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第15話 滲みだす……

『あの事が原因じゃないとしたら、まぁ~……、ふふ、ちょっとだけ予想はついてるんだけど、答え合わせはしないであげようかな。その方がきっと面白いよね? ふふ』  その美貌と腹の内に潜めていた真っ黒けっけな本領を発揮し、柚奈を追い詰めに追い詰めた悪魔……、大魔王の血族。  その迫力はたった数年で倍以上に跳ね上がっており、もう少しで核心を引き摺り出されるところであった。――ああっ、怖かった!!  最終的には様子見という形で見逃して貰えたが、……正直、最悪の一日だった。   「はぁ……」  キャリーケースの、コロ、コロ、と、ゆっくりとした音。  どこか寂し気なオレンジに照らされながら、柚奈は歩道の端をとぼとぼと歩く。  大好きなサークルさんの新刊は買えた。お友達ともいっぱい話をする事も出来た。  だけど……、アランが現れたせいで、柚奈の心の中にはモヤモヤとしたものがいっぱいだ。  いや、ずっとこの胸の奥にあった蟠(わだかま)りが、迷いが、輝宮に対する罪の意識が、堪え切れずに噴き出しただけ……。  輝宮への恋しい気持ちを抑えながら、何度も味わってきた苦痛だ……。  ふとした瞬間にそうなる事は度々あったし、また少しすれば落ち着く事だろう。  だが、どんなに自分を誤魔化しても、限界が来るという事を、向き合わなくてはならないという事を、柚奈は輝宮に再会してから思い知らされている。  言うのが怖い。知られるのが怖い。……輝宮に嫌われてしまう事が、自分に向けられている愛情が一瞬で氷のように溶け消えて、ゾッとするようなものに変わる事が……。 「でも……」  彼の許を離れた本当の理由を打ち明けなければ、前に進めない……。  脅迫者と、脅されて怯える仔羊の関係を、終わらせなくてはならない。  アランが現れたのも、きっと何かの啓示なのだろう。  ……帰ったら、話してみようか?  結果を恐れるんじゃなくて、輝宮ともう一度、幸せな日々を送れる未来を胸に抱いて……。  仕事帰りの人達や、休日の楽しみからの帰りらしき家族連れなどが行きかう歩道の途中で足を止めた柚奈が希望の光を掴んだその時――。  柚奈のスカートのポケットから可愛らしいメロディとバイブ音が聞こえてきた。  取り出して携帯の着信元を確認してみると、それは時々連絡を取っている、ある人からだった。 「はい。もしもし……、はい、……はい、……え!?」  早口で告げられた連絡。  今から迎えを寄越すと言われたが、柚奈はキャリーケースの持ち手を強く鷲掴み、全力疾走である場所を目指し始めた。   「――なんでお前がここにいるんだ?」 「はぁ、はぁ……っ! せ、先輩、が、け、怪我、したって、……お、お聞き、しまし、てっ」  途中でタクシーを拾い、ようやく辿り着いた目的の場所。――桐野総合病院。  その救急外来に駆け込んだ柚奈は、左手に真っ白な包帯を纏っている輝宮の姿を見た。  彼の傍には二人の男女がいて、息を切らして真っ青になっている柚奈の顔を見た途端、男性の方がニッコリとした男らしい笑顔でこう言った。 「おおっ! この前の、滅茶苦茶可愛いエロ、――ぐはぁあっ!!」 「思い出すな、見るな、嗅ぐな、認識するな。この下半身おっ勃(た)て野郎が……!!」 「ん~、なんかよくわかんないけど、華藤、お前が悪いよ。うん、確実に」 「ひ、酷ぇぇ……。うぅっ、お、俺のっ、可愛い息子がっ」  ……なんだろう、この人達。  息の合ったツッコミ? =鳩尾と後頭部への一撃が華藤と呼ばれた男にクリティカルヒットする一部始終を目撃してしまった柚奈は、どんな反応をすべきか迷いに迷ってしまった。  見たところ……、輝宮の怪我は左手だけのようだが、動きは物凄く俊敏だ。  華藤の胸倉を掴み上げて凄んでいる眼光も鋭く恐ろしいし、……大した怪我、ではないのだろうか? 「あ、あの、輝宮先輩……。怪我の具合はどうなんですか? 電話では、酷い怪我だって、そう聞かされて」 「誰だ? お前にそんな連絡をやったのは」 「……えっと、……ひ、秘密の妖精さん、です」 「「妖精さん?」」 「……」  勿論、妖精という実物とは会った事も見た事もないのだが、柚奈にとって『あの人』は秘密の妖精さんというポジションなのだ。