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第21話 竦む勇気

 家族に愛され、趣味の合う友人に恵まれ、そして……、奇跡のような出会いと関係を手に入れた一人の少女。けれどその出会いは……、『彼』の存在は。  ――彼女にとって、禁断の果実となってしまった。  女性なら誰もが思い描くような、夢のような日々。  容姿や頭の良さだけでなく、輝宮弓弦という男性はそのバックもまた、王子様そのものであった。輝宮財閥の三男。彼の周りにいた女性達は皆、大金持ちという生まれの輝宮に、夢を見ていた。彼の恋人になれば、将来的に結婚という道を掴む事が出来れば、何に困る事もなく、贅沢な暮らしが約束される。  そう、輝宮を信奉する女性達は言っていた。物凄く鬱陶しいほどに。  だが、当時の柚奈にとって、輝宮の財産や家の事など、特に深く考えるような事でもなく、ただ、彼に寄り添う事を許されていたあの幸せな時間だけが、何よりも大切な事だった。  贅沢なものなど何ひとつ必要ない。  輝宮も、柚奈も、お互いの存在と、触れ合うぬくもりだけに、恋焦がれていたのだから……。 「輝宮先輩との日々は、本当に幸せでした。……私が、……でなければ」  真っ黒に塗りつぶされたキャンバス、その中に小さく見える綺麗な光の気配。  柚奈はそんな窓の向こうに視線を流し、怯えているかのように身体を震わせた。  まだ真相を聞いていない輝宮は先を急かしたくて堪らないはずだ。  けれど、彼は柚奈の手にぬくもりを寄り添わせたまま、静かに続きを待ってくれている。  出会った時から、少し強引で、振り回される事も多かった相手だが、……柚奈のやった事に比べれば、可愛いものだ。……多分。 「私が、……オタクだって事は、知ってますよね?」 「あぁ。高校時代に、キャンバスの陰で時々同人誌作成に励んでいたのも、漫画やアニメに夢中だった事も、イベントには必ず参加している事も知っている。今日も行って来たんだろう?」  ………………………。 「……なんで今日の事まで知ってるんでしょうね。……はぁ、とにかく、認識的には忘れていなかったようで、安心しました。……でも、もうひとつ、話していなかった事があるんです」 「どういう事だ?」  どう説明すれば、すんなりと呑み込んで貰えるだろうか。  漫画やアニメが好きで、二次創作が好きで、カップリングが好きで、……それから、世の中には、男同士、女同士のカップリングが好きな人達がいるという、今日一番重要な点を。  いや、問題はそこじゃない。自分が腐女子である事を話したとしても、輝宮は特に動じないだろう。何故だかそんな気がする。きっと、「そうか」で終わる。間違いなく!  だが、自分が腐女子でもある事実を話すのと同時に……、六年前の真実を話した場合は……。あぁ、傷つけたくない。出来るなら、墓場まで潜り込みたい黒歴史!!   「柚奈、安心しろ。俺は何を聞いたとしても、決してお前を嫌いになったりはしない。――ただし、六年前に浮気の事実でも出てきた場合は、お前を誘惑した男を今からや」 「はい!! 違います違います!! そんな男女の秘密めいたあれこれとは程遠いんです!! 安心してください」 「そうか」  ずいっと近づけられた輝宮の怖い表情が、一瞬ではにゃ~んと上機嫌になってしまう。  もしかしなくても、本当に浮気以外だったら寛容に受け止めて貰えるのかもしれない。  自分をそっと抱き寄せ、愛おしそうにキスを降らせてくる輝宮にドキドキとしながら、柚奈は第一の試練に挑む。 「あ、あの、……ふ、腐女子、という存在を、御存知、で、しょう、かっ」 「婦女子?」 「く、腐った……、女子の、事、です」 「お前は身なりに気を使うタイプだし、素のままでも可愛いだろう? 全然腐ってないと思うが」 「輝宮先輩の愛のフィルター百枚重ねはスルーします。えっと、ですね、男同士の恋愛を好む人の事、です。び、びーえる、っていうジャンルがありまして、え~と」  何が悲しくて、ハイスペックな美形彼氏にこんなカミングアウトをしなくてはならないのか!! いや、普通スペックの恋人相手でも、絶対にしたくない!!  輝宮に負い目がなければ、本当に墓場までこの秘密を持って行ったものを……!!  BLや自分が腐女子である事を恥じているわけではないが、そういう趣味を聞いて気分を害する人もいる。だから、語る場所は、時と相手を選ぶべし。柚奈はそう思って生きてきた。  これからもそういうスタンスで生きていくつもりだが……。  輝宮に自分が犯した過ちを打ち明けるには、避けて通れぬ道でもあった。  まぁ、事前に予想していた通り、 「そうか。人にはそれぞれ好むものがあるからな。別にいいんじゃないか?」  