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第20話 病室にて

「はぁ、はぁ……!! クソジジィっ、……本気でその首へし折るぞ……っ!!」 「おやおや、医者にあるまじき顔だな。申し訳ありません、柚奈姫。こんなひょろっこのせいで色々とご迷惑を」 「え、え~と……」  輝宮の祖父、真弦の計らいで連れて来られた桐野総合病院。  特に問題はないと言い張って抵抗したものの、真弦は自分の孫と同じく有言実行型だ。  休日の緊急外来に戻された柚奈は必要な検査と処置を施され、様子見として一日の入院を義務付けられた。……勿論、真弦の一言で。  そして、柚奈が個室に案内され、許可を貰ってから差し入れられたコンビニのおにぎりを頬張ろうとしたその時に、息を切らした輝宮が滑り込んで来たのだった。  一瞬、野生の猪か何かが突撃をかましてきたのかと思った……、柚奈の正直な感想である。   (まぁ、予想はしていたけど……)  車ごと勝手にいなくなっていたのだから、輝宮が焦るのは自然の流れに沿っている。  柚奈は携帯やバッグなどを輝宮のマンションに置き去り同然で攫われ、連絡をされても応答出来る手段がない。真弦に至っては、孫からの着信だったのだろうそれを完全に無視してニコニコとしているだけだった。 (きっと、輝宮先輩で遊びたかったんだろうなぁ……)  勿論、今も遊んでいる最中だ。  髪を乱し、怒りの青筋を浮かべている孫を相手に、とても楽しそうに嫌味を言っては朗らかに笑っている。真弦のすぐ傍では、あの金髪美女が瞼を閉じ、静かに佇んでいる……、が、きっと水面下では有事に備えているのだろう。 「で? お前、タクシーは使わなかったのか? やけに息を乱しておるが」 「アンタのせいだろうが……っ!! こっちは、また何か起こったのかと焦って……」  タクシーを呼ぶよりも前に駆け出していた。  バツが悪そうに呟いた輝宮の小さな声から聞き取れたのは、彼が全速力で柚奈を捜しまわり、途中でタクシーの存在を思い出した事。ここまで来る間、やはり気が気でなかった事。  自分の祖父である真弦が柚奈と一緒にいる限り、滅多な事は起きないとわかっているだろうに……。 「ふむふむ。愛故の間抜けぶりは健在のようだな。当たり前の思考が働かず、ただただ愚かになり下がる。弓弦、少しは精進しなさい。余裕のない男は」 「祖母(ばあ)さんが何も言わずにいなくなったらどうするか言ってみろ」 「輝宮家の、いや、国家を利用してでも捜し出す!」  はい、お祖父さんもお孫さんも、結局似た者同士、遺伝子が一緒って事ですね!!  声にはしなかったが、柚奈は全力でそう叫びたい気持ちだった。  どちらも愛した女性に心から執着し、一生懸けて……、いや、もしかしたら、来世も、そのまた来世も追っていく気かもしれないが、愛が深い、深すぎる!! 「真弦様、弓弦様、柚奈様の御身体に障りますので、そろそろ……」 「おぉ、おお。これはすまんすまん。では、柚奈姫。後はこの愚孫に任せるとしましょう。頑張りなさい」 「……はい。今日は色々とありがとうございました。また、メールで」 「有難いお話ですね。ですが、今度からはお茶に誘わせてください、柚奈姫。貴女の愛らしい声や眩い笑顔を眺めながらの方が、私の寿命も延びるというものです」 「ふふ、はい。楽しみにしています」  輝宮に全てを打ち明けた後、二人の関係がどうなろうと、真弦とは仲の良い茶飲み友達として交流を続けていく事が出来るだろう。  柚奈は親しみのある笑みで真弦とその側近である女性に手を振り、そして――。 「やっぱりジジィと繋がっていたわけか? ん?」 「……え、え~と」  真弦達の姿が消えた瞬間にバッ!! と距離を詰めてきた輝宮に、柚奈が笑顔で固まったまま居た堪れない冷や汗を流す。まずい……、余計な事を口走りすぎた。 「し、真弦さんとは、メール友達で~……、あの、別に輝宮先輩の事を話したりとか、悪巧みをしていたわけじゃ」 「六年前、お前を捜す邪魔をしたのは、あの祖父さんだ。輝宮の力も、興信所の類も、全ての手段を封じられた。