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第13話 とあるオンリーイベントにて……。

「ふぅ……。設営完了、と」  輝宮の部屋で暮らすようになってから早一ヶ月。  食事作り、洗濯、掃除……、etc。家政婦のような毎日にも慣れてきた頃。  柚奈はある日の日曜日に、輝宮が目を覚ます前に朝食と書き置きを残し、マンションを出た。逃げ出したわけじゃない。ちゃんと用事があっての事で、一時的なものだ。  輝宮には、友達と遊びに行ってくるとメモに書いておいたのだが……。 「おはようございま~す。ユニ子さん、お久です。今日はよろしくお願いしますね」 「おはようございます! ふふ、久しぶりにお隣ですね~。あ、これウチの新刊です」 「ありがとうございます~! 私も楽しみにしてたんですよっ。はい、こっちもウチの新刊どうぞ~」  小さな規模ながら、同じ作品を愛する者達が集い、各々の制作物を販売したり買ったり、交流の場として賑わう同人誌即売会。  たとえ元恋人に脅迫され同棲生活を強いられていようと、あんな事やこんな事をされていようと――。 (趣味とイベント参加だけは、あの人にだって邪魔させないんだから!!)  何とも逞しいオタク精神である。  輝宮の留守中を狙い、実家の手伝いをする傍らに頑張って準備を進めてきた柚奈。  勿論、普通に考えればイベント前というのは、締め切りやら印刷所への入稿やら、大きな喜びと血の滲むような苦労をしながら準備をするもの、なのだが……。  事前準備や余裕を持った行動を心掛けている柚奈にとっては、輝宮との突然の再会も、その後の諸々によって削られた貴重な時間も、普段の行いのお陰でそれほどの被害にならずに済んだ、まぁ、そういうわけだ。  彼女の前にある長机には、とある漫画のキャラクターを使ったノーマルのカップリング本が過去の物も含めて並べられている。全て心を込めて描いたものばかり。  ――絶対に、この楽しみを奪われてなるものか。  イベントが始まり、小さな会場が沢山の人で賑わい始めると、柚奈は順調に本の販売を進めていった。同じ作品やカップリングを愛する人達との会話は、今の柚奈にとっていつも以上に大きな癒しに感じられる。……どこぞの誰かさんのせいで。 「ふぅ……」 「すみません。これと、それからこっちも、一部ずつ頂けますか?」 「あ、はいっ。ありがとうござ、――っ!!」  イベントが始まってから一時間ほどが経過した頃。  柚奈のサークルの前に、……高校生くらいに見える金髪の美少年が現れた。  ニッコリとした笑顔を携え、柚奈の作った本を手に取っているその姿に……、一瞬で血の気が下がった!! 「あ、……アラン、君っ。な、……なんでっ」 「ふふ、お久しぶりだね。弓弦兄の子猫ちゃん」  柚奈の手に本の代金を丁度の金額で手渡した美少年が、パラパラと本を開いて「今回も面白そうだね~」と口にし、すぐにページを閉じる。  ……輝宮アラン。高校生程に見える美しい容姿をした少年、……に見えるが、騙される事なかれ。彼の実年齢は柚奈の二つ下で、……輝宮弓弦の、従弟だ。  紹介されたのは柚奈が高校時代の事だが、面影がしっかりあったからすぐにわかった。 「せ、成長期は……、まだ、なのかな? アラン君っ」 「ふぅ……。ちゃんと成長してるよ。毎日牛乳を欠かしていないからね」  と、日々の努力を満面の笑顔で伝えてくるアランだが、……それでもやっぱり高校生ぐらいに見える。万年成長期が迷子のようだ。是非、別メーカーの牛乳に変える事をお勧めしたい。   「あ~あぁ、何でそんなお化けでも見たみたいな顔で僕を見るのかなぁ。何年ぶりだっけ? あぁ、そうそう。『あの時』以来、だから、もう六年にはなるんだっけ? ねぇ? 弓弦兄(ゆづるにぃ)の子猫ちゃん」  大人の男性というにはまだ無理があるが、アランの意味深な台詞と笑みは、どこか妖しい色かを滲ませている。