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第19話 輝宮家の柱

「ほ、本当に、来ちゃってる……」  輝宮に促され外に向かってみると、……本当に、見覚えのありすぎる銀色の車が待っていた。その近くに控えている女性が、親しみのある笑顔を湛えて近づいてくる。  黒いスーツ姿の、ふわふわロングの金髪美人。そして、あの車の中にいるのは……。 (あの時と同じ……)  あの日、高校生だった頃の柚奈もまた、同じような場面を迎えた事がある。  何度か顔を会わせる事のあったとある人物に呼び出され、あの美しい女性が後部座席に続くドアを……。 「おぉ、おお~。お久しぶりですなぁ、柚奈姫」 「お、お久しぶり、です。……真弦(しんげん)、さん」  恐る恐る中に乗り込んだ柚奈を迎えたのは、後部座席でゆったりと寛ぎながら紅茶を飲んでいる男性だった。紳士的な笑みが、あの日の記憶を鮮明に思い起こさせていく……。  確実にオーダーメイドであろう上等のスーツを着こなし、黒髪をスッキリと後ろに撫でつけている品の良さ。齢五十代程にしか見えないその若々しさと美貌を前にすれば、まだまだ男として現役だと誰もが思う事だろう。  だが、この男性は五十代どころか……、実年齢が八十程である事を柚奈は知っている。  遺伝的な体質なのか、それとも、努力と財力による若々しさなのか、本人はきちんと答えてくれないけれど……。  いや、隣に座っている男性の、真弦の実年齢や若々しさの秘密など、別に重要な問題でもない。柚奈は運転席に乗り込んできた女性から缶の紅茶を受け取ると、それを両手に握り締めながら口を開いた。 「どうしてこちらにいらっしゃるんですか? ……真弦さん」  真弦とはメル友であり、普段は何気ない話題で友好的な交流をしている関係だが……。  その正体が、輝宮家の実権を握り続けている存在である事も、柚奈は知っている。  輝宮弓弦の祖父、輝宮真弦……。  日本どころか、海外にもその名を知らしめる……、輝宮財閥の総帥。  彼の言葉が、……柚奈に覚悟を決めさせた。愛する人と、別れる道を。  輝宮の知らない事実。輝宮の知らない、柚奈と、秘密の妖精さんと称した、真弦との交友関係……。   「ふむ。孫の大事に駆けつけたつもりだったんですが……、今度は柚奈姫が危機と知り、少々、ね?」 「ご心配と、ご迷惑をおかけしてしまい……、申し訳ありませんでした」  真弦が孫である輝宮の事を口にしたのも、メールで話題に出したのも、あの日(六年前)以来……。顔を俯け謝罪する柚奈に、真弦は怒ったり機嫌を損ねた様子もなく、小さく笑う。 「安心なさい。貴女を怖がらせるような事は、何ひとつしませんよ。――あの時のようにはね」  輝宮の祖父だと打ち明けられた、あの日。  ――孫と付き合うのなら、これからも寄り添っていくのなら、一度よく考えてみなさい。  笑顔とは裏腹の、笑みを湛えていない双眸の迫力に怯えた瞬間の記憶。  輝宮と柚奈の間にある『差』。生まれながらに立ちはだかっていた『壁』。  だが、今は現代だ。昔に比べれば、乗り越える事も不可能ではない試練のひとつでしかない。 (でも、あの頃は先の事とか、輝宮先輩と将来的にどうなりたいとか、全然考えてなくて……)  ただ、いつまでも傍にいたい、と、そう思っていただけ……。   けれど、真弦の話を聞いている内に、ひとつの疑問が生まれた。  自分の立場がどうこうよりも、……自分の心が、在り方が、輝宮にとって恥ずかしくないものかどうか……。  すでにその時、柚奈は過ちを犯していた。  輝宮の尊厳を傷付けてしまうような、恐ろしい罪を……。  だから……、まだ高校生だった柚奈は自分のしでかした過ちを必要以上に重く受け止め、勝手に決めてしまった。自分の存在は輝宮に相応しくない、と。  彼に隠し事をしている。とても、とても、大きな罪を。そんな自分が許せなくなってしまったから……。 「柚奈姫、不審者の事は孫に任せて、私達は病院に行くとしましょうか。お怪我や身体の内部に何かあっては事ですからね。