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第1話 一つ目の嘘

 講義の後は、待ちに待ったお昼休みだ。 みんな、ぞろぞろと移動していく。 (あ) とある男子学生のノートからメモが落ちた。それを見ていたのが私だけだったのは、偶然だ。……という事にしておいて欲しい。  私は「だすけ」こと、松本 大輔に片思いしていた。ゼミも一緒、同じサークルであったけれど、隣に座るのは気恥ずかしい。  彼は眼が悪いし真面目だから、講義を前で聴く。私は視力1.5だ。だから、堂々と彼を見つめられる、後ろの席を分捕るのが習慣になっていた。  黒板に近い処に出入り口のある、すり鉢状の講義室。 その一番奥の辺りに居た私が、一番下に降りる頃には誰も居なくなっていた。松本に『普通に』声を掛けられるチャンスとばかりに、私はいそいそとメモに近づいた。 (何を落としたんだろう) 不思議に思った私はメモをひっくり返した。 「! 」  拙いイラストと、『FF LOVE』と殴り書きの文字。 それは私の知っている女子の、(ちっとも似て居なかったけれど)数年前の姿だった。勿論、私は数年後の彼女の事も、とてもよく知っていた。  何故って、”FF”のイニシャルを持っているのは、私が知ってる限り二人しかいなかったから。 足元がぐらついて、私だけ地震に遭っているようだった。  バタバタ……と焦りまくっている足音が近づいてきて、私は咄嗟にメモを自分のテキストに挟んだ。 バン! と煩い音がして、引き戸式の扉が乱暴に開かれた途端、松本が叫んできた。 「っ、藤代っ! メモ用紙見なかったかっ」 (ぎりぎりセーフ! )  私はテキストを鞄の中にしまった処だった。後ろめたさ100%だったけれど、私はしらばっくれた。 「メモ? どんな」 「B5位のノートの切れ端っ。ああっ、もしかしてお前見ちゃった?! 」 悲鳴のような声で、私に詰め寄ってきた。 (やっぱり松本のだったんだ)  否定して欲しかった。私はパンパンに膨らませた恋心が、針で突かれた風船のように、ぷしゅうと弾けるのを感じていた。 (”胸が破けるような”って、こういう時にぴったりな表現だよね)  私の悲劇とは関係なく、松本の顔は真っ赤で茹でダコのようだった。 (これがきっと、悲壮感ハンパない時の松本の表情なんだね) そんな彼を見た事がなかったから、ある意味新鮮だった。 「見たよなっ! 」 断定されてしまった。 (ハイ、見ました) しっかりと。 「最悪だっ、よりによってお前に見られるなんてッ」  絶望的な物言いに、よほど見られたくなかった事を知った。 (悪い事しちゃったな……でも) 心の中で反発する。  私だって見たくなかったんだよ?……君がブンブンを好き、なんてメッセージは。 「見てない」 私は咄嗟に嘘をついた。 (そう言えば、気が楽になるのかな? ) ほんの軽い気持ちだった。 「嘘つけ。さっきまで持ってたんだ。テキストから、サークルの奴に貸す前に抜き取っておこうと思って探した。そしたら、なかったんだから」  今、受けていたのはA群とB群で二つに分けている、人気の授業だった。 (納得)  だから、すぐ気が付いて速攻、戻ってきたんだ。 「落ちてたとしても、他の人が拾ったんじゃないの? 」 悪いなと思ったけれど、私も意地になっていた。 「またまたー。ネタは上がってるんだ。怒らないから。昼飯奢ってやるから、な? 早く返せっ」  松本は私の鞄を指さしながら、しつこく食い下がってきた。松本の必死さに、ちくりと良心が痛む。 (その通り。私が隠匿しております) 「知らないってば」  そう言うと、泣いちゃう?て焦る程に歪んだ顔になった。どれ程大事にしているかが、よくわかる。それはそうだ。入学からずっと片思いしている女の子のスケッチなんだから。 (もしかしたら、高校から片思いしてた? ) 下手すると、彼女を追いかけてこの大学へ入ってきたとか?  (返そうかな) ちらりと、そんな事も考えた。  だが、ここで肯定しては居心地悪くなってしまう。 ”どうして、隠したのか”、”どうして、しらばっくれたのか”。 そんな事まで追及されたら、余計な事まで言ってしまいそうだ。  私は眼に力を入れて、松本の眼をじっと見つめた。 しかし敵もさるもの、じいっと私の眼を見つめ返してくる。瞳同士で相撲をしているかのように、じりじりと土俵際に追いつめられている気分だ。 (耐えろ、耐えるんだ、私)  ブンブンを好きな松本、松本を好きな私、の構図が明らかになってしまう。彼には両想いの可能性がまだ残っているが、私には玉砕粉砕木っ端みじんの運命しか残っていなかった。睨み合いを、力技で断ち切った。 (表情筋に出ませんように! ) 「見てない。そんなもの落ちてなかった。それより急がないと。今日、部室で合宿の打ち合わせするんでしょ? 」  松本は、もう一度覗き込んで来た。私の瞳を見て揺るがないのを確認すると、ため息をついた。 「……ああ」  彼は渋々頷くと、それ以上の追及を諦めてくれた。そして連れだってコンビニでお弁当を買ってくると、部室へと向かった。 --嘘と松本のスケッチをしまいこんだ鞄は、いつもよりも重く感じた。
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