9 / 23

第9話 男達の憂鬱

※看護師の双葉の名字を、桜月(さくらづき)に変更しました。 【SIDE:輝宮弓弦】 「お~い、かっがみやくぅ~ん。一緒に飯食わないか~?」 「……ふぅ」 「……なんだろうなぁ~。幸せ半分、辛い半分みたいな微妙な顔しちゃってまぁ……、昨日の可愛い子となんかあったのか?」 「黙れ、覗き見変態おっ()て野郎」 「酷い!! のろけ話の犠牲になってやろうかと思って気を利かせてやったのにぃいいい!! ……まぁ、見ちゃった事は謝るが、不可抗力だったし……、なぁ?」  昼食時になり、外部患者の出入りがなくなった輝宮の診察室に鼻歌交じりにやってきた一人の外科医。誰あろう、昨夜の一件をバッチリ目撃してしまった変態、いや、ある意味で哀れな通りすがりの同僚だ。華藤大和(はなふじやまと)、以前同じ病院に勤めていた関係で意外と交流があり、今では親……、いや、悪友のようなものか。  まさかその華藤に柚奈との情事の場を……。昨夜の事を思い出してしまった輝宮の目が剣呑に細まっていく。 「柚奈の可愛い顔を見た罰だ。今すぐ切り落として来い」 「ナニを!? って、だから不可抗力だろうがよぉ……。あんな場所でヤッてる方が悪い、つーか……、もしかして、あの滅茶苦茶可愛いエロ顔してた子がお前を振った例の」 「振られてない。別れてもいない。現在進行形で関係は続いている。次に不吉な事を言ったら、本気で切り落とすぞ」  あの時は数年ぶりの柚奈との行為に溺れていたせいか、正常な判断能力が欠如していた。  自分以外の男に柚奈の可愛い痴態を目撃されたのだ。たとえ覗き見野郎のあそこをアレしてコレしたところで、罰は下るまい。 『下りますって!! むしろ、相手の方がとんでもないもの見せつけられて最悪じゃないですか!!』  とツッコミを即入れてくれるだろう常識的な恋人は、生憎と実家の方だ。  華藤は確実に百パーセント本気だろう輝宮の発言をどうにか宥め、どさりと診察用の簡易ベッドに腰を下ろした。  ヘアワックスでセッティングされている猛々しい狼のような髪型は黒いが、本人的には赤や派手な色に染めたいのが本音だと、以前に聞かされた事がある。  輝宮にとってはどうでもいい話だが、……まぁ、確かに華藤の存在感は、野生の狼そのものだ。 「ヨリ、戻してくんないの? 昨日の子。あれ? って事は……、おい、輝宮……、ゆ、昨夜(ゆうべ)のあれ、強姦って事になるんじゃねぇか?」  仮にも社会的に立場のある者が、元恋人に強姦の真似をするとは……。  華藤がうげぇっと引いてみせるが、輝宮の方は診察用の椅子に腰を据えたまま、足を組みかえながら物憂げな息を漏らしただけだった。  確かに再会してから無理矢理触れてしかいないわけだが、柚奈は拒んでいない。  口では抵抗してみせるが、本心では輝宮の愛撫を悦んでいる。  数年前、何度も触れては彼女を愛し尽くそうと肌を重ねていたのだ。  反応を見れば、本心を探る事など造作もない。  昨夜も、寝室で一晩中愛し合い、輝宮は柚奈の素直な本音を手に入れていた。  快楽に流されれば偽りなど口には出来なくなる。  この腕の中で乱れ、輝宮に自分からねだりながら腰を揺らし、今でも好きだと彼女は言った。何度も何度も……。  だが……、それでも、柚奈は輝宮の許には戻れない、恋人として傍にいる事は出来ない、と、往生際悪く訴えてくる事をやめなかった。 「でもよぉ、その子がお前と別れた多分の原因って、大学時代の性悪女共のいじめなんだろ? 今はいないわけだし……、つーか、お前が全員ヤバイ感じに仕返ししといたとか言ってたよな?」 「あぁ。全員希望の進路には行けないようにしておいた。勿論、色々とオプションもつけてやっておいたが……」 「なら、お邪魔虫はもういないって事だろ? あぁ、もしかしてあれか? いじめに負けて逃げちゃったもんだから、お前に悪いと思って、意地張ってるとか」 「……それもあるんだろうが、……まだ、何かある気がする」  輝宮に群がっていた当時の同じ大学の取り巻き達。  その件に関しては柚奈に安心していいと説明したのだが……。  どれだけ深く愛しても、彼女は首を振るばかりだった。   「女って見えない部分が多いもんなぁ~。俺の愛しのあの子も、俺の事本当はどう思ってるか全然わかんねぇし、デートの誘いも怖い笑顔でスルーされるし……、うぅぅぅっ、もう少し繊細な男心に希望をっ、優しさをっ」  あぁ、鬱陶しい……。  輝宮は白衣を脱ぎ診察机の上に置くと、ズボンの後ろポケットに財布がある事を確認し立ち上がった。診察室を出る際に華藤の足を思いっきり強めに踏んでやり、小さく振り返り外に誘う。 「行くぞ。