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第5話 服従命令! その1・お弁当

『あの時の償いの意味も込めて、――俺の要求には全て従って貰う』  絶対君主の如き要求に、相手が元恋人であろうと、年上の男性であろうと、柚奈はそのお綺麗な顔面に渾身の一撃をお見舞いしてやりたかった。  自分は彼の奴隷ではない。彼の為に生きている都合の良い人形ではない。  だけど、輝宮の命令に、柚奈が逆らえる方法はひとつもなくて……。 「オヒルヲオモチシマシタ、カガミヤセンセイ」  翌日のお昼時。柚奈は恨み言をブツブツと呟きながら完成させた手作りのお弁当を持ち、輝宮の勤めている桐野総合病院に訪れた。  事前に聞いていた約束の場所……、入院している患者やその家族が寛げる大庭の中で癒しの象徴のように佇んでいる大噴水の前。  その縁に腰かけて医学書を読んでいた輝宮が、柚奈の到着に顔を上げ微笑を浮かべたものの……、明らかな棒読みの配達人に眉を顰めてしまった。  分厚い医学書を静かに閉じ、……大げさな溜息が彼の口から吐き出される。 「そうか。俺と昼を食うのが嫌なわけか? ……さて、写真と動画、どちらを流すか」 「輝宮せんせ~い!! 大好きな卵焼きも入ってるんですよ~!! ほぉらっ、先生の大好物がこんなにいっぱぁああああい!!」  スマホを手にニヤリと嗤った大魔王を黙らせるには、ご機嫌を取るしかない!!  そう、これは自分の意思じゃない!! 脅されて仕方なく……。  その割には、自宅で途中から弁当作りが楽しくなっていた事実を、柚奈はパカリと記憶に蓋をして輝宮の為に作った……、いやいや、作らされたお弁当を披露する。  男性用のお弁当にしては、少々ファンシーな面が際立っているような気もするが、輝宮は手渡された箸を手に「いただきます」と、礼儀正しい一面を見せ、……あの頃と同じように、まず卵焼きから食べ始めた。   「……んっ」  最初はいつもと変わらない冷静な顔つきで卵焼きを静かに咀嚼し、柚奈の手によって味付けがされたそれをじっくりと味わい、無言のまま、あどけない子供みたいに微笑む人。  勉強にしか興味がないような顔をしているくせに、この意外性……。 (変わってないなぁ……)  大喜びでガツガツと食べているわけではないけれど、輝宮は柚奈の作った味をじっくりと噛み締めてくれている。お弁当を持って、二人で遊びに行っていた……あの頃のように。   (――って!! ついつい付き合ってた頃のあれこれを思い出す度に絆されてどうするの!! この人はとんでもない鬼畜大魔王なのよ!! 元恋人を脅して縛り付けるような最低最悪の……!! 最悪の……)  柚奈が心の中で盛大に頭を抱え嘆いていると、輝宮の食事の手が止まった。  秋風が少しだけ服越しに肌寒さを感じさせながら、彼の白衣の裾や髪を擽っていく。  美形は何をしても様になる、とは言うけれど……、何もしなくても、輝宮はやっぱり綺麗だ。彼が一度空を見上げ、心地良さそうな息を吐きながらこちらを向く。 「柚奈」  呼ばないでほしい。こっちを……、見ないでほしい。  出会ったあの最初の瞬間、柚奈の心を一番に惹きつけていたのは、彼の目だったから……。  沢山の女子部員達に囲まれていた輝宮。あの時、他のOB達とは違って女性に興味を示していなかった彼はその長身で部室をみまわし、……そして、柚奈の視線と出会った。  窓辺に座っていた柚奈と輝宮の距離はその瞬間に消え去り、一瞬、彼の腕の中で抱き締められたような錯覚を覚えた事を、自分の妄想力の逞しさを、覚えている……。  話をするようになってからは、瞳の次にその低い声音で名前を呼ばれる事で生じる奇妙な気恥ずかしさに困ってしまった。  間違いなく、自分は出会ったあの瞬間から、輝宮を特別な異性として意識してしまっていたのだろう。……そして、今も、やっぱり彼の傍にいるのは試練だと感じている。   「料理の腕、上がったな。あの頃より美味い」 「そ、そう、ですか……? ありがとう、ございます。た、多分、近所の道場に差し入れをしているからかも、しれません」 「道場?」 「え~と、……柔道を習いに行ってるんです。先生や、子供達と一緒に」 「柔道、って……、お前が? 運動の類よりも、妄想大量生産活動に夢中だったお前が? 本気か……? それとも、冗談か?」 「本気です!! 本当の話です!!」  口が滑った挙句の果てに、イタイところまで突かれてしまった!!  元気に身体を動かす事よりも、心の中に咲き乱れまくった妄想をイラストや漫画を描きまくり、たま~に油絵などで風景画や人物画にも手を出していた柚奈。  そんな柚奈が柔道? 輝宮からすれば、へそで茶を沸かすレベルの話だったのだろう。  彼は目を丸くしながら柚奈に五回程しつこく確認し、そして……。 