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第4話 少しは落ち着いた模様です。

「ほら」  一日に二回も酷い目に遭わされた柚奈だったが、輝宮の住んでいる高級マンションの一室に辿り着くと、速攻で寝室に放り込まれるフラグは消え去っていた。  その代わりに、透明な脚の短いお洒落なテーブルの側にちょこんと直に座らされ、輝宮特製のオムレツを振舞われるという謎の事態に……。   「先輩……、これ」  一応、オムレツの形をしてはいるけれど……、端っこの方に焦げ跡を発見してしまった。  具も卵の皮からはみ出ているし、……確か、大学時代の輝宮は料理などしていなかったはず。柚奈は銀のスプーンでちょんちょんとオムレツ? を(つつ)き、ちらりと、隣に腰を下ろした輝宮を窺う。 「一応食えるぞ」 「いえ……、その、……料理、覚えたんですね」  まぁ、一人暮らしの男性なら当たり前か。  それとも……、料理を教えてくれた彼女でもいたのか、いや、……いるのか。   (でも、私を自分の部屋に連れてきたって事は、そういう人はいない……、のよね?)  輝宮の性格上、一度に複数と関係を好むタイプではないはずだ。  最初にキョロキョロと部屋の中を見まわしてみた時も、女性物の香水の匂いや、その存在を匂わせるものはなかったし……、多分、今は誰とも付き合っていないのだろう。  ……外で会っている、という可能性もあるけれど。   (って、いやいや!! 輝宮先輩の恋愛関係なんて、私には関係ないないっ!!)  今付き合っている人がいないかもしれないと思ってホッとし、いや、でも、いるかもしれない、と再度思い直して憂鬱な気分になってしまった事にショックを受けながらも、柚奈はオムレツを一口サイズに分けて口に運んだ。……もぐ、もぐ、もぐ。 (うん、普通に食べられる味……。だけど、……う~ん、美味しい、というよりは)  食べられる。まずくはない。だけど、美味しくもない。所謂、どっちつかずの微妙品。  人に作って貰っておいて失礼だとは思ったが、オムレツを食べ進めながらふと彼の顔に視線を向けてみると、……うぅっ、何だか凄く優しい顔つきで見下ろされているような気が。   「微妙だろう?」 「……えっと、お、美味しい、ですよ」 「嘘吐きな口は今すぐ塞ぐぞ」 「すみませんっ、美味しくも不味くもないお味ですっ、はいっ!」  基本的に輝宮は何事にも器用で、頭も良い。  だが、まさか料理に関しては微妙だった、とは……、意外だ。 (そういえば、付き合っていた頃は私が毎回お弁当を作ったり、先輩の住んでいたアパートで夕食を振舞ったり……。うん、先輩が料理する場面なんて一回も見た事なかった!)  そうそう。主にコンビニ弁当や外食の類で済ます事が多いと言っていたではないか。  ……医者志望がそれでいいのか。柚奈がちょっとだけげんなりと苦笑していると、輝宮が小さく呟いた。 「お前が作ってくれたメニュー……、一通り試したんだけどな。どれも成功しない。同じ味にならない……。作っても、虚しいだけだった」 「え?」  柚奈の口の端についていたらしき具の欠片を親指の腹で拭ってやり、輝宮がそれを自分の口に含みながら片膝を立てた。  彼の言った意味を普通に受け取るならば、柚奈が今までに作ってあげたメニューを輝宮が作る事で、それに癒しを、付き合っていた頃の幸福を求めていたのだとしたら。 「あの……、私」  何を言えばいいのだろうか。  自分の身勝手さで、臆病な心を抑えきれずに彼を傷付け、関係を強制的に終わらせた。  あの頃、柚奈は自分の心を、自分の選択を間違いではないと思い込む為に、輝宮との事は、どちらも本気ではなかったのだから、気にする必要はない、と、そう思い続けてきたのだ。  大学生と高校生。輝宮からの告白で始まった関係だったが、彼の周囲を取り巻く人達からはよく嫌がらせを受けていた。輝宮のような男が、冴えない自分の相手など本気でしているわけがない、と……。一時の気の迷い。一夏の夢。  輝宮と付き合っている頃に感じていた幸せよりも、最後に柚奈が信じたのは……、そう思うしかなかったのは、そんな誹謗中傷の悪意の方だった。  付き合ってから身体を重ねるまでの期間の短さ。会う度に求められ、恥ずかしい真似も、彼の意地悪にも、流されるように従ってしまった自分。  輝宮が初めて付き合った相手でもあり、柚奈にはわからなかった……。  自分達の関係が、そのプロセスが……、普通なのかどうか。  愛されている、と、そう感じる事は多かった。だけど、その愛が一時的なものなのか、ただの期間限定の恋人ごっこだったのか、高校生だった柚奈には結局わからないまま……。  