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とびきりの恋をあげる3

「あのさ、何で俺のこと、デートに誘ってくれたの?」  ふいに菊池くんが足を止める。振り返るその表情は、逆光になって見えない。 「えっと、前から菊池くんのこと、素敵だなって思ってて……」 「でも、『付き合ってください』じゃなくて『一度でいいからデートしてください』って言われたのが、実は気になってたんだよね」  小首をかしげ、優しげな声で尋ねられ、知代はドキッとした。  交際を申し込むわけではなく、デートだけに誘うというのは不誠実だったのだろうか。それをなじる様子はないけれど、知代はどうしようかと悩んだ。  二十歳までに、素敵な男の子とデートをしたい。  これは、知代が子供の頃から抱いていた憧れだ。もう気にしなくてもよくなった今でも、知代にとって二十歳という数字は大きな意味を持ち続けている。だからこそ、自分では釣り合わないとわかっている菊池くんをデートに誘えたのだ。 「あのね、私、ずっと『二十歳までに素敵な男の子とデートをしたい』って思い続けてたの」  知代は、自分のことを話してしまおうと思った。  重たいと思われてしまいそうな話だ。あるいは、くだらないと思われるかもしれない。  それでも、尋ねてくれた菊池くんに適当なことは言いたくないし、何と思われてもこれっきりだからいい。  そう思って、知代は口を開いた。 「私、子供のときにちょっと重たい病気をしてて、二十歳まで生きられないかもって言われてたの。だから、私にとって二十歳って何だか大きな節目みたいに感じてて、病気が治ってからも、ずっとその意識だけ変わらずに生きてきたの」  なるべく重たい話に聞こえないように、知代は明るい声で話した。  実際のところ、今となっては重たい話ではないのだ。  子供の頃は何度も入院したし、激しい運動を制限されるなどの不自由はあったけれど、知代は何とか生き延びた。  あと数日で、大きな節目だと思っていた二十歳になる。 「……そんな、特別なデートだったんだ。その相手が、俺でよかったの?」  菊池くんは、つないでいる手にギュッと力を込めた。その手の感触とぬくもりに、どうやらドン引きされてはいないようだと知代はホッとする。 「菊池くんが、よかったの」  改めて言うのは恥ずかしくなって、知代は自分の顔が赤くなるのを感じていた。でも、菊池くんの顔が見えにくいように、向こうにも知代の顔はあまり見えていないだろう。だから、顔を赤くしたまま言葉を続ける。 「それまで大学内で見かけても全然意識してなかったんだけど、バイト先で偶然見かけたときから、素敵だなって思うようになって」 「バイト先って、駅ビルの本屋だよね」 「うん」  子供のときから入院生活を送ったり、激しい運動を制限されたりしていた影響で、知代が本を読むようになるのは自然なことだった。  本が好きで、読書が好きで、それでアルバイト先は迷わず本屋にした。  そんな知代だから、本を大切にしない人は嫌いだ。 「前にね、菊池くんたちのグループがうちの店に来たとき、雑誌を立ち読みしてたんだけど、片づけずに散らかしたまま帰っちゃったの。でも、菊池くんはさりげなくその散らかった雑誌を全部もとに戻して、それから最後に店を出て行ったんだよね。それを見て、いいなって思うようになったの」  菊池くんの行動は、良識ある客なら当たり前の行動だ。でも働いてみると、そういった良識ある客というのが思った以上に少ないことがわかる。 「すごいな。そんなとこまで見られてたのか。でも、当たり前のことしただけなんだけど」 「うん。でも、その当たり前のことをできるのって、実はすごいことなんだと思う。友達がやらないなら、なおさら。人間って、簡単に楽なほうに流れちゃうから。だから、素敵だなって思ったし、意外だったというか」 「ああ……チャラいグループにいるから?」  照れた様子だった菊池くんだったけれど、前髪をいじって、わざとキザっぽい仕草をする。 「そうだね。人を見かけで判断するのはよくないってわかってるんだけど、とにかく意外で、それから気になるようになって。そしたらうちの店も結構利用してるって気づいたし、読書家なんだなってこともわかって」 「うわぁ……やっぱ、店員さんってお客のこと見てるんだ……読書なんてキャラじゃないって、わかってるんだけど」  相当に恥ずかしかったのか、菊池くんは空いているほうの手で顔を隠した。  女の子慣れして社交性がある菊池くんでもそんなふうに恥ずかしくなるのかと、知代は何だか不思議な気持ちになる。 「そんな、読書好きにキャラとか、そんなのないよ。恥ずかしくなんてないよ」  つないだ手にちょっと力を込め、知代はなぐさめるような気持ちで言った。  読書は趣味で、それ以上でもそれ以下でもない。だから恥じることもないし、誇ることでもないと思っている。 「いや、何だろう……俺が照れてるのは、趣味が読書だってバレたことじゃなくて、何かそうやってちゃんと好きだって言われたのが初めてで」  体の向きを少し変えたことで、菊池くんの表情がわかりやすくなった。目を細めて、でも唇を引き結んで、恥ずかしさに耐えるような顔をしている。少年っぽさの増したその表情を見て、知代は「かわいいっ」と思った。 「今まで、顔とかファッションとか雰囲気とかノリとか、そんなので選ばれてきたからさ、俺」  パッとつないでいた手を離して、菊池くんは歩き出してしまった。  怒ったのだろうかと、不安になって知代もそのあとを追う。  今夜、このデートが終わればそれっきりになってしまう関係だ。それでも、今このとき怒らせてしまったのなら悲しい。怒らせたままお別れになってしまうことも。 「あの……もしかして気を悪くさせちゃった?」  イルミネーションを見るためにやってきているほかのカップルにぶつからないように、知代は菊池くんの背中を追いかけ横に並んだ。不安いっぱいで見上げると、菊池くんは首を横に振った。 「……ちがう。逆だよ、逆。誰も……自分でさえ評価してなかったことをそうやって褒められて、すっごく照れちゃったわけ。あー、調子狂うなぁ……」  せっかくセットした髪を、菊池くんはぐしゃぐしゃにしてしまう。学内や本屋で見かける菊池くんの姿は、おしゃれで、ひょうひょうとしていて、そんなふうに取り乱す様子は想像できなかった。  だから知代は、目の前の菊池くんを新鮮な気持ちで見つめていた。  そして、菊池くんは本の中に出てくるよくできた王子様ではなく、こうして照れたり取り乱したりする普通の男の子なのだとわかって嬉しくなった。  でも、髪を乱して視線をそらしている菊池くんは、何だか浮かない顔をしている。
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