12 / 23

第12話 花ちゃん

 ――ピコン!  ――(はな)さんがオンラインになりました。 「キタ!! 花ちゃぁあん!!」  深夜を少しまわった、午前一時頃。  自分が生活する事になった一室を真っ暗にし、毛布を被りこんでデスクチェアーに座り込んでいた柚奈は、ノートパソコンの画面に向かって歓喜の声を上げた。……小声で。  ネットという広大な世界に存在する、どこの誰かも、素性など一切知らない相手。  花ちゃん……、HNを花と名乗っているその女性は、柚奈にとって共通の趣味……、すなわち、二次元萌え仲間の一人で、引っ越し先に落ち着いてからサイト関係で知り合った相手だ。  柚奈も花も自分のサイトを持っており、イラストや小説などをUPしていた事が縁で、今ではPCの方も携帯も、どちらの連絡先も知っている仲となっている程に仲が良い。  柚奈は早速無料ツールのチャット画面を使い、自分のHNであるユニ子の名で挨拶を打ち込んだ。 『ユニ子:花ちゃん、こんばんは!! お疲れ様です』 『花:あ、ユニちゃん、ばんわー。最近、ごめんなー。仕事が忙しくてさー。全然ユニちゃんとの時間がとれなくて』 『ユニ子:大丈夫大丈夫! 私も最近色々あってね……。落ち着いてネットにも上がれなくて』 『花:マジ? ……あ、まさか、あのストーカー野郎がまた湧いて出た、とか?』 『ユニ:ううん。そうじゃないんだけど……、あの、ね』  勿論、柚奈にもリアルに打ち明け話を出来る相談相手は何人かいる。  だが、この花とは非常に相性が良く、気軽に連絡が取りやすいという事もあってか、よく相談に乗って貰っていたりするのだが……。  柚奈はちらりと背後を振り返り、マンションの中に輝宮の気配がない事を再度確認する。  今夜はちょっと用事があって出掛けてくると言ってから一時間ほど……。 (うん、大丈夫……。まだ帰ってくる気配はなし、と)  柚奈はノートPCに向き直り、カタカタと簡略したオブラートな事情を打ち込んで事情を伝えた。――昔別れた恋人と再会してしまい、復縁を迫られている、と。  花からの返事は、それから一分ほど間が合ったような気がするが、柚奈はじっとチャットを見つめていた。 『花:……あ~、えっと、なんか、また大変そうな匂いがプンプンするからさ。通話、繋げてもいい?』 『ユニ子:いいの? お仕事から帰ったばっかりなんじゃ……』 『花:あぁ、今日はそんなに忙しくなかったから大丈夫だよ。つーか、オレ的に途中で熱くなってきたらキー打つの面倒くさくなりそうだしな』  通話を何度もしているからわかっている事だが、花は素で男の子のような喋り方をするし、声も少年的な感じがする女性だ。  チャット欄だけを見れば、女の名前を使った中身男に間違えられる事も多々ありそうだが。  花は自分が心を許した相手とだけ通話をする。柚奈もネットで出会ってから半年間はメールのやり取りだけで、そこから徐々に無料ツールを使ってのチャットに移行した。  そこからまた通話が出来るようになるまでには、また一年ほどかかった記憶がある。  柚奈は迷惑じゃないと笑顔の顔文字を打ってくれた花に感謝し、通話の準備に入った。 (念の為に、間に合わせ用の通話セットを持ってきておいてよかった)  ヘッドフォンを装着し、それに付いている小型のマイクを口元に持ってくる。  この無料ツールソフトに設定してあるフリー素材のメロディ音が耳元で小さく聞こえ始めると、柚奈はすぐに通話アイコンをクリックし、彼女の名を涙目で呼んだ。 「花ちゃ~んっ!!」 『おわっ……。ストーカー野郎の時とはまた違ったヘタレ(よう)だなぁ~』 「だって、だって……っ。うぅうううう……っ、も、もうっ、本当にどうしていいかっ」 『あ~、……ヤバッ。目の前にユニちゃんいたら、可愛すぎて抱き締めちゃうわ、オレ』 「花ちゃん!!」  あまりにイケメンな少年ボイス!!   だが、その胸キュンしそうな無意識の口説きボイスを録音したかったという衝動と後悔を抑え込み、柚奈は真面目に話をしてほしいと大きな声を上げてしまう。   『うぅ、ご、ごめん……。でも、ユニちゃんがマジで可愛かったのは本音なんだけどなぁ』 「もう……っ」  花はいつもストレートに物を言う女性だ。作品に対する感想だって、ありのままに素直な本音を言うタイプ、……とは、花や自分と親しくしているネットの友人達からの言葉だ。  だが、可愛い可愛いと愛でられる度に湧き上がってくるのは……。 (なんていうか……、輝宮先輩が私に対して甘い言葉を囁く時と同じような感覚が湧くのよね……。どんだけフィルターかかってるんですかっ!! って、恥ずかしくて堪らなくなるというか……)  勿論、容姿でなく、自分の言動や反応に対しての発言なのだろうが、花も輝宮も、言ってて恥ずかしくはならないのだろうか? 自然に人を誉め、人を口説くその癖は生まれつきなのか、……いや、輝宮が他にそんな事を言っている姿を見たわけではないのだが。  とにかく、輝宮も花も、生まれつきの天然タラシの素質あり、だ。  へらへらと笑う声が聞こえ、それからようやく本題へと入る事が出来た柚奈は、そうアドバイスされるだろうとわかっていた意見を聞きながらも、花に聞いて貰う事で少しだけ気持ちが楽になっていくのを感じていた。 『……つーかさ』 「はい……」 『ユニちゃん、なんで嫌なわけ? その相手の事、嫌いじゃないんだろ? ってか、話聞いてると、未練タラッタラに聞こえてくるんだけど』 「うぅぅぅぅ……」 『ヨリを戻したいけど、戻れない。相手に顔向け出来ない事がある、って、そう聞こえる』  流石、本能の申し子とまで呼ばれる花!! そのHNに反して、的確に痛いところを抉り貫いてくる!! ……まぁ、こうなる事をわからなかったわけではない、のだが。  元々、その理由を聞かれると覚悟していた柚奈は、ノートPCから少し離れている場所に置いていた、ミルクココアの入ったウサちゃんマークのマグカップを手に取り、口をつけた。 「あの、ね……。私、あの人に酷い事をしちゃったの……」 『何やったんだ?』 「本人に直接、っていうわけじゃ……、ないん、だけど……。きっと、知られたら、傷つけちゃうと、思って……」  輝宮に対してやらかしてしまった過去の罪。  その証拠は、まだ……、柚奈の手元にある。余程の事がなければバレないだろうが、隠しているという時点で、罪の意識はさらに増した気がしている。 『ユニちゃんの事だから、……まぁ、浮気とかはない、……よ、な?』 「そんな度胸なんかありません!! 大体、か……、こほんっ。その、あの頃は……、あの人以外の男性なんて、全然」 『あつ~い、熱々っ!! なにっ!? 惚気っ!? ってか何、その可愛い声!! いまだに、その野郎にめっちゃベタ惚れしてますって公言してるようなもんじゃん!!』 「ち、ちがっ!!」 『違わないだろ? さっきよりも、好きで好きで堪んないって気持ちが滅茶苦茶伝わってくる。……で? 浮気以外なら、どんな酷い事があるんだ?』  声だけで全てを見抜かれていると言っても過言ではない。  ニヤニヤと笑う様が浮かぶような花からの声に、柚奈はマグカップの中身をちびちびと飲みながら頬の熱を強めていく。  ……わかってる。本当はちゃんと……、輝宮への気持ちがまだ冷めていない事も、再会してからの方がますます……、大きくなって、どんどん、……熱く、なって。  少しだけ黙り込んだ柚奈に、画面の向こうの花が小さなBGMをかけ、ゆったりとした時間を作ってくれている。 「私、……ね」 『ん~?』 「漫画も、アニメも、ゲームも、大好きなの」 『オレも同じだよ~』 「彼も……、復縁を望んでくれているあの人も、私の趣味を理解してくれているの。……だけど、ね」    ひとつだけ、輝宮に伝えていない事がある。いや、正確には、ふたつ、か。  柚奈は右手でマウスを動かし、パスワードロックを掛けてあるフォルダを検索で見つけ、じっとそのアイコンを見つめる。 「言っていない事が、あるの……。だから、きっと……、今復縁して、……付き合いを再開させても、……いつか、この事を知られちゃったら」 『うん』 「……嫌われるのが、怖いの。あの人に……」  マウスをクリックし、検索画面を閉じる。  温かいマグカップを持つ手に、一粒の感触が落ちていく様を見つめながら、柚奈は自嘲めいた笑みで呟く。 「元々、あの人は凄く素敵な人で……、まぁ、性格には多大に難ありな鬼畜大魔王なんだけど……。それを差し引いても、私にはレベルが高すぎる人だなぁ、と……、思ってて。今も、あの頃も……。どのみち、釣り合いが、ね」 『幾つか思い当たる点は浮かんだけどさ……。なぁ、ユニちゃん、恋愛、つーか……、人付き合い全般に言える事だけどさ。立場とか、容姿とか、趣味とか、比べられるもんなんか幾らでも出てくるもんだろ? キリがないっつーか……、オレ的には、全部最後には意味がなくなるって、そう思ってる。