……流石は輝宮の従弟! その色気は遺伝に違いない!!  だが、……普段は別の県に住んでいると聞いていたはずのアランが何故ここに。  長机の下に隠れたくて堪らない、いや、今すぐにアランのいない場所に逃げ込みたいと望んでやまない柚奈に、アランがやれやれと溜息をしてみせる。 「安心しなよ。弓弦兄には何も言ってない。あの時からずっとね……。あと、僕がここにいるのは、先月にこっちの県に越してきたから。プラス、ここで君と再会したのは偶然。他にいる? 説明」 「い、いえ……っ。ご、ご丁寧にっ、あ、ありがとうございまし、たっ」  出会ってしまった以上、サークル主と客という関係性をさっさと終わらせ、さっさとどこかに行ってもらうに限る。会話の中で輝宮を連れてきたわけではないと確認でも取れているし、あまり関わり合いにならない方が今後の為だろう。  まさか柚奈が、輝宮と再会し、彼に脅迫され、同棲までさせられている事を知られてしまったら……。 「そういえば、弓弦兄もこの県にいるんだよね。ねぇ、桐野総合病院……、行った事ある?」 「あは、……はは、……け、健康には気をつけてる、からっ。ご、ご縁はないかなぁ~……」 「ふぅん……」  あぁ、怖い、怖くて堪らない!! 目の前の、エンジェルスマイルの中でニヤリと意味深な気配を漂わせているこの悪魔が!!  ダラダラと背中に流れているような……、気がする、嫌な汗の感触。   「柚奈~! 売り子係来たよ~!! 萌え本買っといで~、……あれ? わおっ、すっごい美少年み~っけ!!」 「優理!?」  悪魔に魂を鷲掴まれ、嬲られそうな予感を覚えていたその時。  柚奈にとっては天の助け、ではなく……、さらなる恐ろしいルートを開く使者を到着させてしまった。輝宮にころりと騙され、柚奈を悪意なく生贄に差し出してしまった友人……、鈴原優理が売り子の役を果たす為に駆け寄ってくる。 「へぇ……。弓弦兄の子猫ちゃんは、これから自由なんだ……? ふふ」 「ゆ、優理、あの、……あの、ね」 「初めまして。輝宮アランといいます。柚奈さんとは高校時代からのご縁でして、彼女をお借りしてもいいですか?」  アランが差し出した手を、優理が嬉々としてはしゃぎながら握り返す。  大丈夫、大丈夫……、の、はず、だ。こんな初めて会った相手をあっさり信用するはずが。 「金髪美少年!! 喜んで!! 柚奈、光栄に思ってエスコートされてきなさい!!」 (信用したぁああああああああああああああああ!!!!!!!! しかも秒殺ってどういう事なのっ!!)  恐らく、柚奈が不審者や元ストーカーに向けていた本気の恐怖を表に出していなかった事が敗因だったのだろう。優理はほんの少しの一秒観察だけで選択をしてしまった。  輝宮との再会時には、念入りな作り話に絆されたのかと思ったが……。 (どっちなの……? 私に近付く相手の属性でも嗅ぎ分けてるの? ストーカーの時とまるで反応が違うんだけどっ)  相良と出会う縁になった、ストーカーの件。  今ではもう平和で安心して過ごせるようになったが、優理はそういう類の危険人物に対しては迷わず牙を剥く。大学時代に仕方なく合コンに参加させられた時も、参加者だった優しそうなイケメンが柚奈を下心ありありで誘い出そうとした時も、彼女は問答無用であの手この手で柚奈を救い出し、守ってくれていた。……やっぱり、鼻が利くのだろうか?   「じゃあ、行こうか。せっかく久しぶりに会ったんだし、色々聞かせてよ。色々、ね」 「あ、あのっ、私……っ。ま、周りたいサークルさんが幾つかっ」 「いいよ。一緒に周りながら話せばいいんだし。……嫌、とか、言っちゃ駄目だよ? 弓弦兄の子猫ちゃん」  ――大魔王の次は、悪魔に捕まってしまう柚奈であった。    
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