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女王陛下の忠実な犬

 アレハンドロ卿は、女王の忠実な下僕。  宰相という地位に立ちながら、女王の願いのためならばどんな汚いことでも手を染めるという。  薔薇の玉座に就いた若き女王にしろ、アレハンドロ卿の傀儡にしか過ぎないのだろう。  あの男は野心を抱いている。いつか自分が王に取って代わろうと、女王の忠犬を演じているだけに過ぎないのだ。  ――玉座にいても、そのような戯言は聞こえてくるものだ。  薔薇の玉座とはよく言ったもので、ようはていのいいお飾りでしかない。  辣腕を振るった先代女王の御代とは違い、当代の女王はまだ若い。宰相アレハンドロによって帝王学をたたき込まれてはきたが、突然の母の崩御によって即位した彼女に、歴戦の政治家たちを相手取ったやりとりは不可能だった。 「カデンツァ候が亡くなったと聞いたわ」 「陛下のお名前で花を用意しております。カデンツァ候は先王陛下の御代からこの国に仕えていた重臣でございますので」 「……そう」  宰相のアレハンドロは、カイネの母に仕えていた男だ。  父である王配が死に、後を追うように母も病に倒れた二年前、王政が崩壊しないようにと命を削るように職務をこなしていた。  その傍らで、次期女王であるカイネに帝王学を仕込んでいたのだ。まったく彼はいつ休んでいるのかと、病床にあった母ですら苦笑しているような有様だった。 「先月のリューディス伯から、不幸が続くわね」 「リューディス伯もカデンツァ候も、お年を召しておいででした。そこに昨年の先王陛下の崩御が重なり、心労が重なっていたものと思われます」  黒髪をなでつけたアレハンドロは、カイネの問いに対して慇懃にそう答えた。  今年で36になるアレハンドロは、この国でも有数の大貴族である。代々宰相として王家に仕えている彼の家は、なにがあってもこの国を存続させるための、影の王家と呼んでも差し支えはなかった。  政治的な知識や駆け引きならば、未だ少女の域を抜けきらないカイネよりもよほど上手である。  実際カイネ自身も、彼の豊富な知識や経験に助けられていることは多々あった。彼が宰相を辞めて領地へ隠居するとでも言い出したら、きっとこの国の王政はたやすく崩壊するだろう。 「カデンツァ候の後任には、オゼル伯子であるウォーゼル子爵と、補佐にアイツベルク子爵をつけます。よろしいですか、陛下?」 「えぇ……あなたの采配に間違いはないわ。ウォーゼルとアイツベルクを推薦しておいて。任命状にはサインを入れておくわ」 「かしこまりました。全てカイネ陛下の御代が、栄光に満ちたものでありますよう」  紋切り型の回答をした後で、アレハンドロはすぐに下がっていってしまう。  執務のための補佐官は別にいるし、彼は彼で大量の仕事が残っているはずだ。  それでも、彼が部屋から出ていってしまうのをわずかに寂しく思う自分もいる。  せめて、なにか声を掛けよう。  そう思いうっすらと口を開いたカイネの頭上に、心なしか優しげな声が振ってくる。 「あぁ――それと、陛下」  今思い出しましたと言わんばかりの口調で、有能な宰相はちらりとこちらを振り向いた。 「先日の課題の答え合わせをいたしましょう。夕餉が終わられたら、準備をなさっておいてください」 「っ……えぇ、承知したわ。いつもすまない、アレハンドロ卿」  そのやりとりも、いつも通りのやりとり。  一年続いた彼とのやりとりに、側で控えている侍従もなにも言わない。  この国の若い女王はあくまで傀儡――全てを握っているのは、宰相アレハンドロであるのだから。 *  触れた肌は、わずかにかさついていた。  自分より20近く年上の男の肌を触っていてなにが正しいのかと、彼にはいつも渋い顔をされる。  だがカイネはそんな彼こそが好きだった。  よく見ればうっすらと皺の浮かんだ目元だとか、普段なでつけている黒髪に白いものが混じっているのも好感が持てる。 「陛下……三十路をとっくに越えた男の肌など触って、なにが楽しいのです」  呆れたような声が、足下から聞こえてくる。  慇懃な手つきで彼女の靴を脱がせていた男がじっとりとした眼でカイネを見つめていた。  ベッドに腰掛けたままのカイネは薄く笑うと、頬から髪へ指を動かす。柔らかな匂いの香を焚いた室内は、だというのにそこはかとなく淫靡な雰囲気が漂っていた。  