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第22話 とある病室の中で

「はぁ、はぁ……!!」  スリッパを履く余裕もなく、柚奈は院内を場違いな速さで駆けまわる。  当たり前のマナーさえ守れなくなってしまうほど……、今の柚奈の心は泣きそうな気持ちでいっぱいだった。  決心したのに、勇気を出したのに、何故……、また逃げ出してしまったのだろう。  元々、秘密を打ち明けて責められる事も、軽蔑される事も、覚悟の上で話そうと決めていたのに……。柚奈は身震いを覚えてしまうほどの不安を胸に抱えながら、ふと、立ち止まった。  後方から、何の足音も聞こえない。輝宮の、自分を呼ぶ声も……。 「……っ」  とりあえず、落ち着くまではどこかに隠れていよう。  今、輝宮の前に戻ったら、絶対に泣いてしまう。  さっきの看護師相手にも、あれだけハッキリと自分の主張を露わにしたのだから……。 「言えない……っ。や、やっぱり……、言えないぃいいいっ!!」  他の患者さん達に迷惑をかけない為なのだろう。  徐々に、ゆっくりとした足取りの靴音が後方から聞こえ始め……、柚奈は近くにあった真っ暗な病室にこっそりと潜り込んでしまった。  ちょっとだけ、ちょっと、だけ……。  輝宮がどこかに行ってくれれば、すぐ出ていくから……。  ドキドキと鳴り響く鼓動を感じながら両手を祈りの形に組み合わせて瞼を閉じていると、後ろからクスクスと楽しそうな音が聞こえた。 「え?」  病室なのだから、誰かいてもおかしくはない。  だが、真っ暗だった事もあり、もしかしたら空き室かもしれないとも思っていたのだ。  けれど、住人はいた。月明りだけに照らされた室内のベッドに……、男性らしき声の主が一人。顔はあまり見えず、けれど、その声音はとてもあたたかな響きを伴う。   「こんばんは。何か私の部屋に用事ですか?」 「あ、あの、勝手に入ってしまって、すみません。すぐに出ていきますので、少しの間だけ、居させて貰ってもいいでしょうか?」  闇の中、薄明かりだけを頼りにベッドの側へ足を向けた柚奈は、彼に頭を下げて頼んだ。  男性は室内用のライトにスイッチを入れながら、「何もありませんけど、それでもいいですか?」と、迷惑に思っているような節もなく、柚奈を受け入れてくれた。  オレンジのライトに照らされ、はっきりと見えるようになった男性の顔。  歳の頃は……、多分、柚奈よりも幾つか年上なのではないだろうか?  年齢によってその人が持つ顔つきや物腰も、だが……、それぞれの年代によって独特の雰囲気があるというか……。柚奈には、輝宮よりも年上の、三十を少し過ぎたくらいではないだろうかと、そう思えた。  優しそうな表情が、柚奈の焦りや不安をふんわりと包み込んでくれる。 「いえっ、居させて貰えるだけで有難いのでっ、お構いなくっ」 「ん~……。あぁ、そうだ。三日前に弟が持ってきてくれたお菓子があるんですよ。どうですか?」  そう言って男性が個室内の冷蔵庫から取り出したのは――。 「あ、これ、ウチのですね」 「え?」 「ウチの、父と母がやっているお店のロゴが入っていたので、ちょっとびっくりしたんです。お買い上げ、ありがとうございます」 「あぁ、そうだったんですか。じゃあ、……貴女の事かな」 「はい?」  男性が微笑ましそうにクスクスと笑う姿を眺めながら、柚奈は首を傾げる。  何かを思い出しながら笑っているような……、なんとなく、こちらも和む気配だった。  柚奈にベッド横の席を勧め、男がロゴ入りの白い箱の中身を見せると、好きなものをどうぞと勧めてくれる。  柚奈は苺がちょこんと乗った生クリーム仕様のミニケーキを頂く事にした。  普通の一切れサイズのケーキよりも小さな、可愛らしい大きさ。  男性もミニサイズのチョコレートケーキを手に取り、一口で平らげ微笑んだ。 「うん、美味しい。お嬢さんのお店のお菓子は、ケーキもタルトも絶品だ。ふふ、いつもありがとうございます」 「い、いえっ! こちらこそ、お買い上げと、店の者が喜ぶお言葉を、本当にありがとうございます!」 「礼儀正しく、笑顔の愛らしいお嬢さん……。ふぅ、弟に怒られてしまうな」 「は、はい?」 「ふふ、お気になさらず。あぁ、ですが、残念ですね。お嬢さんが来て下さったのが昨日だったなら、弟も貴女に会えたでしょうに」  是非、紹介したかった。男性の声音は残念そうでもあり、微笑ましそうでもあり……。  きっと、自慢の弟さんなのだろう。  実際に男性が弟さんと接する場面を見ていなくとも、兄弟仲が良い事は伝わってくる。   「お会い出来なかったのは残念ですけど、きっとお店の方で顔を合わせた事があるのかもしれませんね。特徴を教えて頂ければ、今度それとなくご挨拶させていただきます」 「ありがとうございます。……でも、奥手だから、……無理だろうなぁ」 「え?」 「いえ。ウチの弟は人見知りが激しいと申しますか、まぁ、内気なタイプなんですよ。もし、失礼があったら、私の顔に免じて、どうか許してやってください」  これを御縁に、ね? と、茶目っ気のある笑みで囁くその声が、表情が、堪らなく魅力的に映る男性。