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第7話調停者

 極まった変態性癖を持っていようとも、ギャロウグラスは全般的に有能な男だった。  オルネッタは自分の好みもしっかり伝えてあるし、食料の確保はつつがなく済ませてくれるだろう。  下手な騒ぎになっても困るし、この街にあってはオルネッタの出る幕はなかった。  ここは溜まってきた疲れをとるに限る。  オルネッタはリラックスして、柔らかなベッドへ横たわると、すぐ眠りに落ちてしまった。  旅装のままどれほど眠っていたのか、オルネッタは異様な雰囲気に目覚めさせられた。  わけもわからずベッドの上に身を起こし、ただならぬ気配を感じて、周囲をきょろきょろ見回す。  一見、なにも変わりはない。  部屋は張りつめたように静まりかえっている。  陽の傾き具合はどうだろうと窓へ目をやったとき。 「ひっ……!」  そこに異形がいた。  二階の窓の外、そこへ貼りつくようにして中を窺っている怪物。  醜く歪んだ黒い肉体に皮の翼を持ち、顔は潰れたトカゲのようだった。  悪夢めいた金色の瞳が輝き、オルネッタをみつめていた。  オルネッタは自分の見たものが信じられずに身を強張らせた。  異形は赤い口を開いて不気味に笑うと、窓を突き破り、窓枠をむしりとりながら部屋のなかへ入ってきた。  牙の並んだ口で片言のように言葉を発する。 「オル……ネッタァァァ!」  この怪物はどこまでも現実だった。  全身の毛を逆立てながらオルネッタは反射的に叫ぶ。 「ギャロウグラスッ!」 反応は早かった。 「プリンセス!」  部屋の壁を突き破って、ギャロウグラスが肩から転がりこんでくる。 「む! これはッ!」  怪物を目にして、さすがのギャロウグラスも戸惑う。  異形の怪物はギャロウグラスへ目もくれずにベッドのオルネッタに近づく。  その歩き方も異質な生物を思わせた。 「おまえの相手はこっちだ!」  怪物の背後から、ギャロウグラスが肩をめがけて回し蹴りを放つ。  しかし、人間の首を一撃で折るその打撃も、怪物には効果がなかった。  逆にギャロウグラスの足がつかまれてしまう。  異形の怪力でおもちゃのように振り回され、部屋の端まで投げ飛ばされた。  いままで無類の強さを見せていたギャロウグラスが手も足もでない。  オルネッタは恐怖で身動きできなくなっていた。  怪物はオルネッタの上に身をかがめると、腕と足をつかんで軽々と持ち上げてしまう。  オルネッタの口から悲鳴があがる。 「イヤァァァ! ギャロウグラス!」  頭から血を流したギャロウグラスがよろよろと立ちあがり、オルネッタのベッドほうへ手を伸ばした。  そしていままで耳にしたことのない言葉を発する。 「コンセリアートルッ!」  ベッドのそばにはギャロウグラスの預けた武器の袋があった。  その袋が勝手に開き、なかから十字型をした剣が飛びだす。  剣の柄から長い鎖が伸びていた。  十字型の剣は鎖の尾を引きながら飛び、ギャロウグラスの手に納まった。  怪物はオルネッタを抱えて窓へ向かう。  その太い首に、十字剣と鎖が巻きついた。  十字剣が怪物の皮膚に触れると、その肉を焼いた。  怪物は苦悶の叫びをあげてオルネッタを放りだし、鎖を解こうと身震いする。  怪物の背後ではギャロウグラスの筋肉が盛りあがり、渾身の雄叫びが口を割った。 「うぉおおおおおッ!」  力が拮抗し、ついに怪物が力負けした。  怪物は鎖に引かれるまま後ろへ飛び、壁に激突して穴を開ける。  剣と鎖がギャロウグラスの手元へ戻った。  自由になった怪物は怒りに吠えながら、鉤爪のついた腕でギャロウグラスへ襲いかかる。  ギャロウグラスは左腕に巻いた鎖で打撃を受け、右手の剣を突きだす。  怪物は後ろへ飛びのき、次の手を打とうと身構えた。  ギャロウグラスは鎖を伸ばして十字型の刃を大きく回転させる。 「《調停者》は狂った天秤に均衡をもたらす!」  ギャロウグラスの武器全体が輝き、その光に怪物が怯んだ。  