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第6話 送り狼さんいらっしゃい。いえ、待ってません!!

「柚奈ちゃん、動きがいつもより鈍いけど……、何か他の事考えちゃってない?」 「えっ!? あっ、す、……すみませんっ」  輝宮の意地悪な仕打ちに怒って逃げ出し……、早三日。  あの日の夜に念押しの如く、メールで『例の件を忘れるな』とだけ連絡を貰ったのだが、それ以降、輝宮からの音沙汰はなかった。  一応……、両親を説得し、というか、あっさりと万歳されて許しを貰ってしまった『例の件』。……柚奈は来週、鬼畜大魔王の住むマンションに移り住まねばならない。  一緒にいれば何をされるかわからない……、あの、元恋人のテリトリーで始まる同棲生活。  いっその事、このまま忘れてくれればいいのに。  だけど、きっと輝宮は、絶対に忘れたりはしないのだろう。  今は所謂、ひとときの休息期間、というやつだ。  あのマンションに単身で乗り込み、住み始めれば……。 「はぁ……」  この数年間に渡る鬱憤を性的な行為でたっぷりと晴らされるに違いない。  再会してからもう二度、この身体に触れられ、素股までされてしまったのだ。  まだ挿れられずに済んでいるのは、じわじわと獲物を甚振る肉食獣と同じ意味合いなのだろう。柚奈を実家から引き離し、完全に檻を作り上げたら容赦なく襲いかかってくる……、確実に!! なにせ、付き合っていた頃は、頻繁に柚奈とのセックスを愉しんでいた輝宮だ。  いつまでも味見だけで済ませるわけがない……。   「柚奈ちゃん、本当に大丈夫? 気分でも悪いんじゃ……」 「隼人さん……」  道場の片隅でぼんやりとしていた柚奈は、道場主の息子である相楽隼人の困っているような笑みに申し訳なさを感じ、一度頭を下げてから言った。 「ちょっと……、私生活の方で、色々ありまして。すみません、不真面目で」 「私生活……? もしかして、また、……」 「いえっ、そっちの方じゃなくて……」  相楽との出会いのきっかけとなった、一年前の件……。  彼が助けてくれたお陰で、数日間彼氏のふりまでしてくれたお陰で、――柚奈に張り付いていたストーカーらしき存在は姿を見せなくなった。  だが、今度は高校時代の恋人と再会し、ストーカーと輝宮どちらがマシだと言われると非常に迷うような事態になっている。あぁ……、平穏がほしい。  輝宮には相楽とは何でもないと言ってしまったが、今になって思うのは……、自分の考えの足りなさだった。相楽と良い仲になっている、もしくは、そうなりそうだと突きつけてやれば、あの鬼畜大魔王も流石に諦めてくれたのではないだろうか?  他の男性と付き合っている、そういう関係性が出来上がりつつあると知れば、流石に……。 (な、なんだろう……っ。い、今、凄く怖い予感が……!!)  あの元恋人があっさり頷くはずもない。  柚奈に他の男の影があると知れば、間違いなく、――潰しにかかってくる可能性1000パーセントだ!! うっかり選択を間違ったりなどした日には、相楽の身に危険が!!  いや、流石にそんな物騒な事はしないかもしれないが、柚奈と自分の赤裸々な写真や動画を……。引く!! 普通の男性にそんなものを見せたら怒るかドン引きだ!! 「柚奈ちゃん、俺でよかったら相談に乗るよ? 頑張り屋の君に元気がないと、俺も張り合いがないからさ。あ、そうだ。帰りにファミレスに寄ってかない? そこでなら、落ち着いて」 「い、いえっ、あ、あのっ、お、お気持ちだけでっ」 「遠慮しなくていいって。俺は男だし、もし、また変な男に付き纏われてるなら、彼氏のふりをして追い払う手伝いもするし、……頼ってほしいんだよ。ね、柚奈ちゃん」  体格が大きく優しそうな顔つきをしている相楽。  その善意がただの好意なのか、それとも……、異性に対してのものなのか。  輝宮の言う通り、……余程の鈍感でもなければ気付くだろう。  もう一年の付き合いになるのだから、なおさらだ。  柔道着姿に包まれた逞しい相楽の瞳には、――欲情を抑え込んでいる雄の気配が垣間見えている。まだ手を出してこないのは、彼が我慢強いのか、それとも元々奥手なのか……。  打ち明ける事も出来ず困り果てている柚奈の両肩をその大きな手で抱き、顔を覗き込んでくる。 「後で、いいね?」 「……でも」  輝宮の事を話せば、彼は必ず力になってくれるだろう。  ……でも、それは相楽を利用するという事だ。当然、……そろそろ、見返りを要求される可能性もある。輝宮以外に、抱かれる日が、来るかもしれない。  相楽は強いし優しい。柚奈も、彼の事は嫌いではなく、人として好きなタイプだ。  しかし、特別な異性として、と問われると、心はすぐにNOを繰り返す。   「……隼人さん、すみません。やっぱり、自分で何とかしますから」 「柚奈ちゃん……」  これ以上の進展を避ける為に、柚奈は相楽の手を振り解いて子供達の許に向かった。  相楽がたとえ善意だけの気持ちで助けてくれるとしても、それ以外の感情からであっても、輝宮の件を誰かに打ち明ける気にはなれなかったから……。 「柚奈ちゃん、送っていくよ」  稽古の時間が終わり、保護者達に連れられて帰っていく子供達を見送っていると、まだ諦めていないらしき相楽が寄ってきた。  