常にきっちりとまとめられているアレハンドロの黒髪は乱れ、きっちりと隙なく着込まれた装いも襟をくつろげている。  華美な装飾を施された靴からゆっくりとカイネの足を引き抜くと、アレハンドロはその爪先にちゅっとくちづけた。 「今日この日、この瞬間も、全てカイネ陛下の御代が、栄光に満ちたものでありますよう」  それはまるで懺悔のようにも聞こえた。  昼間も聞いたばかりの、よくある文句。王宮で出会う者はみなカイネに頭を下げ、彼と同じ事をいうのだ。 「……して、カイネ」  だが彼は、まるで祈るような言葉を述べた後ですっと顔を上げる。  禁欲的で辣腕で、傲慢とすら呼ばれる宰相の仮面を脱ぎ捨てた彼がそこにいる。  カイネは教師に叱られる子供のような気分になった。 (実際、他の家庭教師は私をもてはやすばかりだったけれど――)  王女であり、次期女王であった彼女を叱ってくれるのは、母である先王とアレハンドロだけであった。父は――あまり会話を交わした記憶もない。母の隣に立っていたのも、王配である父ではなく宰相であることが多かった。  だから、ハイネは即位の前日に彼に問うたのだ。  自分の父は、本当はアレハンドロではないのか。  彼こそが正当に、先の女王の配偶者となるべきではなかったのか。  選択を間違ってしまったとは思っている。長らく自分を慈しんでくれた彼を信じられなかった責任は、あまりに大きい。 「ジオネッタ公子との話はどうなった? あれの祖父は元老院の中心人物だ。王族に組み込むのならば……損はないと思うが」  裸足の爪先に何度もくちづけながら、アレハンドロはきわめて事務的な声を出した。  ジオネッタ公子は何度もカイネの婚約者にと推挙されている人物である。家柄も問題はないし、素行不良というわけでもない。公爵家の人間であるからして、王配としての条件はほぼほぼ完璧に満たしている。 「それ、は……ぁっ!」 「もっともお前が、私以外を選ぶことができるならの話だがね」  ぢゅ、と強く爪先を吸われて、思わずカイネは肩をふるわせた。  自分の足下では、アレハンドロが妖艶に笑っている。  彼はわかっているのだ。公明正大で美しいジオネッタ公子を、決してカイネが選ばないであろうことを。  分かっていて、何度も自分に尋ねてくる。優秀な補佐官の顔で、いずれ健やかな子をと貴族たちの言葉を代辯してくる。 「あの若造では、お前を満足させることなどできまいよ。造形こそ美しいが、あれの中身はまるで空洞だ。大切に大切に、箱庭の中で育てられたあれには」  ゆらりと立ち上がったアレハンドロが、軽くハイネの肩を押す。  それだけで軽い彼女の体はベッドに投げ出されてしまい、アレハンドロは彼女に覆い被さった。  はらりと一筋落ちた彼の黒髪が頬をくすぐるが、耳朶に吹きかけられた熱い息はハイネを乱すばかりだ。 「あの男ではもう、お前は満たせない。そうだろう、ハイネ?」  薄手のネグリジェを乱暴な手つきで暴くと、アレハンドロは現れた白い肌に何度も唇を落とした。  赤い痕が消えかければそれを上書きするように吸い上げ、王の肌に所有の印を残していく。  本来ならば配偶者以外には許されない行為は、もう数え切れないほど行われてきたものだ。 「ぁ……あッ、は――アレク……ぁ、やっ」  大きなアレハンドロの手のひらが、ふっくらとした胸を掴んだ。  下から上へと揉み上げる動作をしながら、人差し指はその頂を刺激する。  くにくにとその場所を弄られているうちに、カイネの声は甘く室内に響くようになった。 「あぁ……ッ、やっ、んん……それ、は……!」  頭の中が、蕩けてしまいそうになる。  胸への愛撫だけで快感を拾うようになってしまったのは、彼に何度もそうされてきたからだ。  呼吸の度に乳房が揺れるのを、アレハンドロは押さえ込むようにして揉みしだく。 「カイネ――美しいカイネ。気難しい顔で玉座に座っているのは、さぞ苦痛なことだろう」  たっぷりと蜜をまぶしたような声音で、アレハンドロはカイネにそう囁きかける。  普段はこの世の楽しみなど一切知らないような顔をしていながら、彼女を組み敷いて抱く時だけは薄暗い情欲を瞳に灯しているのだ。  カイネもまた彼のそんな表情がたまらなく好きで、結局彼の好きなようにさせている。  真面目な彼をこんな風にさせたのは自分だ。  