次の瞬間。  十字の刃が怪物の首を切り落としていた。  怪物の首が転がり、醜悪な身体も倒れる。  床についたとたん、首と身体の両方が影のように黒く溶けはじめた。 「オルネッタァ……オルネッタァ……」  いびつに溶けていきながら、怪物の首はオルネッタの名を呼び続ける。  ギャロウグラスは肩で息をしながら首を見下して問う。 「主の名はなんという?」  怪物の首は至福のように笑った。 「アルジ、エリオネルノナニオイテ、オルネッタイガイノモノ、ホロビヨ、ホロビヨ、ホロビヨ……」 「それだけ聞けば十分だ」  ギャロウグラスは怪物の首を踏みにじった。  怪物の頭と身体は溶けた氷のように消えてしまう。  狂騒が治まり、部屋に静寂が戻っていた。  壁にいくつも大穴が開き、やけに風通しがよくなってしまっている。  オルネッタは放りだされた場所にうずくまったまま、ガタガタと震えていた。  心臓が早鐘を打ち、喉がひきつる。  オルネッタは嗚咽混じりになんとか言った。 「な、なぜお兄さまの名前が出てくるの、う、うぅ……、な、なんなの、この怪物は……」  ギャロウグラスの左腕には鎖が巻かれ、その先に十字型の刃がぶらさがっていた。  よく見ると、その刀身には女の像が浮き彫りになっている。  ギャロウグラスはその刃を揺らしながら、疲れ果てたようにベッドへ腰をおろすと、頭の血をぬぐいながらしゃべりはじめた。 「なぜかといえば、それが主の名だからです。確かにエリオネルどのなら、それだけの力を持っていましょう」  オルネッタにはもちろん意味がわからない。  だんだんとさらなる不安に襲われながら聞く。 「どういうことです……?」 「エリオネルどのとあなたは血が繋がっていない」 「そ、そうです」 「ところがわたしとは繋がっている」 「えぇっ!? ど、どういう……いえ、どういう……」  ギャロウグラスは急に話を変えた。 「これから向かう戦場の近く、山深い場所に人々の記憶から忘れ去られていた古代の遺跡があります。タイグロイド公爵の軍であろうと蛮族の軍であろうと、何びとであろうともその遺跡へ立ち入らせない。それがわたしの仕事となるはずでした。ところが時すでに遅し。エリオネルどのが遺跡を発見して使ってしまったらしい。そうとなっては解き放たれた魔物をこのコンセリアートルで始末していくしかない」  ギャロウグラスは左腕を掲げて武器を示した。  その刃は汚れひとつなく冷たく輝いている。  ギャロウグラスは静かに続けた。 「あなたがエリオネルどのに御執心なように、エリオネルどのもあなたに御執心なようだ。そしていまや怪物たちを従える王。いま確かなのはそれぐらいです」  オルネッタは事態が飲みこめない。  ただ現実へ抵抗するように繰り返す。 「そんな……、そんな……」 「コンセリアートルを振るう運命を逃れたエリオネルどのが、このような形で立ちふさがってくるとは。最悪の展開ですよ。タイグロイド公爵とエリオネルどのに話をすれば、わたしの仕事に協力してもらえるとさえ考えていたのですが」  オルネッタは震え声で尋ねる。 「あ、あなたはいったい何者なの……?」 「朝の騒ぎをご覧になってましたね。しつのところ、あの町娘たちは正しい」  ギャロウグラスは右手で髪をかきあげながら言った。 「わたしは童貞です。我が分身はまだ女のなかへ入ったことがない」  いったいなぜ、いまそんな話をするのか。  オルネッタは首をひねって、ただギャロウグラスの言葉を待った。  ギャロウグラスは続けた。 「コンセリアートルは人類の守護者でありながら、嫉妬深い女神の化身なのです。所有者が女と交わることを許しません。わたしがコンセリアートルを引き継いだとき、まだ若すぎた。コンセリアートルを振るい、魔の物と人類のあいだに一線を引く《調停者》、それがわたしです」  ギャロウグラスはオルネッタが初めて目にするような寂しげな微笑みを見せた。
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