「ぶっ、……ははっ、ははははははははははははははっ!!!!!!!!!」 「うぅ……っ。い、言っておきますけどっ、あの頃はあんまり運動してませんでしたけど、別に運動音痴とかじゃないんですからね!! そりゃ……、隼人先生には、もう少し頑張ろうね、って……、笑われる事もありますけど」 「隼人?」  ぴくりと、知らない男の名前に輝宮の眉が片方僅かに跳ねた。  だが、柚奈はそれに気づかないまま視線を別方向に向け、一年前から通い始めた道場の話をし始める。ちょっとしたきっかけで道場の息子である相楽隼人(さがらはやと)という男性と出会い、彼の勧めもあって柔道を習い始めた事を。  週に二度だけだが、柚奈は夜の部に通い、帰りは自宅まで相楽に送ってもらっているのだ。  強くて優しくて、とても頼りになる男性で、確か、輝宮と同じ二十七歳のはず。 「ふぅん……。随分とお節介な奴だな。通ってきてる子供やその他じゃなく、毎回お前を送ってる……、か」 「へ、変な目で見ないでください! 別に隼人先生が私とどうこうってわけじゃないんですからっ」 「特定の女の面倒を甲斐甲斐しくみてやるような男が無害に思えるなら、お前は昔と変わらずの阿呆って事だな」 「なっ!! あ、アホ……? アホって言いましたっ?」 「阿呆だろ? それとも、男の意図がわからないほど子供だったか? 俺は教え込んだつもりだぞ? 男という生き物がどれだけ貪欲で浅ましいかをな」  何度も熱を交わらせながら、柚奈は輝宮の愛と執着心に支配され、その腕の中で啼いた。  薄っすらと輝宮の音に浮かぶ色香と、不機嫌になり始めた表情。  その熱は触れ合っていなくとも柚奈の心と身体を甘く疼かせ、徐々に絡め取っていく。   「だ、男性の全部が下心やそういう意味で女性に優しくするわけじゃないと思います!! 穿った見方はやめてください!!」 「……気付かないふりばかりしていると、突然喰われて泣く羽目になると警告してやっているんだがな? お前は、根底からお人好しで馬鹿で、鈍感極まりないタイプの上、男に抵抗出来る力があるわけでもない。捕獲して喰いやすい温室育ちの子兎そのものだ」 「~~~っ!! だ、だからっ、もしそうなったとしても、輝宮先輩には何の関係もありません!! あ、赤の他人のくせに下品な話ばかりしないでください!!」  あまりにも意地悪な物言いに、柚奈の怒りが大爆発を引き起こしてしまった。  食べ始めようとしていた自分のお弁当の蓋を閉め、輝宮の手からもお弁当奪う。  素早くバッグの中にそれらを放り込み、傍(はた)から見るとちょっとだけ怖そうなオーラを滲ませながら勢いよく立ち上がり、――ギロリ!! 「赤の他人なんです。あ・か・の。――失礼します」 「いいのか? お前の恥ずかしい写真や動画の他に、昨夜も色々と寝てる間に『材料』を増やしておいたが、――どこに晒してほしいんだ?」 「……最低っ。数年前の、たかが一時期付き合っただけの遊び相手に何で執着するんですかっ?」 「俺の方こそ聞かせて貰いたいものだな? お前が俺から逃げた『本当の理由』を」 「――っ。……引っ越しの関係だ、って、そう言ったじゃないですかっ。遠恋になったら、どうせ最終的には別れ話が出たはずですし」  あの頃に住んでいた場所と、引っ越し先だったここは、遠く離れすぎている。  互いに努力したところで、会えない寂しさは募るばかりだったはずだ……。   だから、そうなる前にケリを着けただけだ。  ……と、柚奈がムキになって何度もぶつけた同じ言葉だったが、……やはりバレバレのようだ。再会の時と同じように、冷ややかな医者の目は、輝宮の心は、『嘘』を見抜いてしまっている。引っ越しのせい? 遠く離れて付き合いを続けていく自信がなかった?   嘘を吐くのが上手な人間だったら良かったのに……。生憎と、柚奈はお人好しの正直者だった。   「柚奈、弁当。一度貰った以上、完食するのが礼儀だろう?」 「…………」  噴水の縁に座ったまま、輝宮が手を差し出してくる。  動揺を胸に一歩足を引きかけた柚奈だったが、大庭で寛いでいる患者達の視線が好奇心を抱きながらこちらに向けられている事にようやく気がついた。  ここは輝宮のテリトリーだ。何もかもが不利に出来ている世界……。   (違う……。この人といると、どこにいても私には不利な状況しか生まれない……)  輝宮弓弦に勝てた事なんか、今までに一度もないのだから……。  柚奈に出来るのは、彼から逃げる事だけ。会わなければ、何も起きない。  平穏な日常の中で過ごしていける……。だけど。 「柚奈」 「――っ」  芝生の上に柚奈の持っていたお弁当用のバックが落ち、輝宮の呼び止める声を背に、彼女は逃げてしまった。……また、逃げる事しか出来なかった。  
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