いや、本人からそう呼んでほしいと頼まれた、が正しいか。だが、輝宮にそれで見逃して貰えるわけもない、と思ったのだが……、何故か追及はされずに済んだ。 「で、どうなんですか? 怪我の具合は」 「大した事はない。ヘマをして切り傷を作っただけだ」 「そ、そうそう!! こいつなぁ、俺達と出かけた先ですっ転んじまってなぁっ!! で、カフェの敷地内に生えてた木の枝でグサァッと!! ははっ、ドジだよなぁ~」  待合室の長椅子に腰を下ろした輝宮の肩や背中を力いっぱいに叩きながら笑う華藤だが、……本当に、そうなのだろうか。その程度の事で、『あの人』が自分に連絡をくれるだろうか? 柚奈は、華藤とは違い、神妙な顔つきで自分の方を見てくる女性の視線に気付き、思い切って尋ねてみた。華藤の言っている事は本当か? と。  可愛らしい容姿をしているその女性は小さな息を漏らし、柚奈の近くまでやってくると、耳元に一言だけ答えをくれた。 「家に帰ってから、本人に聞いてみな」  呆れまじりだったが、冷たくはない声音だった。  まだ輝宮に睨まれている華藤の袖を引っ張り、双葉と呼ばれた女性が後を私に任せて去っていく。……可愛い容姿に似合わない、どこか男の子っぽい仕草や、声。  誰かのイメージと重なったような気もしたが、柚奈は輝宮の事を優先させることにした。  彼の隣に座り、左手に触れる。 「どのくらい、深く切ったんですか?」 「少しだ。これは看護師が巻きすぎただけで」 「……妖精さんは、少しの事じゃ連絡なんかしてくれないと思います」 「どこの誰かは知らないが、妖精を餌付けした覚えも、妖精にストーカーを許した覚えもないんだがな?」 「……今日は、このまま帰る事が出来るんですか?」  まだ本当の事を話せないのか、話す気がないのか……。  柚奈がぎゅっと輝宮の手を、怪我をした左手を握ると、苦痛の小さな声を拾う事が出来た。  輝宮は恨めしそうに柚奈を少しだけ弱めに睨めつけ、 「必要な物は全部処方してもらった。受け取りも済ませてある。酷くなるようなら受診が必要らしいがな」 「そうですか……。じゃあ、タクシーを呼びますから、すぐ帰りましょう。家に帰ったら、絶対に聞かせて貰いますから。……何があったのか」 「ふぅ……。ただの掠り傷だと言っただろう? まぁ、お前が俺に隠している事を打ち明けるなら、交換条件として何か話してやってもいいが」  何かを隠している柚奈に、自分の隠し事を教えてやる義理はない、とでも言いたいのか。  怪我をしていても、輝宮の目に怯えや恐怖といった類の気配はなく、柚奈を見つめるその双眸も、冷たく穏やかな水面のままだった。  このまま、華藤が説明してくれた話を鵜呑みにし、誤魔化されたままいれば幸せなのか?  ……そんなわけがない。自分が『あの人』から連絡を貰った以上、これは輝宮だけの問題ではないはずだ。秘密の妖精さんには、沢山の目や耳がある。  輝宮弓弦という男に関わる全てを監視し、その存在に関わる人間を調べ、選別する、彼の将来を一番に考えている妖精さんが……。 『あの人』に、秘密の妖精さんに、柚奈はまだ、合格点を貰えていない。  何をすれば、その足りない点数を貰えるのかもわからない。  だけど……、今必要なのは。 「わかりました。お話します。だから、先輩も話してください。その怪我の理由を」 「……考えておく」 「絶対です。絶対に話してくれなきゃ……、もう二度と、輝宮先輩とは口を利きませんから」 「強情な口を割らせる事は得意だ。特に、触れられてすぐに甘い鳴き声を漏らす子兎の懐柔は、何よりも容易いな」 「~~~っ!!」  人が真剣に向き合おうと決心したというのに、大魔王の方は正直に打ち明ける気がないようだ。それどころか、こちら側の打ち明け話を聞きだしたら最後、その面倒な色香や誘いでベッドに連れ込み、好き放題に啼かされそうな気がプンプン……。  よし、いざとなったら、怪我をしている左手に痛い目を見て貰う事にしよう。  柚奈は挑戦的な大魔王の視線をバッチリと正面から受け止め、にっこりと笑いながら言い返した。 「望むところです」  試練の夜、戦闘開始のゴングが二人の耳にだけ、厳かに鳴り響いたのだった。
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