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第4話 四つ目の嘘

 何故か、私は松本とサシ飲みをしていた。 「バレちゃった前提で話すけど」 松本の顔が、真っ赤だ。 (バレてる前提か) てことは、コイツは私が隠蔽したという疑いを棄てていないのだ。 (その通りだけど) 「何が? 」 だけど、私はしらばっくれてみせる。  私が知ってる限り、松本の知り合いに”FF”というイニシャルの子は一人しかいない。 (……私を含めて、二人だけど) でも、私は論外だ。 中高の時は結構年上から告られた事もあるけど、大学に入ってからは、ぱったりと無くなったからだ。 (外側だけ女っぽくなっても、中身が伴ってないから)  ブンブンは女の私から見ても可愛くて明るくて、一緒に居たい子だった。 ふじしろ ふみか。 ふじくら ふみ。  こんなにも名前は似ているのに、なんて違いなんだろう。一方は松本に好かれている。一方はその恋心をぶちまけられている。  松本はブンブンと私。 あるいは他の女の子達もと区別しないでくれた。  他の女子は力仕事に従事しない事を赦されていた。 私もしなくても赦されたのかもしれない。だけど、性分で男子と同じだけの事をしなくては気が済まなかった。  ブンブンも椅子や譜面台を並べていく作業に参加していたが、彼女には誰かしら男子がついて手伝ってあげていた。私には誰も手伝ってはくれなかった。……ただ一人、松本を覗いては。  それからも松本は事ある毎に私を手伝ってくれた。 そんな彼を、気が付くと見つめている時間が多くなっていて、恋しているのだと気が付いたのは1年の秋位だった。  片思いのままで良かった。 フラれるのは確実だったから、告白なんてする気もなかった。笑い飛ばしてくれれば助かるけど、ギクシャクするのは嫌だった。  私達は”マブダチ”と言われてる位に仲が良かったから、このポジションをキープ出来るだけでも満足していた筈だった。 (それが)  松本が片思いしているのがわかれば、それだけでは済まなかった自分の気持ちにようやく気が付いた。 (馬鹿みたい)  私、松本の事を”自分のオトコ”と勘違いしていたんだ。 確かに他の女子と分け隔てされてなかった。だけど、松本が他の男子と接する態度とも、分け隔てなかった。 (そういうこと、なんだ)  女子認定されてなかったんだ。そんな事を三年もわかっていなかった、自分のアホさを呪いたくなる。  涙が滲みそうになって、慌てて欠伸をするフリをして誤魔化してみた。 「俺」 (やめてよ)  こんな処で、ブンブンへの想いを告白しないで。”応援して欲しい”なんて言われたら、どうすればいいの。 「すみませーん、ビール二つっ」 「ふじ」 「さー今日は、じゃんじゃん飲もうねっ! 」  汗をかいたジョッキを松本に持たせると、無理矢理乾杯をした。それからも、松本が口を開こうとするタイミングを見計らっては、お酒を注文し続けた。 ◇ --酔っぱらった。 「大丈夫かよ」 「だーいじょーぶ。吐いてきたし」  酒瓶が人数分減る事で有名なウチのサークル。他校とのジョイントコンサートも控えているから、幹事になると合コン参加必須だ。  最初は”ビールなんて苦いもの、飲めない”と涙目浮かべてた。だけど週イチペースでジョッキに3杯も4杯も開けていれば、耐性もつく。おまけに、先輩直伝の吐き方を教わってからは、二日酔いをうまくやり過ごせるようになってきた。 (ここら辺がいけないのかな)  女子は私しか、壜飲みをしない。 (でも、私よりブンブンの方が酒豪なんだけどな)  ウチのサークルの子はみんな強いけど、男子には上手に隠している。他の女子みたいに”やーん、飲めないー”って言っておけばよかった。 (今更言っても『ハア~? 熱あるんじゃねえの? 飲みゃ治るって』て言われるのがオチだけど)  今の私は、脚はフラフラ頭は酩酊状態。自分が酔っパラッパーな自覚があった。 「ねー。私のエライ処って、自分が酔っ払いだって自覚がある処だよねー」 上機嫌で言うと、松本が何故かため息をついた。 「家まで送ってく。……ったく。酒弱いの自覚しろよ」 (知ってたんだ)  ビールって辛いから、気が抜けてから呷ってる。 ウーロンハイを頼んだフリして、ウーロン茶ばっかり飲んでいる時もある。松本がわかってくれているのが、こんなにも嬉しい。へら、と笑って腕に縋り付きたくなる。 「だいじょーぶ。ほら、私んちバス一本だし」 「大丈夫じゃないだろ、酔っ払い」  本当は、送って欲しい。 (そう言えば。松本が誰かを送ってるの、見たことないな) 「ダメダメ。松本んち、私の家と正反対でしょー。終電なくなっちゃう」 「泊まらせろよ」  どきん。 男女が一緒の部屋に泊まるってどういう事か。いくら私だってそれくらいは理解している。 (誘ってくれたの? ) エッチしてくれるのかな。 ……違う。 (他のサークルはそういうフラグかもしれないけど。うちのサークルは違う) 男女で雑魚寝しても、怪しい雰囲気にはならない。 (松本は、酔っ払いの面倒を最後まで見てくれようとしているだけ)  だから、心を鬼にした。 (好きなコが居る松本に、浮気させちゃダメ) --私って、スカートを穿いた男子みたいなポジションだ。だから松本にとっては、浮気でも何でもないだろうけど。 ”私だって、本命が居る男とヤりたくない”って思った傍から、心が否定してくる。 (嘘) ブンブンを好きでも、松本がシてくれるのならヤりたかった。 ”シようよ” 言い出しそうな口をいったん、噛みしめてから殊更に明るく言った。 「だめだめぇー。私と松本なら、”男同士の雑魚寝”だから問題にならないけど。それでも”彼女”に誤解されたくないでしょー! 」 「彼女いねえし」  聞こえてきた言葉は二重に私の心臓を痛くさせた。 フリーであった事の安心感と、片思いしている事への絶望感と。私は駆け出すと丁度来たバスに飛び乗った。 「じゃあねー、またねー」 「おいっ」 手を伸ばし掛けた松本の前で、バスの乗降口の扉が閉まった。
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