輝宮はすんなりと柚奈が腐女子である事を受け入れてしまった。  抵抗感がない、というよりも、BLにも、腐女子というものにも、興味がないのだろう。 「俺の職場にもいるからな。BLとやらを好む看護士が」 「え!? お仲間が!?」 「会いたいなら今度紹介してやる。それよりも、六年前の本題はまだか? まさか、自分が腐女子とやらで、BLに興味があるから……、そんな下らない理由で離れた、というのが真相か?」  ――だったら、泣きわめく程に仕置きをしてやろう。  輝宮の満面の笑みの向こうに、その目に、恐ろしい大魔王の気配を感じる!!  勿論、理由はそんな事ではなく、別にあるのだが……。  この分では、本当の事を話しても……、柚奈にとっては阿鼻叫喚のお仕置きルートが確定しまっているのでは!? 内心でブルブルと震えながら、柚奈は引き攣った笑みを浮かべる。 「失礼しまぁ~す!! 蜜月柚奈(みつきゆな)さぁ~ん、ちょっと検温を……、って、あ?」 「……休みだろう?」 「ん~? あぁ、ちょっと人員足りなくなったらしくてさ、アンタとそっちの子が帰った後に出勤。……で、え~と、お邪魔?」  突然入ってきた陽気……、いや、ハイテンションとぶりっ子の権化のような可愛らしい看護士の出現に、輝宮がじとりと冷ややかな視線を突き刺した。  確か、緊急外来で会った輝宮の知り合い……のはずだが、何故、突然のぶりっ子?  柚奈がぱちぱちと目を瞬き、首を傾げる様に看護士の女性が気付く。 「さっきはど~も。今度は患者になって戻って来るとは思わなかったけど、元気そうで何より。ちょっと検温させて貰ってもいいか? 輝宮のじーさんが念入りに状態確認しとけってうるさくてなぁ」 「あ、は、はいっ」  さっきのぶりっ子モードは一体何だったんだろう……。  テキパキとした動きで柚奈に体温を測らせ、必要な事を尋ねてくる看護師の女性に、柚奈は何となく、既視感を覚えてしまう。緊急外来で出会った時のように……。 「ふぅ……。桜月さん、用件が終わったらさっさと出て行ってくれ」 「あ~? 大事な子なんだろ? しっかり診とかないと、後で後悔するぞ~」 「……」 「あ、あのっ……。すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」 「ここは病院。患者の面倒を診るのが、オレ達看護士の役目だ。元気になって退院して行ってくれる事が、何よりの礼代わりさ」  体温計を受け取り、その数値を書き留めた女性、桜月に片目を瞑ってウインクされた柚奈は、その男前な爽やかさにぽっと頬を染めたのだった。  あぁ、やっぱり似ている。一度も会った事がないけれど、柚奈にとって同じ印象を抱いている、大切な友達の一人に。それに、心なしか……、喋り方まで似ているような気がする。  滅多にいないタイプの看護士だが、偶然だろうか……。  輝宮との大事な話の最中だが、もう少し、もう少しだけ……。 「あの、桜月さんっ」 「ん?」 「柚奈?」  何か話題を、もう少しだけ、この女性と話をしていたい……。  けれど、別に具合が悪いわけでもなく、彼女の仕事の邪魔になるような真似は……。 「その、……さ、さっきのは、ど、どういう、意味が、あったんでしょう、かっ」 「さっきの?」 「ここに入って来た時の……」 「鳥肌ものの、ぶりっ子モードの事だろう。そうだな、柚奈」 「は、はいっ」  柚奈が何故、桜月に興味を示しているのか。輝宮は別の意味で納得しているようだった。  ぶりっ子全開の看護士がハイテンションで入室してくれば、初見の患者は皆驚くだろうし、疑問に思うだろう。この看護士、頭大丈夫か、と……。  柚奈的には、ふわふわロングの可愛らしい彼女なら、ぶりっ子系もありかと思えるのだが、素らしき喋り方をしている今の彼女も素敵だと思う。  桜月は何て事のない世間話の一つのように、自分のやった行動について説明をしてくれた。  看護士と声優の二足の草鞋。普通なら、まず無理な話だ。両立など出来るはずがない。  だが、彼女の親戚筋にあたる本家の力によって勤務時間や日数が調整されており、何とか両立出来ているのだと、溜息交じりに打ち明けられてしまった。  どっちつかずの中途半端な日常だと、桜月が苦笑いをしながら自分の頭を軽く叩く。 「どっちも好きだけど、さっさとどっちか決めちまわないと……、つか、社長を説得しないと、スッキリしないんだな、これが」 「看護士としてやっていくと、決めているんだろう?」 「あぁ。どんなに忙しくても、看護士は私の天職だからな。絶対話をつけてくるって決めてるよ」 「大変なんですね……。でも、桜月さんって、凄く良い声をなさってますよね。看護士の職をとるって事は、もう……、声優のお仕事は」 「ん~、演じるのも、ぶっちゃけ好きなんだよね。