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第4話怒りの仕打ち

「ギャロウグラスっ!」  オルネッタは喜びに喉が詰まりそうになりながらも叫んだ。  普段勝ち気な公爵令嬢で通していても、目尻に涙が盛りあがる。  この陰惨な部屋の入口に、ギャロウグラスが立っていた。 両手に下げた二振りの長剣はどちらも濡れて、赤い血を滴らせている。  フォルダム家のお仕着せである黒いコートをまとった美しい男は、まるでその周囲にだけ冷気を漂わせているかのようだった。    オルネッタを踏みつけたまま、でっぷりした腹の巨漢が怒鳴る。 「見張りはなにしてやがる!」  ギャロウグラスが冷ややかに、よく通る声で答えた。 「先に旅立ったよ。あの世への途次でおまえたちを待っている」  オカシラと呼ばれる巨漢はたじろぐことなく、命令をくだした。 「野郎どもやっちまえ! たかがひとりだ、八つ裂きにしろ!」  淫靡な部屋の空気が燃えあがるような殺気にとって変わる。 「なめやがって!」 「ぶっ殺してやる!」 「生かしておかねえ!」  口々に怒声を発し、女たちを放りだして、裸のまま武器に走る山賊たち。  漫然と待ち受けるギャロウグラスではなかった。 「烏合の衆とはまさにおまえたちのことだ」  相手の準備が整っていようといまいと容赦なく襲いかかる。  敵の動きを見定め、独楽のようにまわり、蠍のごとく貫くギャロウグラス。  その剣舞がみごとすぎて、傍目には山賊たちのほうが斬られるために飛び込んでいくかのように見えた。  金属のこすれる音と断末魔の叫びが続く。  松明の炎が幾度か揺れるあいだには、すべての山賊が切り伏せられていた。  残ったのはギャロウグラスとオカシラのみ。  洞窟の一室は鮮血の匂いが充満していた。 「ヒッ……ヒッ……!」  パニックに陥りかけた巨漢も、ここに至って自分の武器を思いだした。  オルネッタを人質にしようと、近くのテーブルにあった短剣へ手を伸ばす。  その腕へギャロウグラスの長剣が飛んだ。  長剣はオカシラの腕を貫いて震える。 「ぎゃぁあああッ!」  オカシラは短剣を落とし、バランスを崩して尻もちをついた。  足が離れて胸の重しがとれたオルネッタが、咳きこみながら身体を起こす。  同時に、部屋のなかで、喜びとも恐怖ともつかない女の叫び声があがった。  陵辱されていた村娘のものだった。  その声で正気を取り戻した女たちが、裸のまま逃げだしていく。  右手に長剣、左手に松明を握ったギャロウグラスが、オルネッタとオカシラに歩み寄った。 「ギャロウグラス……」  オルネッタが見あげても、返り血に濡れた美貌は無表情だった。  ギャロウグラスはまるで命じるように、オルネッタへ言った。 「この男と話があります。さがっていてください、プリンセス」 「わ、わかりました……」  オルネッタは気圧されて、言われたとおりにする。  ギャロウグラスはゆっくり進み、尻をついたままのオカシラと対峙した。  巨漢のオカシラは震えあがって許しを乞う。 「ど、どどどどうかお許しを! なんでもする! なんでもするから!」 「オルネッタさまに対する侮辱、我が身にとっては百倍もの恥辱」  ギャロウグラスはいきなりオカシラの左目へ松明を突きたてた。 「ぎゃぁああああッ!」  その叫びも終わらないうちにギャロウグラスは言葉を続ける。 「おまえはどのみち死ぬ。だがすぐにではない。たっぷり苦しんでもらおうか」  そんなやりとりを聞かないようにしていたオルネッタだったが、部屋の一角に寝転がったままの娘を発見して走り寄る。  娘は浅い息を繰り返し、高熱があった。  オルネッタはギャロウグラスへ振り返って大声で言った。 「動けない娘がいます! ギャロウグラス、手を貸して! 早く!」  脂汗を滲ませたオカシラの顔に、安堵の兆しがよぎる。  だがギャロウグラスは冷たく言い放つ。 「助かったと思うなよ」  右手の長剣を一閃させると、オカシラの腹が縦に裂けて、中身の臓物が溢れだした。 「うぉおおおおおっ!」  わななくオカシラへ、ギャロウグラスが言った。 「臓物はほとんど傷つけていない。死ぬのに時間がかかるだろう。はらわたを垂らしながら助けを求めて森をさまようのもいい」  オカシラは臓物を腹へ収めようと悪戦苦闘しながら喚いた。 