徹底的に検査を」 「い、いえいえ!! ご、ご心配にはおよびませんので!! か、輝宮先輩を、ま、待ちますっ」 「チャンスですよ?」 「え?」 「孫の事は私がどうにかしましょう。――脅されて困っていたのでしょう?」 「……やっぱり、御存知だったんですね」  輝宮家には跡取りである長男と次男がおり、三男の輝宮弓弦は一見して自由な人生を歩んでいるように思われている。だが、輝宮家の直系である事に変わりはない。  長男に何かあれば次男に、次男に何かあれば三男に、……と、常に輝宮家の安泰を約束させる為に、彼らは監視の目を受け、その時の為に備えさせられている。  まぁ、三男の輝宮曰く、 『ウチの長男と次男は鋼鉄製どころか、何をどうやったところでビクともしない。不運や不幸でさえ、アイツらを殺す事は出来ないだろうな』  と言っていたので、輝宮家は安泰なのだろう。  だが、念には念を……。真弦に手抜かりはない。  覚悟を決めきれず、自分から輝宮の許を離れた柚奈に、この総帥が失望していないわけがない。たとえ輝宮が柚奈を求めていたとしても、その資格なしと、彼女を断じる為に、ここにいる。柚奈は厳しい光を秘めた真弦の瞳をまっすぐに受け止め、首を振る。 「いいえ。真弦さんの御手を煩わせる気はありません」 「ほぉ……。困っていたのではないのですか? 弓弦は我が孫ながら、我儘が過ぎる困った奴です。野放しにしておくと、貴女の人生を滅茶苦茶にするやも」 「この六年、十分に振り回してお孫さんを傷付けたのは私ですよ? 真弦さん。だからお互い様なんです。私達」 「ふむ……。六年前と、顔つきが違いますね。ふふ、覚悟を決めた女の顔だ」  ずっと怖がっていた。輝宮に嫌われる事を、あの事を知られて、軽蔑される事を。  だけど、逃げる事にも限界はある。いつか果てに追い詰められ、向き合う日が来ることを知った。そして……、この六年間、輝宮にどれだけの苦痛を与えてきたのかを思い知り、また、彼の事をどれだけ愛しているのかを、痛感した。  どんなに意地悪でも、卑怯な手を使われても、――柚奈の心は輝宮の事だけを見つめ続ける。だから、もう全てを受け入れて、彼に未来を委ねようと決めた。  柚奈の罪を裁けるのは柚奈自身ではなく、誰よりも愛してやまないあの人だけだから……。 「私は、自分自身に誇りを持っている人が好きなんですよ。金や名誉、権力でもなく、己という存在に恥じない、()を持った人間。……六年前は、まだ子供でしかなかった貴女にその心構えだけを説いたつもりで、未来に期待をしたつもりでしたが……。まさか、ああなってしまうとは思わなかった。いや、あの程度で逃げるのであれば、所詮は、と考えていたのです」 「真弦さんの仰る通りです。私は逃げました。自分の罪が許せなくて、あの人に嫌われる未来を恐れて……。その程度だったんです。今も、ですけどね」 「いや、今の貴女は罪さえも受け入れて進んでいく覚悟を持った女性の顔をしていますよ。凛とした強さがある。貴女の心根は、私の妻の若い頃に似ていて……、そう、だからこそ、私は貴女との連絡を絶たないようにしていたのかもしれない。何年か経てば、強い女性になると、そう期待して……」  自分はそんな、眩い輝きを放つような女性じゃない。  凄く弱くて、一歩踏み出すにも沢山の時間がかかって……、今だって、怯えていないわけじゃない。……でも、どうしよう。真弦さんのうっとりとした眼差しに申し訳ないというか、あ、胃がっ。柚奈がキリキリと痛み出した胃をこっそり擦っていると、真弦が運転席の女性に指示を出し、輝宮が来ていないのに車を動かし始めてしまった。 「えっ? あ、あのっ、輝宮先輩がまだっ」 「ほっほっほっ!! 柚奈姫の身に怪我や異常がないか、しっかり調べなくてはなりませんからなぁっ!! さぁさぁ参りましょう。輝宮家三男の未来の嫁は、この祖父である輝宮真弦がしっかりと責任を持って無事を確認し、全身くまなくっ!!」 「徹底的にしなくていいですからぁあああああっ!!」  決意と新たな波乱? を前に、柚奈の絶叫は車中にて響き渡るのだった。  
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