昨夜(ゆうべ)の詫びに奢れ、忠犬」 「痛ぅううううう……っ!! だから、謝るのはそっちの方だろうが、って、――あ」 「「輝宮先生~!!」」  ようやく昼食に出かけられるという時に、診察室へとノックもなく飛び込んできた二人の人影。一人はボディバランスの見事なショートボブの美女、そしてもう一人は、看護師姿の可愛らしいふわふわロングヘアの女性だ。  どちらも手には財布を持っており、……輝宮にとってはよくある光景だった。  毎日、というわけではないが、こうやって頻繁に輝宮を誘いに来る常連の二人だ。  別にこの二人と食事をする事に嫌悪感はないが……。  その他大勢の面倒な女性陣に対する営業用の笑顔ではなく、素の方で輝宮は断りを入れる事にした。 「すみません。華藤と大事な話があるので、今日のお昼はご遠慮させてください」 「あら……、そうなの?」 「今日は一緒に食べられると思ったんですけどぉ~……」  ここで華藤に向かって、『このお邪魔虫めっ!!』と睨みを飛ばしていたなら、輝宮に恋愛的な意味で騒いでいるその他大勢と変わりはなかっただろう。  だが、輝宮より二つ上の将来有望な外科医の美女、高梨香子(たかなしきょうこ)と、内科の看護師である桜月双葉(さくらづきふたば)は、輝宮にとって非常に有難い存在でもあった。  二人の輝宮に向ける感情は、恋愛的な意味を一切含んでおらず、どちらかといえば、目の保養、ネタ、などなど、別方向に興味が突っ走っているのだ。  香子の方は輝宮の事を可愛い弟のように思っており、美形は目の保養よ!! と、自分の癒しを求めての興味。双葉の方は、自分の二次元創作に対する熱意と、輝宮のドSな本性を傍で観察し、作品作りに役立てたいという興味。……どちらもとことん変わり者であった。   「あ、ついに輝宮先生と華藤先輩のカップリングに進展がっ!!」 「始まらない」 「始まってたまるかぁああああああああああっ!!」 「ふふ、駄目よぉ~、双葉。そういうのはこっそり心の中で萌えなきゃ」  ちょんっと香子から額を小突かれた双葉が、えへへ~と可愛く笑いながら謝っているが、まったく……、この病院は中に恐ろしい生き物を飼っているものだ。  柚奈も漫画やアニメが好きで、そういう創作を熱心にやっていたが……、そういえば、彼女の口からBでLな発言を聞いた事がない。 (柚奈も興味があるのか……? いや、だとしても、それは個人の趣味だからな……。別に問題は……)  今度確かめてみるか。輝宮は双葉に関しても別に嫌悪感はなく、愛しい柚奈の口から男同士のあれそれが飛び出してきたところで、引く気はしない。……いや、自分と誰かをカップリングされた日には泣きそうな気になるかもしれないが。  と、目の前にいる腐女子系看護師に辟易としながら別の事を考えていた輝宮は、不意に選択を変える事にした。 「華藤」 「ん~?」 「気が変わった。二人も一緒に連れていこう。高梨先生、桜月さん、今日はこいつの奢りですから、遠慮なく好きなものを食べてください」 「あら本当? ふふ、楽しみだわ~」 「わぁい! 華藤先生ありがとうございま~す!! デザートいっぱい頼んじゃおっと」  院内には普通の病院よりも豪華な仕様の食堂がある。  輝宮は絶望に染まっている華藤の嘆きを無視し、二人を連れて先にその食堂へと向かい始めた。同じ女性ならば、柚奈の事を相談してみる価値があるだろう。そう考えて……。 「――んぐっ。……恋人が自分の事をまだ好きなのに、復縁してくれない理由~、ですかぁ?」 「双葉、食べてる最中に喋っちゃ駄目って昔から言ってるでしょ。あぁ、もう、ほら、口のまわりが汚れちゃったわよ」 「もぐもぐ……。ごめんなさぁい。……ん~、でも、そうですねぇ……、双葉だったらぁ~……、まだ大好きな人と再会してお誘い貰っちゃったら……、まぁ、何もなければ、復縁しちゃうかなぁ……」 「だよなぁ~……。ってか、なぁ? 双葉チャン。いい加減に、一ヶ月ごとにキャラ変えるのやめね? そのぶりっこキャラ、なんかイラッとくんだけど」  窓側の、極力目立たない席を選び、それぞれに注文のメニューを受け取ってから始まった、よくある、他人の悩みの相談事仕様の会話。  輝宮は、あくまで他人の話として女性陣の意見を聞いているのだが、確実にバレている事に本人は気付いていない。  その相談と食事の最中に、ムズムズと痒そうな気配で華藤が双葉に指摘した話題は、輝宮も同意見の事だった。  今はぶりっこのような喋り方をしているこの看護師の口調は、実際のところ全く別物なのだ。  毎月、何かしらキャラを作っては院内でその性格や口調を通す双葉……。  普通であれば、頭おかしいんじゃないかと、ふざけているのかと眉を顰められるところなのだが……。