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第3話 三つ目の嘘

 議題は、夏に行う合宿についてだった。  数ある役職のうち、渉外は楽なポジション、というのが私達の共通認識だった。今までだと渉外の子が、サークルのOBが勤めている旅行会社に”今年もよろしく”で済んでいた。  二泊三日、バスに部員と楽器を積んで、山奥の宿泊所に行く。日中は練習三昧で夜は怪談話とお酒三昧。 (アンダー20には飲ませない。最近、大学はアルハラに眼を光らせているのだ)  三日目は帰りがてらミニ観光もしたりする、いつものマンネリ合宿。 1年目はそれなりに楽しかったけれど、毎年続くとなれば面白みは殆どない。だけど3年目の執行部の学年になると、大いなるマンネリがありがたかったりする。  それなのに、よりによって私達が執行部の今年、いつもの合宿場所を他の団体が抑えてしまったのだという。  海にするか山にするか。 バスを仕立てるのか、三々五々電車で現地集合するか。旅行会社から貰った音楽サークル向けの資料を観ながら、執行部たちはああでもない、こうでもないと議論をしていた。私は会議に参加しないで、ぼんやりと見つめていた。 ◇ 『藤代(ふじしろ) 誌歌(ふみか)です、よろしくお願いします』  三年前の四月、新歓コンパの恒例自己紹介タイム。パチパチとまばらな拍手がして、私は席を下ろした。  次が彼女だった。 『藤倉です! 高校の頃は”フミちゃん”て呼ばれてたので、大学生からは”ブンちゃん”とか”ぶんぶん”がいいです』  ホワイトボードに大きく”藤倉 文”と書き殴って見せた。元気いっぱいの彼女に、会場は湧いた。 『決まり! 君はブンブンね。じゃ、そっちのは……”デカフジ”な』  その時の先輩の一声で、私達二人は”コンビ”認定された。 (厭だという閑も無かったなー)  当時の事を思い返す。 ”もっと可愛い仇名がいいです。フミフミとか”。そんな言葉を言う間も無くて、私は”デカフジ”にされてしまった。  新歓コンパから数週間たった日。 『誌歌さ』 当時の4年生の先輩が言った。 『もしかしたら、自分が嫌い? 』 『え』 見透かされた、と思った。 『や、なんかさ。猫背になって一生懸命、胸大きいの隠しているみたいだから』 『……』  その通りだった。 小学生の時から大きくなり始めた胸や身長は、クラスメートからの揶揄(からか)いの的だった。私は目立たないように、背中を丸めるクセがついていた。女である事が恥ずかしくて、髪も短く切っていたし、だぼっとした服を着て胸を隠していた。  ”女”だって馬鹿にされないように、男子がやる遊びは全部加わるようにしていた。ここ数年は制服以外はスカートを穿いた事もなかった。 『誌歌がトランスジェンダーでないなら、女である事を謳歌(おうか)した方が楽しいよ』 (女を謳歌するって、なんだろう) 先輩の言葉に頭を傾げた。 (それって、女臭さを売りにして男に媚びへつらうこと? )  反感と疑問しか浮かばない私の顔で、納得していないのがバレてしまったようだった。  先輩が苦笑ともつかぬ柔らかい笑顔を浮かべてくれた。 『……まだわかんないかな。でも、せっかくスタイル良く生まれたんだから、アピールしてみなよ』 ”スタイル良く生まれた”。 今まで、そんな風に言ってくれる人はいなかった。 『騙されたと思って、まずは背筋を伸ばしてごらん。それに慣れたらスカートを穿いて、ヒールを履いて。口紅も付けててごらん』  先輩はジーンズとTシャツなのに、不思議と色っぽい女性だった。彼氏も途切れた事ないし、でも女を武器にした感じではない。力仕事もバンバンするしガハハ笑いする人だったけれど、がさつな人ではなかった。私はその先輩を尊敬していた。 『堂々として、羨ましがられちゃいな』  先輩の言葉が後押しをしてくれて、縮こまっていた背筋を伸ばそうと思った。 不思議な事に胸を張っただけで、前向きになれた。真っ直ぐに人の眼を見つめる事も、遠くを見通せるようにもなった。  それから、恐る恐る私は口紅も付けだして、スカートを着るようになった。すると、話す電信柱のようにしか思われていなかった私は、人目を集める存在になった。喋る度に、動く度に注目されるようになった。  引っ込み思案になりかけていた私を、日の当たる場所に引っ張りだしてくれた先輩には感謝している。  堂々としていた方が居心地がいい事を学んだ。アッハッハと豪快に笑って、背中を力いっぱい叩いてやれば、人はそれ以上突っ込んでは来ない。だけど、ファスナーを下ろした着ぐるみの中身は、猫背のまんまの私だ。私は、嘘をついているのがバレないように努力した。 ◇  私がボンヤリとしているうちに、合宿は海になる事が決まった。私を松本がチラチラと見ていた事に気が付いた。 (まだ疑われてるのかな) でも、松本を見ているブンブンに気が付いて、私は二人から眼を反らした。  渉外の子がOBに連絡をしてくれる。 他のメンバーは渉外の子を固唾を飲んで見守っている。やがて携帯電話でOBの先輩と話しながら、Vサインをしてくれたので私達は散会となった。
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