輝宮の事だけを愛している柚奈でも、ドキッとせずにはいられない破壊力があった。今のドキッ! は、輝宮には内緒にしておこう。  柚奈は不覚にもきゅんっとしてしまった自分の胸をそっと押さえ、それから十分ほどの間、男性と楽しいひとときを過ごした。  そして、彼の名前が荻野屋 孝幸(おぎのや たかゆき)である事を教えられ、またお見舞いに来るという約束をしてから、柚奈はそぉーっと部屋を出た、のだが――。 「おい、臆病ウサギ」 「ひっ!」  孝幸の病室から忍び足で歩き、角を曲がろうとしたところでバッドエンドが襲い掛かった!! 曲がり角の壁に寄りかかり、柚奈の手首を掴んでいるひんやりとした感触。  柚奈が思わず悲鳴を上げる前に、輝宮は彼女の唇を奪った。 「んんぅっ!!」  腰を強く抱き寄せられ、何も考えられなくなってしまうような深い口づけを押し付けられた柚奈は、酸素を求めて必死にもがく。  鼻で息をすればいい。けれど、その余裕すら奪ってしまうほどの、輝宮の荒々しさ。  罰のような、いや、罰だったのだろう。突然理由も告げず逃げ出した、臆病なウサギへの。  責め苦とも言えるキスがようやく終わりを迎えると、輝宮は身体に力が入らなくなった柚奈をその場で横に抱きかかえ、何も言わずに彼女の病室へと戻った。 「――で? この場で病院中に聞こえるような抱き方で啼かされるのと、自白したくなる程度に焦らされながら啼かされるのと、どっちが」 「どっちも嫌ですよ!!」  病室に戻って早々、ベッドに押し倒され、覆い被さられてしまった柚奈。  両手は痛いほどの力で輝宮に拘束されている。 「ふぅ……。まぁ、俺にも立場があるからな。他の患者に迷惑をかけない程度に……、たっぷりと尋問してやる」 「ひっ!!!!!!!!!」  ――そう言って意地悪そうに笑った輝宮の目に、得も言われぬ必死感があった事には、まったく気付かずに襲われ始めた柚奈だった。 【SIDE:輝宮弓弦】 「ん、……ァッ、……や、ぅぅっ、……ぁぁっ」 「気が、狂い、そう、……だろう? 散々焦らされて……、もう、何もかもどうでもよくなるだろう?」 「んんぅ……っ、……はぁ、……ぅ、……んぁっ、は、……せん、ぱ」 「腰を動かすな。ご褒美は、――全部吐いてからだ」 「ふ、ぅぅっ、……い、ゃ、……い、やぁ、……許し、……ぅぅっ」  愛しくて堪らない柚奈にたっぷりと執着質な愛撫を施し、一気に突き入れた熱い欲望の塊。  膣内に挿れただけでも興奮が高まってしまうが、今夜は駄目だ。  輝宮は病室のベッドであられもなく両足を開かされている柚奈の腰を掴み、先程からゆっくりと、ゆっくりと……、女襞に酷く焦れったい動きで雄を感じさせながら腰を揺らしている。  いつもとは違う、輝宮があまり好まないやり方だ。  昔も、今も、彼女の膣内に包まれたらすぐに腰を激しく突き上げてしまっていたというのに……。 「お前にも、俺にも、……拷問だな? ハァ……、柚奈、早く、吐け。……ンッ、……はぁ、くっ、……話すと、約束、した、だろう?」 「ぁっ、……んん、……やぁ、……はな、せ、……な、……ふ、く、ぅぅっ」 「何故、気が変わった?」  上半身を押し倒し、柚奈の首筋にちゅっちゅっと吸い付きながら、輝宮のモノが子宮口を少しだけ強く抉りつけた。  約束したのに……、ようやく、柚奈の心も身体も手に入れられると思ったのに。  輝宮は柚奈の望む快楽を時折与えてやりながら、思考に耽る。  約束をしたのに気が変わったのは何故か?  柚奈が豹変し、逃げ出した瞬間の記憶を、その少し前からの流れを振り返る。  自分が腐女子であると言った柚奈。そんな事は全然構わないと答えた自分。  そして、……看護師の桜月が検温に来て、……同じ、腐女子で、……。  輝宮はそこでピタリと動きを止め、冷ややかに柚奈を見下ろした。 「はぁ、はぁ……、せ、せんぱ、ぃ?」 「……んな、事で、……」 「え?」 「柚奈、お前……、――俺をBLのモデルにしたな?」 「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」  瞬間、快楽を欲しがっていた柚奈の顔が一気に青ざめた。  浮かんでいた女の色香も、瞳に揺らめいていた情欲の熱も……、全て消え去っていく。   「図星か?」 「…………」  付き合っていた男を、二次元の世界とはいえ、男同士のあれこれに巻き込み、妄想の限りを尽くした……。柚奈の顔を見れば、もう確定だ。最悪すぎる。  彼女の膣内で猛っていた雄竿も、衝撃の……、いや、下らなさすぎる事実にもう萎えた。 「……ふざけるなよ」 「――っ!! か、輝宮先輩!! ご、ごめんなさっ」  謝罪と言い訳をしようとする柚奈の膣内から熱を失ったモノを引き抜き、輝宮はサイドテーブルのティッシュを何枚か引き抜いて処理を済ませると……。 「ご褒美はなしだ」 「せんぱっ!!」  淡々とした声音でベッドを下り、彼は病室から出ていく選択をしたのだった……。    
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