その自覚があるから、カイネは彼の狼藉を罰することはしない。  薄い唇を開いたアレハンドロが、柔らかい彼女の乳房を口に含む。  生温かい感触を覚えたカイネは可愛らしくさえずったが、彼がその行為をやめることはない。  舌の先端で蕾をつつきながら、時折思い出したように強く吸い上げる――カイネはシーツをぐっと握りしめたまま、与えられる快楽に耐えていた。 「ぁ…アレク……」  愛称で彼を呼ぶのは、褥の中だけだ。  配偶者でもない異性をそう呼ぶのははばかられるし、第一普段のアレハンドロがそれを許してくれるわけもない。  ただベッドの上でだけ、カイネは彼をそう呼ぶことが許された。  未だ下着に包まれたままの花陰の奥が潤む感覚に、熱い吐息がこぼれる。 「アレク――胸、ばっかり……も、やめ……」 「ほう? 女王陛下はこちらばかりでは不満だと」 「ち、が……ぁっ!」  わざとらしく片眉を上げたアレハンドロが体を起こす。  すでに腹にかかっているだけになってしまったネグリジェを完全にはぎ取り、彼は花壺を隠す下着へと手を掛けた。  ――アレハンドロは、こうしたことに慣れている。  自分と彼の年の差を考えればさほど疑問に思うようなことではないのかもしれない。  だが、彼は他人をも自分と同じように抱いたのだろうか。まるで色事に興味はないというような顔をして、しかして狂おしく、自分の知らない令嬢を抱いたこともあったのだろうか。 「違う? 違うのならばこのアレハンドロ、陛下の命に従うまで」  意地悪く笑ったアレハンドロが、そっとカイネから体を離していく。  手が伸びてしまったのは無意識だった。  わかっている――わかっているはずだ。これは彼が得意な駆け引きのひとつだということくらい。  彼に、自分の父ではないのかと問うたあの日、いやというほど思い知らされた。  破瓜の痛みと、彼を手に入れた喜びと、アレハンドロという人間の冷酷さを、これでもかとたたき込まれた。 「待って……お願い、やめないで――アレハンドロ」  仮に自分がカイネの父ならば、このようなことはしない。  そう、この世の終わりのような顔で組み敷かれ、即位の前日にカイネは純潔を失った。相手がアレハンドロでよかったといえばそうだし、彼を傷つけてしまったことに後悔もした。  未婚の女王に宰相が手を出したとなれば、これはカイネだけの問題ではなくなってしまう。王宮を支えてきたアレハンドロが去ってしまうのは、耐えられなかった。 「やめないで、いかないで――おねがい、だから」  か細い声で懇願すれば、彼はすっと眼を細めて膝を折った。皮肉っぽくにゆがめられた唇を動かして、彼はさも従順な下僕であるかのように囁く。 「全て陛下の、仰せのままに」  言うや否や、アレハンドロは先ほどまでの続きと言わんばかりにカイネの下着に手を掛けた。あっさりとそれを外してしまって、自らも服を脱ぎだす。  互いに裸体を晒し合うのは初めてではなかったが、この瞬間はいつだってとびきり緊張するものだ。  文官であるというのに鍛え上げられた彼の肉体は、年齢による衰えを一切感じさせない。  カイネの下肢へと沈んだアレハンドロは、ぬるりとした舌先で蜜口をなぞる。  愛撫に慣れたそこはうっすらと蜜を湛えており、彼の舌が這うだけでくちゅくちゅと卑猥な音が響いた。 「あ、ぅ……ひぁ、ぁ……!」  かすかに与えられる刺激は、劇薬に等しい。  快感を何倍にも増幅させられるような錯覚に陥って、カイネはうわごとのようにアレハンドロの名前を呼んだ。  秘された場所を舌や、時には指先でほぐされ、カイネの体は高められていく。 「ふ、ぁぁ……あ、ッ」  体の中が、信じられないくらいに熱い。  アレハンドロの蜜戯によって引き出される官能は、カイネをあらゆるしがらみから解き放っていくようだった。 (怖い――私は本当に、このままじゃ)  このままじゃきっと、アレハンドロなしでは生きていけなくなってしまう。  彼は自分を伴侶にと願うことはないだろう。だからカイネも、彼を求めることができない。  自分は女王として、いずれ子を残さねばならない運命にある。だが、それはこの行為をアレハンドロ以外の男性と行わなくてはならないということを意味していた。 「やっ……ア、アレク……ちょうだい――も、う、我慢……させないで……」  いずれ現実になるそれから考えを逸らしたくて、カイネは自ら彼を求めた。  