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第7話 七つ目の嘘
1時間ほど、パートごとに固まってミーティングをした。
指揮者やコンミスから受けた指示をリーダーから教わって、自分の譜面に書いていく作業に没頭した。それが終わると入浴と夕ご飯。
ホールに入っていくと、そこかしこでチューニングをし始めていて、厭でも気分が高揚してくる。
私も譜面をセットし、足台を調節した。チューナーを共鳴版に挟んで音を整えた。
時間になり、松本が指揮台にあがり、コツコツと指揮棒で譜面台を叩いた。
皆がチューニングを止めて、しんとする。
メンバーの眼が中央に居る、松本に集中した。さっと手を振られて、皆一斉に起立する。
「第●回演奏会に向けて、夏合宿を始めます。よろしくお願いしますっ」
全員で”よろしくお願いします!”と挨拶を返して、ガタガタと着席した。
「賛助さんは22時過ぎに見える予定だ。それまで形にしていくぞ! 」
松本が順繰りにみんなを見渡していく。
コンミスにアイコンタクトをして正面に向き直ると、眼が合った。彼が棒を振り上げ息を吸い込んだ瞬間、皆も息を吸い込む。
まさに皆の弦が音を紡ぎ出そうとした瞬間、松本がストップした。がたた、と皆がずっこける真似をする。
なんだ、どうしたと空気がざわめく中、松本は指揮台を降りながら着こんでいたジャージを脱いだ。素肌に引っ掛けていたようで、細い割にシックスパックの上半身が顕わになった。ざわめきと皆の注視の中、松本は私にバサッとジャージを被せた。
「! 」
不思議に思ってジャージの中を確認した。白のテロテロのTシャツから、ピンクのブラジャーがくっきりと映っているのが確認できた。おまけに、大きく開いた襟ぐりからは胸の谷間がきっぱりハッキリ見えている。
「大変、失礼をば! 」
(私ったら、料金を貰うのではなくて、罰金を取られちゃうよ! )
ヒューヒューと揶揄いの口笛が、そこここで吹かれた。耳や頬がカーッと熱くなる。
「ごめ」
「始めるぞ! 」
謝ろうとしたら、指揮台に飛び乗った松本が怒鳴った。
やや乱暴に振り下ろされた指揮棒と同時に、ジャン、と音楽が始まった。私は仕方なしに、松本のジャージをストールよろしく巻き付けながら、曲を弾きだした。
ふと見ると、ブンブンがこちらを見てニヤニヤとしている。
は、と思って周りを見ていると、他のパートの人間もニヤニヤとしていた。
(平常心! )と唱えながら私は、”次の休憩になったらダッシュで着替えてこよう”と思った。
(松本ぉ、目の毒だよぉっ)
私は焦りまくっていた。
松本の正面に私のパートは座っている。だから上半身裸の彼を、ガン見してしまえる。
上下に動く喉仏、3Dに動く肩。大きく空間を切り取っていく腕。繊細な音を呼び出す指先。呼吸に合わせて弾む胸。割れた腹筋が膨らんだり、凹んだりしているのまで、バッチリと見える。
(お臍ってなんてエロいの! )
ジーンズのファスナー辺りの膨らみ。その下に続くモノを透視してしまいそうになる。
(なんの拷問か! )
ああ、私。今日の松本をオカズにして、独りエッチ出来るよ。……ダメ駄目だめっ! エロい事を考えちゃ、敵の思うツボよっ
(どーして水着の男子の上半身にはドキドキしないのに。それどころか、隣のヤツなんて上半身マッパで下半身半ズボンだっていうのに。なんで松本だと下はジーパン履いているのに、鼻血出しそうになるの)
わかっている。松本だからだ。
(……それにしても、目のやり場に困る)
この時期は流石に暗譜している。
だから、周りの人間が醸し出す音の波に、気持よく揺蕩っていられた。指揮の息吹や振り下ろす瞬間に、集中していればよかった。なのに、安息時間は失われてしまった。
頭の中がぐるぐるして、真っ赤になっている事は自覚がなかった。
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