「おおおお、なんてこと、なんてことしやがるんだぁー! おおおお!」  ギャロウグラスは興味を失ったように剣を捨て、オルネッタのそばへ急いだ。  床に伏したままの娘のそばで、不安げな顔のオルネッタが口を開いた。 「このかたには手当が必要です。馬車で村へ帰してあげましょう」 「御意」  ギャロウグラスが身をかがめると、その顔に滝のような汗が流れていることをオルネッタは目にした。  ギャロウグラスは村娘を担ぎあげると、荒い息をついて肩を上下させる。  突然の変わりように、オルネッタは驚いて声をかけた。 「だいじょうぶですかギャロウグラス? もしや怪我をしたのですか……?」  ギャロウグラスは息を喘がせながら答える。 「なに……ひと仕事……終わって……疲れが出た……だけです……」  オルネッタはやっと気づいた。  今回の戦い、無敵のギャロウグラスにとっても、見かけより危ないものだったのだと。  オルネッタとギャロウグラス、二人ともに危機一髪だったのだと。  オルネッタは身体が震えはじめるのを感じながら、素直に謝った。 「わたくしの気まぐれで無理をさせてしまってごめんなさい……。まさかこんな集団がいたとは思わなくて……」 「どのみち、わたしの手落ちです。高い報酬を要求しようと考えていましたが、大幅に減額させていただきます」  馬車に戻ると食料のすべてが降ろされてしまっていた。  しかし、いまは構わずと、山賊の根城をあとにする。  村へ帰ると、当然のごとくオルネッタとギャロウグラスは歓待を受けた。  聞けば、この度の戦の敗走兵が近くの洞窟に居ついてしまい、もう一週間あまり、この村を略奪の餌食としていたのだという。  今夜は村をあげての宴を催すので、ぜひ主賓となってもらいたいと誘われた。  ギャロウグラスは美しいかんばせを緩めることもなくつぶやいた。 「とんだ足止めとなりましたね」  オルネッタは逆にはしゃいでいた。 「なにを言うのですギャロウグラス! あなたはすごいこと、とても善いことをしたのですよ! 多くの人々を救ったのです!」 「わたしは人のあいだの善いこと悪いことには、あまり関心がないのですよ」 「はぁー……、あなたという人は本当に……」  底の知れない変態だ、と言おうとして耳目があるのでやめたオルネッタだった。  貴族社会の城で行われるものに比べたら質素なものだったが、村の宴は活気に満ちていた。  宴席の食べ物には、山賊の住処から取り戻した食料が使われていたが、そのなかにはオルネッタたちの携帯食料もふんだんに含まれていた。  オルネッタもギャロウグラスも取り立てて文句は言わなかったものの、内心次の食料を手に入れるための算段に頭を悩ませていた。  村人たちの宴は夜通し続くらしかったが、オルネッタたちは休む場所を所望した。  この村に貴人を泊められる部屋は、村長の宅しかない。  そこの続きの間をあてがわれた。  清潔だが簡素な部屋へ案内されると、ベッドはまともなものがあった。  数日ぶりの柔らかな寝具に、オルネッタは強く心惹かれた。  しかし、ギャロウグラスが眠らせてくれない。  ギャロウグラスはわざとらしく改まって口にする。 「今日の分の特別報酬は、今日のうちにいただきます」  オルネッタは不機嫌に答える。 「はぁー、手早くお願いします。疲れてますから!」 「報酬を減額させていただきますので、今回はわたしが自ら自分を慰めます。それを見ていていただきましょうか」 「はいはい」  ギャロウグラスの変態っぷりは思いしっているので、オルネッタもそんな注文には動じない。むしろ楽でいいと思っていた。  ギャロウグラスはなに食わぬ顔で続ける。 「あなたも裸になってもらいますけどね、プリンセス」 「えぇーっ!」 「庶民のあいだでいう、相互鑑賞オナニーというものです」 「そんなの聞いたことありません!」 「いまお耳にしたでしょう? では、試すのです」 「はぁー……」  オルネッタは深い溜息をついた。  ときおり頼もしく素敵に見えることがあろうとも、どんな激烈な戦いをくぐり抜けてきた戦鬼であろうとも、本質的なところで、ギャロウグラスという男は大変な変質者なのだ、と悟る。  自分以外に誰がこんな男の相手をしてやるのだろうか、との思いが脳裏をよぎった。
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