……お互いを想い合う気持ち以外は』 「……花ちゃん」 『ユニちゃんもそれわかってるよな? でも、色々……、こう言っちゃなんだけど、そいつとの間に壁を作って、自分が怖がってるもんを先延ばしにしてる感じがする、つーか……。結局、話は簡単な事じゃねーの?』  柚奈の葛藤を完全に無視している上での発言じゃない。  花が言いたいのは、伝えたいのは、迷ってばかりの柚奈がそのままじゃ苦しいだろうと思って、道を作ろうとしてくれているのだ。彼女の心のあたたかさが、じんわりと伝わってくる。 『オレも、さ……。ちょっと、ほんのちょ~っとだけ、なんだけど、さ。今、……気になる奴が、いるんだよ。同じ職場で、……好かれてる、ってのは、わかってるんだけど、……どう応えていいか、まだ、わかんなくて……』 「花ちゃん……」 『ん?』 「可愛い……!!」 『んなぁああああっ!?!? な、何言ってんだよ!! ゆ、ユニちゃんだから、は、話したっつーのに、……ぅううううううっ!! 人をからかうなぁあああっ!!』 「花ちゃんだって同じ事してるじゃない!! あぁ~、でも、ほんと……、可愛いっ。ねぇ、花ちゃん、もっと話して!! その好きな人の事、照れながら話す花ちゃん、すっごく可愛いから!!」  なるほどなるほど。これが、花が普段自分を肴に味わっていた気持ちか。  柚奈はマグカップを握ったままニヤニヤとし、彼女からも恋話(コイバナ)の一部を引き出す事に成功した。花が好き、というか、今惹かれている相手は同じ職場の外科医の男性で、構われすぎて、徐々に気持ちが傾きかけている、と。あぁ、可愛い、照れている花が心底可愛くて堪らない。 「実はね、……私の、その、好きな人も、お医者さんなの。患者さんに凄く慕われているみたいなんだけど、……ふふ、絶対皆騙されてるなぁ~って」  腕が良い事も、患者に対する愛想の良さも噂で耳にしている。  だが、皆騙されてはいけない。輝宮の本性は真っ黒ブリザードだ!!  若干遠い目で輝宮の事を話す柚奈。……そのせいで、気づかなかった。 「本当は愛想を振って媚びる事なんか大嫌いなはずなんだけど、でも……、患者さん達に対しては、真剣に向き合って、心を尽くしているんだろうなぁ、って。素の顔は冷たく見える事が多いけど、私や親しい人に向ける顔は」 「どうでもいい奴と、大切にしたい奴の区別をつけているだけなんだがな?」 「――っ!!」 『ん? 今の何だ? ユニちゃん? お~い!! ユニちゃん? あれ、……通信エラーかなぁ』  ぶちっ。自分の手に重なったぬくもりが、強制的にミュート、こちらの音声が通話相手に伝わらないようにする為のアイコンをクリックしてしまった。  ……耳朶に、ぺろりと濡れた感触が意地悪く這う。 「か、……輝宮、せん、ぱ……、あ、あの」  振り向けばそこに、鬼畜大魔王の笑みが!!  眼鏡越しの瞳が妖しく柚奈を見つめ、頬を包まれたかと思うと強引に唇を奪われた。   「んっ……、ん、……ぅ、……ふ、……ぁ」  勝手に通話を強制終了させなかっただけ、配慮があると思うべきなのか。  巧みな舌の動きに翻弄されながら咥内をたっぷりと蹂躙された柚奈は、高い熱を出した病人のように顔を真っ赤にし、輝宮の腕の中に身体を預けた。 「帰るの……、遅く、なる、って」 「相手に急用が出来てな。……喜ばないのか? 大好きな俺がまっすぐに戻ってきた事を」 「んっ。……はぁ、……はぁ。い、今、お友達と通話中なんですっ。だから」 「あぁ。俺もすぐに自分の部屋に戻る予定だ。……だが、もっと可愛がってほしそうな顔をしている子兎がいるせいで」 「ぁっ、……んんっ、やぁっ」 「通話中のノイズや回線不良はよくある事だからな。ほんの数分……、子兎を啼かせても問題はないだろう。なぁ? 柚奈」 「んっ、ぁんっ」  突然帰宅した大魔王様のキスを唇や首筋に受けながら、パジャマのズボンの中に滑り込んだ不埒な熱。本当にミュートになっているのか、柚奈が画面を確認する隙さえ、輝宮は与えてくれない。お風呂に入ったのも無駄。下着を変えたのも無駄。  それから十分ほど……。柚奈は自分の都合絶対主義な医者の淫らな愛撫を施され、彼の指をべっとりと愛液で濡らすまで執拗に攻められたのだった。  
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!