思えば閨でこうした懇願を行ったのは初めてだったかもしれない。アレハンドロの目が大きく見開かれて、それからくつくつと笑いをこぼす。 「アレク……?」 「ああ、カイネ。美しいカイネ、私の女王よ」 「い、っ……!?」  昼間は決して笑顔を見せない彼の、情欲に囚われた笑みは凄絶ですらあった。  強い力でカイネの体をベッドに押しつけ、滾った欲望を秘処に押し当てる――貫かれたのはそれからすぐだ。相手をいたわるような愛撫も、優しい言葉もない。  最奥までを一気に穿たれ、一瞬カイネの呼吸が止まった。 「お前の願うままに」 「っく、は……ぅうっ……!」  だがアレハンドロは、そんなことまるでお構いなしと言わんばかりに強く腰を打ちつけてくる。  尖端が媚肉をかき分け、遠慮なく最奥へと叩きつけられる。  一切の配慮がないその行為ではあったが、カイネは自分の空虚や不安が満たされていく気になっていた。  女王ではなく、ただの小娘として彼に抱かれている瞬間――お飾りの薔薇の玉座で微笑んでいるよりも、ずっと生きていると感じることができる。  この快楽を教えてくれたのはアレハンドロだ。  足りないものはなんだって彼がくれた。  玉座も、知識も、生きる術も愛される切なさも、すべてアレハンドロが与えてくれたものだ。 「あっ……は、ああ……!」 「……カイネ」  低く呟かれて、更に抽送は激しくなる。  意識ごと塗りつぶされそうな快感を覚えながら、カイネは彼にされるがまま抱かれていた。  やがて胎内に熱い飛沫を流し込まれた時、カイネは狂おしく彼を抱きしめた。たくましい背中は彼女の腕が回りきるものではなかったが、振りほどかれたりはしない。  いずれこの手を、他の男の背に回すことがあるのだろうか。  満たされたはずの心がきしむ。  それに気付かないふりをしながら、カイネはこの瞬間のアレハンドロを強く感じようとしていた。 * 「ジオネッタ公子が出奔したと、宮中はその噂で持ちきりです」 「……なんでも、祖父の地位をいいことにあちこちで騒ぎを起こしていたとか――調査が足りなかった私の責任です。陛下、平にご容赦のほどを」  朝がくると、アレハンドロは女王の忠実な下僕へと戻っている。  謁見の儀に先立って彼からもたらされた情報は、婚約者へと推挙されていたジオネッタ公子のスキャンダルだ。 「あなたは悪くないわ。……彼のことは残念だけれど、仕方がないわ」 「ありがとうございます、陛下。しかしジオネッタ公はこの事件に責任を感じ、元老院議員の職を辞すると申し出です。そちらに関してはいかがいたしましょうか」 「すべてあなたに任せます、アレハンドロ。あなたの采配が間違っていたことなんて、今まで一度もなかったもの」  ジオネッタ公子はどこかに出奔し、すでに王都には影も形もないのだという。  物騒なものだ。先日はカデンツァ候とリューディス伯が死んだ。今回議員を退職するジオネッタ公も含めて、彼らは先王の時代から国によく仕えていた人間ばかりだ。 「……寂しくなりますね。ジオネッタ公には、祖父のようにかわいがってもらいました」 「あくまではあなたは女王、ジオネッタ公は臣下です。お忘れなきよう」 「そうね、ごめんなさいアレハンドロ」  弱音を吐けば、アレハンドロがぴしゃりとそれを制する。 「元老院の椅子に空きが出ましたが――ディリス伯爵を推薦しておきましょう。あの方は当代女王陛下への忠誠ならば他の追随を許さない」 「そうね。ディリス伯でいいわ。謁見が終わったら任命状を書きましょう」  彼の人選に間違いはない。  今までも母の御代を持ち出しては、カイネをアレハンドロの傀儡だと嗤う者が消えていった。  全ては彼女の治世のため。そのために、アレハンドロはどんな汚い手だって使ってみせる。 「ディリス伯には期待をしています。どうかこの国を、私たちと共に支えてくれるよう」 「あれは若い頃、あなたに声を掛けられたことで家督競争を勝ち抜いてきた男です。忠誠心は折り紙付きでしょう……もっとも」  アレハンドロの視線が、ちらりとカイネに落とされる。  謁見の開始を告げる侍従の声が、高らかに響き渡った。 「私を除けばという、条件がつけばだが」  夜と同じ横顔で笑うアレハンドロに、カイネはそうねとこぼして、前を向いた。
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