あれは祖父さんの意図か? それとも」 「……わ、私が、お願いしました。輝宮先輩なら、納得出来ずに絶対私を捜し出しそうな気が、したので……」 「当然だ。あの時点でお前を捜し出せていたら、二度と俺から離れられないように全力を尽くした」  ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!  口にはしていないが、膝元に下ろしてあった柚奈の手を握る輝宮の目はこう言っていた。 『どんな手段も辞さない覚悟だった』  恐ろしい!! 愛に溺れた男の覚悟と行動力が心底恐ろしい!!  もし、あの時捕まっていたら、自分は輝宮に監禁でもされていたんじゃないだろうか。 (あ、もしじゃなくて、今の生活も同じようなものだった!! ……あり得る、そこからエスカレートしたら、監禁もあり得る!!)  脅迫、からの監禁……。柚奈はブルブルと震えながらますます顔を引き攣らせてしまう。  やはり、打ち明けるのはやめにして、どこか遠くに逃げた方が人生安泰なんじゃないだろうか? などと、柚奈が若干引き気味に考えていると。 「柚奈」 「え? ――んっ!」  意識を現実に据えた時には遅かった。  柚奈の顔を上げさせた輝宮が、真上から柔らかな唇にぬくもりをそっと触れ合わせ、すぐ間近に見えたのは……。 「無事で良かった……」 「輝宮、先輩……」  切なげで、辛そうな揺らめきを宿す輝宮の双眸。  良かった、良かった、と、輝宮は小さく呟きながら柚奈にキスを与え続ける。  手を握る彼のぬくもりは強く、そして……、微かな震えに苛まれているようだった。  突然消えてしまった柚奈を捜している間、彼がどんなに不安だったのか……。  柚奈は申し訳なさを覚えるのと同時に、嬉しくもあった。  輝宮の不安が、焦りが、怒りが、全部自分への愛に通じている。  六年という月日が奪ったものは、二人で過ごせていただろう、穏やかな時間。  けれど、その月日は輝宮の柚奈に対する愛情をも強固で深いものに変えていたのだと、疑いようもなく感じ取れていた。  勿論、柚奈の輝宮への愛も……、同じように強く、強く、深く、育まれていた事も。  柚奈は背を屈めながら優しい手つきで抱き締めてくれた輝宮に一言だけ、「ごめんなさい」と謝罪を伝え、自分も彼の背中に両腕をまわした。  自分とは違う、大きな身体。広い背中。くっついていると、とてもあったかい……、頼もしくて、誰よりも愛しく思えるぬくもり。 「ふふ、私……、やっぱり、貴方の事が好きみたいです」 「みたいじゃない。お前は、俺の事が好きどころか、ベタ惚れだろうが。さっさと認めろ」 「ベタ惚れは輝宮先輩の方だと思いますけどっ。……でも、そうですね。六年経っても、いいえ……、ずっと、ずっと、貴方の事が好きで、こうしたかったんです」  自分から逃げを選んだはずなのに、もう会わないと、固く決めていたのに……。  柚奈はいつだって、その心に輝宮という存在を抱きながら泣いていた。  会いたい、会いたい……。愛しい貴方に触れたい、触れてほしい……。  傍にいる資格なんてない、そう決めた自分の理性や考えよりも、彼女の本能は、いつだって素直だった。 「なら、……どうして離れた? 別れを決意するほど、何がお前を苦しめていたんだ?」 「……私を苦しめていたのは、……私自身、です」 「柚奈?」 「しちゃいけない事をしてしまったんです……っ。自分の好奇心に負けて……、私は」 「どういう事だ……?」  輝宮がベッド横にあった椅子を引き寄せ腰を下ろす。  柚奈が怯えないよう、話をしやすいように、震えている華奢な手を自分のぬくもりで包み込み、そして……。 「散々苦しんできたんだろう? もう、その荷を下ろせ。お前は一人じゃない。どんな問題でも、俺が一緒に背負ってやる」 「輝宮、せん、ぱぃ」  真摯な気配を感じる輝宮の瞳。  真剣に自分と向き合おうとしてくれている事がよくわかるその姿勢と気配に、柚奈は感動を覚えながら、一粒の涙を零した。 「実は――」        
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