だから、もし、暇が出来たら、同人って手もあるし、趣味としてなら、自分で仕事量の調整も出来るしな」  一度聴けば、その声がどれだけ普通の人と違うのか。  声色、発声の仕方、深みのある音、確実に記憶に残る声だと、緊急外来で会った時に感じた。そして、二度目の出会いで今話している間も、柚奈は彼女に関して気付く点が多かった。  桜月の声は、アニメやドラマCDなど、柚奈の好きな作品でも何度か聴いた事がある声によく似ていて……、同じ印象を、大切な友人の一人にも感じたことがあって……。 (だけど、確かめていい事じゃない……。花ちゃんは、自分のプライベートを詮索される事を望んでなかったし、それに……) 「柚奈、もういいか?」  ――はいっ!! 大魔王様が本題に戻りたいと、内心、大変御立腹の模様ですしね!!  もし、この桜月という看護士が花だったら、柚奈は感動と喜びで本題の事も、輝宮の事も綺麗さっぱり忘れ去ってしまう事だろう。そうすると、色んな意味で面倒な事になってしまう。  抑えよう。ここはぐっと、知りたい気持ちを抑えて、大人になろう!!  震え気味に頷いた柚奈の姿に、桜月がくすりと微笑ましそうに笑みを零す。 「あ、そうだ。なぁ、輝宮センセ」 「なんだ?」 「今度、オリジナルで同人本出そうと思ってるんだけどさぁ~、アンタと華藤センセをモデルにしたキャラでBLやっちゃっていい?」 「ぶっ!!!!!!!!!!」  も、猛者がっ、猛者がここにぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!  今まさに、桜月がいなくなってから輝宮に打ち明けようとしていた本題の核心がっ、核心がっ!! ニコニコと小悪魔のほうに微笑む桜月と輝宮の様子を恐怖か期待なのか、色んな思いで見守る柚奈。返される反応が怖すぎて、心音も加速してしまうほどだ。 「やめてくれ。たとえ二次元の話でも、俺とアレが勝手にどうこうされると考えただけで……、ぐっ」 「わっ、すっげー鳥肌~。そんなに嫌か~、モデルとは言っても、全然別次元のキャラになるってのに、繊細だなぁ」  桜月が素早く捲った輝宮の服の袖。肌には……、感想通りの凄い鳥肌が。   「勝手にやらず、ちゃんと許可を取りに来るところが桜月さんらしい誠実さだが、やるなら、華藤だけをモデルにしろ。アイツが攻めになろうが、受けになろうが、全部許す」 「おいおい。同僚売っちゃ可哀想だろう~。泣くぞ、アイツ」 「好きなだけ泣かせろ。マニアックプレイでも何でも、俺が許可してやる」  そうまでして、自分を守りたい、と。  輝宮にとってBLは嫌悪の対象でなくとも、自分をモデルにされる事は絶対的に許せない事なのか……。まぁ、普通はそうだろう。  柚奈は目の前でコントのように繰り広げられる二人の様子をじっと見つめながら、……急速に顔色を悪くしていく。薄っすらと青いどころか、真っ青一色だ。 「ん? どうした、柚奈……。顔色が」 「わ、私……っ」 「「ん?」」  柚奈の身に起きた異変を、いち早く察した輝宮が診察しようと手を伸ばしてきたが、それを弱々しく打ち払う。 「柚奈?」  あぁ……、やっぱり、世の中そんなに甘くなどなかった。  輝宮ならきっと、全部受け止めて許してくれるかもしれない。  そんな、甘えきった夢を何故見てしまったのか。 「や、やっぱり……っ、――私は輝宮先輩とお付き合い出来ません!!」 「――っ!?!?!?」 「お。輝宮センセ、まさかの振られシーンに遭遇か~?」 「ゆ、柚奈!! 何を言って、おいっ、柚奈っ!! 柚奈っ!!」  元ストーカーのせいで酷い目に遭った午後の疲れも何のその。  柚奈は勢いよく毛布や上掛け布団を放り投げ、超特急で病室から駆け出して行ってしまった。(はた)から見れば、絶対に意味のわからない逃走劇のはじまり。  輝宮も突然の事態に対応出来ず、病室を出ていく柚奈を引き留める事が出来なかった。  付き合えない。そうハッキリ叩きつけられてしまった事に大きなショックを受けたからだろう。 「柚奈……っ。待つんだっ!! 柚奈っ!!」  現実からも病室からも脱兎の如く逃げてしまった愛する恋人を追いかけ、輝宮も椅子に蹴躓きながらも病室を出ていく。  残ったのは一人……。何やら面白そうだと言いたげなニンマリ顔で、看護士が微笑む。 「王子様なら、これでもかってぐらいに試練を乗り越えなくちゃなぁ? 輝宮センセ」  時に天使、時に小悪魔、時に……、可愛い友人を守りたいと願う騎士(ナイト)な一面を持つ愛らしい看護士は、カーテンを締めてから病室を後にしたのだった。  
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