この桐野総合病院の背後(バック)には、援助金を出している大金持ちの家が色々と介入しており、双葉はその家の親戚筋に当たっている。  つまり……、権力者の関係者には誰も何も言えない、というわけだ。  名字を聞けば誰でもわかってしまう、一流企業の関係者……。  だが、双葉はその権力の恩恵を受けてはいても、院内の者達に事前説明をしておき、わざわざ全ての科にお詫びの品やそれなりの礼をしていると聞く。律儀なのだか、横暴なのだか……。まぁ、それはどうでもいい。今はこのぶりっこ口調によって苛立つ心の解消だ。 「だってぇ~、仕方ないじゃないですか~。次の収録、このキャラなんですもぉん。練習と仕事を両立させるには仕方ないというか。中年の男性達は喜んでくれてるんですよぉ~?」 「……看護師と声優業、よく両立出来てるよなぁって関心はしてるんだけど、さぁ。……だぁあああああああっ!! やっぱやべぇっ!! 鳥肌立つ!! あぁっ、かゆぃいいいいい!!」 「桜月さん。君がどちらの仕事にも真剣なのはわかっているんだが」 「きゃるぅんっ? 双葉、可愛くなぁい?」 「一発殴っていいか? 先月が清楚系の普通仕様だっただけに、華藤と同じく鳥肌ものなんだが」 「一応、ウチの名物看護師なんだけどね~。うん、双葉、実は私もちょっと限界だったから、今回はもうやめときなさいな」 「ぇえええ~!! 皆、ひどぉい!! ……はぁ、やっぱそうなるか。だよなぁ~……、オレもこのキャラ、めっちゃ腹立つんだよ。あぁああああっ、我慢してた鳥肌がぁああっ」  ならやるな。三人が同時に思った本音である。  素に戻った双葉はその可愛い容姿からは予想外過ぎる、ちょっと? 口の悪い女性なのだ。  十代の頃にとある縁で始めた声優業で爆発的な人気を得た彼女は、看護師を目指す事を決めた時に引退を事務所に申し出たのだが……。 「社長に泣きつかれちまって同情したのが運のツキだったんだよなぁ~……。はぁ、お陰で、看護師の仕事をあっちの都合の良いように調整された挙句、まだまだこき使われちまう予感大……。まぁ、声優業も好きなんだけどさ……、なんか中途半端になってんのが、ちょっとなぁ」  全盛期の仕事量に比べれば遥かにマシらしいが、桜月の家の力を借りての二足の草鞋業は双葉にとってそろそろ辛いようだ。どちらかひとつに専念したいのだろう。  元の口調に戻っても、女性としては少し問題ありの双葉がグラスの中のメロンジュースを掻き混ぜながら、輝宮をじろりと見てくる。……本当にキャラが変わり過ぎだ。 「その恋人に何かある、ってのはまぁ、誰にでもわかりそうなもんだが……。なぁ、輝宮センセ、当時の事をもう一回調べ直した方が良いんじゃないか? アンタが気付かなかった何かがそこにあるんだろうし、……話聞いてると、その子、罪悪感か何かに苦しめられてるような気がするぜ」 「俺の事じゃない。だが、友人に伝えておこう。助かる」 「往生際悪いな、アンタ……。はぁ、まぁいいや。それより、あんまり強引に攻めすぎんなよ。オレの友達で、グイグイ来られて困ってる奴が一人いるからさ。逆に嫌われる展開になる可能性も否定出来ないし、慎重にな」 「ほ~んと、この腐女子声優看護師様のギャップすげぇよなぁ……。あぁ、こらっ、片足立てんな!! 女の子だろ!!」 「さーてと、デザートも奢りでいいんだよな? どんどん頼むぞ~」 「ふふ、双葉~、もう少し、華藤君に優しくしてあげないと、出勤拒否になるぐらい傷ついちゃうわよ?」  楽しそうに談笑している三人から視線を外し、輝宮はすぐ側の窓の向こうに顔を向けた。  当時の事、か……。柚奈に嫌がらせをしている女共の存在は把握していたが、その類が湧く度に対処をしては釘を刺していたはずだ。  柚奈が去った後も、彼女が別れを告げる直前に馬鹿をやらかしてくれた女共も締め上げ、何をしたかは吐かせて、始末をつけたはず……。   (アイツは俺に約束した。あの女共の悪意に負けない、そんな事ぐらいで別れたりはしない、と……)  だが、限界だったのだろうと、あの頃は……、いや、最近まで、そう思っていた。  女共の件でなければ、他に何がある……?  他に好きな男が出来たという線はない。柚奈の心が完全に輝宮の方を向いていたと、自信を持って今でも言えるのだから。 (当時の事、か……。あの頃、……何か変わった事があったか? 俺といる時には何もなかったはずだが……。柚奈の友達か、家族の方にも色々と探りを入れてみるか)  双葉の言う通り、柚奈の態度から感じ取れるのは、罪悪感のようなもの。  その正体を知る為に、愛する人の心を救うために、輝宮は本人ではなく、その存在を取り巻く存在達に目を向ける事にした。  
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!