柚奈が断るのを見越して先に着替えて来たのだろう。  彼は鍛えている筋肉の線が際立つようなピッチリとした青いシャツと、下は黒のジーパンを着て現れた。先に柚奈のバッグを奪い、強引に手首を掴んで歩きだしてしまう。 「あ、あのっ、隼人さ、――っ!?」  少し遅くなる、と、道場主である父親に伝えて歩き出そうとした相楽を引き剥がそうとしていたその時、――事態をさらにややこしくさせる爆弾要素が道場の玄関口に入ってきた。  仕事帰りなのだろう。突然道場に現れた美貌の訪問者の手には黒の鞄が握られており、服装もスーツ姿に近い。途中で上着を脱いだのか、腕にはそれが掛かっていて……。  顔にも、一日の疲れが僅かに浮かんでいるようだったが、――輝宮は柚奈の手を掴んでいる道場主の息子に射殺すような視線を向け、すぐに微笑を浮かべた。 「遅くなってすみません。柚奈を迎えにきました」 「貴方は……?」  相楽の、柚奈の手を掴んでいる力が緩まり、その隙にするりと逃げ出す。   「申し遅れました。桐野総合病院で内科医として勤務しております、輝宮弓弦といいます。柚奈とは、親御さん公認でお付き合いをさせて頂いております。今日が稽古日だったのを思い出しまして、柚奈を迎えに」  誰もそんな事頼んでませんがああああああああああああああああああ!?!?  相楽に連行されても困るし、輝宮に迎えに来られても困る!!  しかも、親公認で、って……、いや、一部そのあたりは事実だけども、復縁した覚えは一切ない!! ぽかんとしている相楽を一瞥し、輝宮が我が物顔で柚奈をその腕に抱き寄せてくる。あ、勝者の、いや、悪役ばりのこの勝ち誇った顔にパンチをお見舞いしてやりたいっ。   「柚奈、ちゃん……、彼氏、……出来たんだ?」 「い、いえ、あの……」  どう説明しろと……。  付き合っていた過去はあるものの、今は脅されて服従状態です、と言うわけにはいかないだろう。柚奈が何も言えずに困っていると、輝宮がすかさず柚奈を外に連れ出しながら相楽を振り返り言った。 「昔、付き合っていたんですよ。ただ、彼女の家の関係で一度離れ離れになってしまいまして……。ようやく再会出来たんです。お互いに忘れる事が出来ませんでしたからね。再会した日の夜はいっぱいおねだりをされてしまって、あぁ、すみません。恋人同士の夜の話を人様にするものじゃありませんね。では」 「ちょっ!! 誰がねだって」 「柚奈ちゃん……」  捨てられた子犬ちゃん状態の気配を醸し出し始めた相楽に、柚奈はダラダラと冷や汗を流しながら、選んではいけない、だが、そうしなければならない答えを口にする羽目になってしまった。 「そ、そういう、事、です、ので……。相談は、……か、彼に」 「ん? こちらの方に何か迷惑をかけたのか? 柚奈。俺がいるんだから、遠慮せずに何でも話さなきゃ駄目だろう? ほら、今夜もずっと離さずにいてやるから、たっぷりと甘えていいんだぞ」  柚奈の肩を抱き、ちゅっちゅっと愛しの彼女の額や目元、頬、などなどにキスをしながらラブラブイチャイチャなカップルを演出し、恋敵に見せつけている大魔王……。  傷ついている相楽に全力で違うと弁明したかったが、それをしたら、また面倒な事がぶりかえしてくる。柚奈は青ざめながら輝宮のキスを受け止め、引き攣った口で「お、おやすみなさい」と言うしかなかった。あぁ……、囚われの身の上が辛いっ。 (しかも、隼人さんに対して失礼極まりないこの態度!! ウザいほどのイチャイチャアピール!! 付き合っていた頃よりも子供っぽくなってるんだけど!!)  二十七歳といえば、もう大人の男だ。仕事にも慣れ、男としてやりがいのある日々を送り、余裕のある寛容さなどが出来上がっているべきではないのか?  だがしかし、輝宮も、目の前で血の涙を流しているように見える相楽も、精神年齢に難ありのように見える。……あぁ、そういえば、柚奈の母親が前に言っていた気がする。  男は実年齢よりマイナス五歳ぐらいで見ておきなさい、と。   (いやいや、マイナス五歳にしても子供すぎるでしょう!! あぁああっ、ちょっ、輝宮先輩っ、キスしてるところがどんどん際どくっ)  道場に通っている子供達が全員帰った後で良かった……!!  教育上よろしくない行為や言動が飛び交っているその下で、柚奈はぷるぷると震える。  相楽の事を話してしまった自分が悪い。輝宮をここに誘い込んだようなものだ。   「そう、ですか……。彼氏さんとまた会えて、よりが戻せて、……良かった、ね。柚奈ちゃん……。はぁ、……彼氏、……出来ちゃった、か~……。はは、し、幸せに、ね」 「隼人さん……」  のっそりと、森に帰ってゆくクマさんのように道場から繋がっている自宅に消えていく相楽。とても良い人で、一年間お世話になりっぱなしだったのに……。  自分はなんて酷い形で相楽を傷付けてしまったのだろうか。  柚奈の目にも、自然と涙が浮かんでしまう。 「帰るぞ、柚奈」 「……はい」  また怒鳴りたい気持ちを抑え、柚奈は強制的な圧力のせいで従うしかなかった。  誰もいないところまで行ったら、絶対に罵詈雑言をぶつけてやる。  そう決めていたのだが……。柚奈の怒りよりもさらに激しく般若の面を抑え込んでいたのは――。  
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