松本を呼ぼうとはしなかった。 「ふーちゃん? 」 答えを促されて、意識を戻す。 (どういうこと? もしかしたらブンブンも松本の事が好きで、私が松本を好きな事バレてるの?ひょっとして、釘を打たれてる……? )  咄嗟にあのイラストが思い浮かんで、私の口は勝手に返事をしていた。 「好きじゃない」  なんとか言葉を絞り出した。ブンブンに背中を向けて、寝間着に着替えると布団に潜り込んだ。 「え」  そんな声が聞こえてきたから、私は繰り返した。 「好きじゃない」 私は布団を被って寝たフリをした。
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