いや、今もわからない。再会した輝宮が自分に執着し、過去の事に腹を立てている事はわかる。だけど、彼がこれからどうしたいのか……、読めない。  柚奈は言葉を呑み込み、輝宮が伸ばしてきた手をかわして立ち上がった。 「柚奈?」 「まだ、材料ありますか?」 「……あぁ」 「じゃあ、キッチンお借りしますね。私の分だけ作るんじゃ意味ありませんよ、先輩。ちゃんと自分の分も作らなきゃ」  少しでも気を許せば、また肉体関係を結ぼうと触れてくる気がしたから……。  柚奈はわざと明るい声を作り、最新式の設備が整っているキッチンで腕を揮い始めた。  輝宮に脅されている以上、今晩はこの部屋に泊まる事になるのだろうし、どうせなら開き直って自分のペースを作ってしまおう。  腕まくりをしながらキッチンへ向かう柚奈を、輝宮は止めるでもなく、ただ静かに眺めていた。 【SIDE:輝宮弓弦】  自分の部屋で誰かが料理を作っている音を聞く。  その瞬間を、輝宮は何年も、何年も、ずっと……、待っていた。  自分に群がってくる化粧っ気の濃い馬鹿な女共など論外。  輝宮が渇望している相手は唯一人だ。唯、一人……、蜜月、柚奈。  大学時代、OBとして訪れた母校で出会った可愛らしい控えめな少女。  大学からやって来た輝宮や、他の優良物件にきゃあきゃあ騒ぐ女子とは違い、彼女は一度ちらりと弓弦達の方を見ただけで、後は真剣に部活動に励んでいた。  基本的に、美術部兼漫画部の中はフリーダムで、それぞれが個人プレイのようなものだったのだが……。輝宮達が来る度に大半の女子部員が活動を投げ出してしまい、しっかりと作品制作に励んでいたのは、柚奈を含めたほんの数人のみ。  別に、何をそんなに懸命に描いているのか知りたかったわけじゃない。  弓弦が柚奈の席に足を向けたのは、この部室に通う内に抱いた……、彼女自身への興味からだった。一生懸命に取り組む、キラキラとした瞳。真剣な表情。  そうだ。きっかけは……、あぁ、あの子の目に映りたいな、だった気がする。   「柚奈」 「何ですか?」  材料を慣れた手つきで切り分けている彼女の姿をじっと見つめながら、一度もこっちを向いてくれないその態度に苛立ちが募ってゆく。  自分じゃない。他の何かに一生懸命な目。片手間にしか相手にして貰えない事に腹が立つのは、あの頃と同じだ。  同じ場所にいても、柚奈の心が別に向いていると思うと……、寂しくて、苦しくて。   (はぁ……、二十七の男が女に相手にして貰えないだけで寂しい、って……、ガキか、俺は)  子供のそのものなところがあるのは自分的に自覚があったが、そんな我儘でどうしようもない未熟さが際立っているように思うのは、柚奈との距離感のせいだ。  自分から告白し、戸惑う彼女を説き伏せて付き合い始めた頃……、輝宮は必死の塊だった。  歳が違う。学び舎が違う。家も違う。お互いに向き合わなくてはならない勉学という道もある。輝宮は二人の間にある違う部分や差を埋める為に、放課後や休みを利用しては柚奈を連れ出し、自分の傍で過ごさせるようになった。  柚奈が他の男に目を向けないように、自分だけを見てくれるように……。 「……ピーマンは入れるなよ」 「ぷっ……。ま、まだ苦手なんですか? ふふ、じゃあ、小刻みにして混ぜてあげますね」 「入ってる時点でアウトだ。……はぁ」  わざとらしい、明るすぎる笑顔と軽快な口調。  間違いなく、警戒されている……。自分の傍にいれば、気を抜けば、また淫らな誘いをかけられると読んでいるのだろう。間違い、ではないが……、病院と、柚奈の実家でそういう類の行為を仕掛けた後……、輝宮は車の中で少しだけ安心していた。  一方的な別れの手紙で自分がどれほど傷付き、辛い思いをしたか……。  自分の事を忘れ去り、のほほんと実家の手伝いをしながら日々を過ごしていた柚奈を許せない気持ちが……、いまだに、彼女を忘れられず、愛おしさを募らせている自分が、抑えきれなくなって……。もう一度、柚奈の心を絡め取り、永遠に縛りつけてやりたい。  実家の手伝いをしている彼女が自分の勤めている大病院に現れたあの時、輝宮はそう思った。だが……、どうやら柚奈の心は輝宮と同じように変わっていなかったらしい。  名前を呼び、触れてやれば嬉しそうに反応する身体……。  キスの最中、輝宮を見つめる瞳は恋焦がれる……、あの時の少女のままで。  恐らく……、あの別れの手紙の件以降、彼女は誰とも付き合っていないはずだ。  でなければ、何もかもがあの頃と同じままであるはずがない。   (いや……、身体的には、ますます美味そうに育ってはいるが……)  高校時代の彼女は可愛い、という印象が強い清楚な女性だったが、何年も経ち成長した今は、その頃の名残を残しながら、男心をそそる良い女になった。  彼女の友人や知人達が陰で繋がっていなければ、さっさと引っ越し先を突き止めて問題を解決していたものを……っ。いや、輝宮が柚奈の姿を追い求め、実家の伝手を使おうとした時、裏から手をまわして妨害してきたのは……。 『弓弦、今のお前ではあのお嬢さんに釣り合わん。男を磨いてから出直しなさい』  一見して人の好さそうな顔でそう言った人物のせいで、輝宮は柚奈の行方を追えず、辛い思いをしながら今日まで生きてきたのだ。  なにせ、どんな手段を使ってもその人物に先まわりされ、柚奈の行方を隠されてしまうのだ。偶然、あの大病院で柚奈を見かけなかったら……、あぁ、胃がっ。  だが、運命の光は弓弦に微笑んでくれた。柚奈は今、ここにいる。 「はい、どうぞ。苦手な物も頑張って食べてくださいね」 「……何年ぶりだろうな」  柚奈の手によって運ばれてきた、作り立てのオムレツ……、いや、これはオムライスか。  瑞々しい野菜とプチトマトが添えられているオムライスを目の前に差し出され、輝宮はらしくもなく、つい、泣きそうな気持ちでそれを見てしまう。  再会した柚奈に、自分と復縁を望む気はない。……表向きには。  だが、ようやく居所を掴み、強引にとはいえ……、彼女を暫くの間縛り付けておく材料も手に入れる事が出来た。本気で憎まれるか、それとも……。  輝宮はその場に礼儀正しく座り直し、スプーンを手にふわっとした感触のオムライスを掬い取って口に入れた。 「…………」 「先輩の苦手な物も入ってますけど、気にならないように工夫を、……あれ? 先輩?」 「……美味い」  たかがオムライスひとつ。ただの、女の手料理……。  なのに、これを作ってくれたのが柚奈だという現実が、ここ数年の酷い孤独感を優しく包み込んでくれるような気がした。   「同じように作っても、お前みたいには美味くならないからな……」  柚奈が作る工程を何度も見ていたのに、手順を覚えていても、仕上がりはまったく違う。  自分の作った物を一瞥し、輝宮は苦手なピーマンが入っていると知っていながらも、柚奈の手料理を口に運び続ける。  特別、腹が空いて死にそうになっていたわけでもないのに、手が止まらない。  柚奈は輝宮の食欲に驚きつつも微かに笑みを浮かべ、彼が作った方のオムレツに手を伸ばした。 「……自分の分は作らなかったのか?」 「ありますよ。輝宮先輩が作ってくれた、私の分」 「……食べた気にならないだろう?」 「まぁ、お味はちょっと……、ですけど。良いんです。誰かが自分の為に作ってくれた幸せの味がありますから」 「前にも……、そう言ってたな。料理は気持ちだ、とか何とか」  確か……、柚奈がまだ高校生の頃。  彼女の友人に、物凄く料理の下手な女の子がいて、手料理を作る度に柚奈を困らせていた。  味見をしてもらって、アドバイスを貰いたいから、とかなんとか。  断ればいいだろうと、そう冷たく言ってしまった事がある。  あんな恐ろしい手料理を試食していたら、柚奈の胃がぶっ壊れてしまう。いずれ病院行きだ。そう諭したのに……、柚奈は一度も聞き入れなかった。   『好きな人に美味しいものを食べて貰いたいって、頑張ってるんです。その人への気持ちは十分に溢れていますから、きっともうすぐ、味が追いつくはずです』  だから、協力してあげたいのだと。  不味い物を食わされても微笑んでいられる柚奈の凄さに内心慄きつつも、やっぱり……、その優しそうな笑顔には心を鷲掴まれた。  輝宮は自分の作ったオムレツをパクパクと食べていく柚奈を眺めながら、自分も微笑んでいる事に気付く。……あぁ、やっぱり、柚奈しかいない。柚奈がいい。 「柚奈……」 「んぐっ、……は、はい?」 「もう一度言っておく。あの時の手紙は無効だ。俺はお前と別れる気はない。だから」  取り繕っていた柚奈の笑顔が消え去り、輝宮はその耳に意地悪く囁いた。  内心では、彼女の心をどうにかして抱き寄せ、縛りつけたくて……。 「あの時の償いの意味も込めて、――俺の要求には全て従って貰う」  大人しく言う事を聞かないのなら、当然……、素直な子兎になるまで脅させて貰うだけだ、と。……あぁ、最悪だ。最低最悪の悪役じみた三流の真似だ。  輝宮は心の中で血の涙を流し、鋭い痛みを伴う爪で引き裂かれたかのような心地を味わいながら、柚奈の頬を獣のように一舐めした。
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