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第3話余計な危機

オルネッタたちは一日に可能な限り馬車を走らせた。  途中で宿場などがあっても、時間が合わなければそこでは止まらない。  四頭の馬に飼葉をやり、オルネッタとギャロウグラスが湯浴みを済ませれば、すぐに宿を出る。  元来流れ者のギャロウグラスは自分の湯浴みを省き、その時間で旅の支度を整えるべきだと主張したが、オルネッタは許さなかった。  ギャロウグラスは『特別報酬』などと言って、機会があればオルネッタに身体を触れさせる。  そのギャロウグラスが薄汚れて垢まみれであったとしたら、オルネッタがたいそう困るのであった。  身体の清潔を保ったとしても、けっきょくのところ野宿につぐ野宿。  そのようなちぐはぐな行程で先を急いでも、目指す戦地まではあと数日かかるというところ。  今日もひた走る馬車のなかで、オルネッタは周囲の地形に見覚えがあることに気がついた。  背中越しに、客室から御者台へ声をかける。 「ギャロウグラス、このあたりに小さな村があるはずです。そこへ寄って。食べ物は十分あるけれど、水を補給したいのです」 「わかりましたプリンセス。わたしにも道はわかります」  行く先は貧しい村だと知っていたので、オルネッタは道すがらに少々の金を落としてやりたいとも考えていた。  辺鄙な村を目指して半時間。  ギャロウグラスは小高い緑の丘で馬車を止めた。  落ちついた声で言う。 「プリンセス、目指す村はすぐ眼下にありますが、わたしは足を止めないほうがよいとご忠告させていただきます」 「どういうこと……?」  オルネッタは窓から外を確かめて息をのむ。  粗末な柵で囲まれた村の家々。  その一軒から黒々とした煙が立ちのぼっている。  その家の周りには武装した男たちがいて、長い黒髪をした村娘を拐かそうとしているところだった。  娘は激しく抵抗しているものの、ほかの村人たちは肩を落として立ちすくんでいるばかりだった。  オルネッタは怒りに燃えて、早口で命じた。 「なにをしているのギャロウグラス! 村へ急ぎなさい!」  しかしギャロウグラスは動かない。 「わざわざ見えている危険のなかへプリンセスをお連れするわけにはいきません。目的地へ道ならまだしも、ここは余計な寄り道です。あなたのことは守れるが、馬が怪我をしても困る」 「ですが、わたくしの領民が襲われているのです! ほうってはおけません!」 「口約束の上でもそうですし、わたしの心情からしてもそうですが、わたしはあなたが無事ならそれでいい」 「え……?」 「あなたが無事なら旅を続けられる。わたしの心情としては、このまま地の果てまでもお供したい。そうはならず、といっても……」 「ギャロウグラス……」  思いがけぬ言葉に、オルネッタの心が揺れる。  しかしオルネッタも貴族の娘、すぐに気を取り直して言った。 「わたくしのことを想うのなら、わたくしの領民を助けてやってください!」 「助けるの村人ですが、報酬はあなたからいただきますよ、プリンセス? 人数によっては、これまでにない大きな報酬を」 「う……」 一瞬たじろいだものの、オルネッタすぐに威勢を取り戻して命じる。 「や、やっておしまいなさい、ギャロウグラス!」 「仰せのままに」  ギャロウグラスは御者台を降りて、手近の木に馬をつなげた。 「馬車で突入することはできません。ここで待っていていただきます。どのみちすぐ済ませます。では!」  そう言い残してギャロウグラスは丘を下った。  疾風の速さで駆ける。    美貌の野獣が解き放たれた。  疾く走りながら、ギャロウグラスは敵を見定める。  弓矢を持った者が二人、鎧に身を包んだ重武装の騎馬武者が二人。  徒歩で近距離武器を持った者が三人。  全員が嫌がる女を囲んで笑っている。  ギャロウグラスは拳大の尖った石を二つばかり拾って、そのまま突進した。  騎馬武者の兜がひとつ、こちらを向いた。  だが、気づくのが遅い。  すでにギャロウグラスの距離に入っていた。  間合いよし!  そう見てとると、ギャロウグラスは急停止し、勢いを殺さないよう大きな動きで石を投げつけた。  投石は狙い違わず、弓手のひとりを倒した。  ギャロウグラスに気づいたか、自分が死んだと気づくのが早いか。  もうひとりが慌てて弓をあげようとしたところ、その男も石で頭を砕かれて死んだ。 「ふざけやがって、馬の骨がッ!」  騎馬武者のひとりが剣を振りあげて馬を走らせてくる。  ギャロウグラスも動じることなく突っこんでいった。  馬の前蹴りを躱したところへ、騎馬武者の剣が振りおろされる。  ギャロウグラスは軽快なステップを踏んでそれも躱した。  逆に、伸びきった騎馬武者の腕をとらえて、馬から引きずり落とす。  ギャロウグラスはとらえた腕を離さず、大の字に倒れた騎馬武者の喉元へ剣を突きたてた。  騎馬武者だった男は、自分の剣に貫かれて息絶える。  ギャロウグラスはその剣を引き抜いて、今度は自分がしっかりと握りしめた。  そうして、公女オルネッタの無慈悲なエスコート、ギャロウグラスは残った敵と対峙した。  オルネッタは窓辺に顔を寄せてエスコートの様子を窺おうとしていた。  しかし、馬車の止まっている角度が悪くてよく見えない。  表へ出てみようと、ドアへ向かったとき。  逆に外側から客室のドアが開かれた。 「ひっ……!」  驚いて喉を詰まらせるオルネッタ。  馬車の外に立っていたのは武装した薄汚い男。賊の類に違いなかった。 「ふへへへっ!」  男が短剣を片手に乗りこんでくる。 「ギャロウ……ぐっ!」  オルネッタはエスコートの名を呼ぼうとしたが叶わなかった。  短剣の柄がみぞおちに突きこまれて、息ができない。  目の前が白黒明滅したかと思うと意識を失っていた。 「ぐへへへへ……」  薄汚れた山賊は、自分の獲物に満足していやらく笑った。  どれほど時間が経ったのか、オルネッタは揺れる馬車のなかで目覚めた。  客室の床に横たわり、猿ぐつわをかまされていた。  両腕も後ろに縛られ、腰には縄が巻かれていることにも気づいた。  自分の馬車のなかで、外はまだ明るい。  木々のあいだを進んでいるが、まだ捕らえられた場所からさほど離れていないに違いない。  足は自由だった。  オルネッタは這うようにして客室のドアを目指す。  しかし腰を巻いた縄がどこかにつながれていて、ドアまで行けない。 「んううううう……っ!」  後ろで縛られた手で、どうにか腰の縄を緩めようとしていたところ、馬車が止まってしまった。  ドアが開かれ、オルネッタは逃げる隙もなく、馬車から引きずりだされてしまった。  そこは山裾の、大きく口を開けた洞窟の前だった。  入り口の両脇には樽や木箱などの物資が積まれ、見張りの詰め所まで作られていた。  見張りと下卑た冗談を交わすと、オルネッタを捕らえた男は洞窟へ入っていった。  腰の縄を引っ張られ、抗うようにしながらオルネッタも続く。  洞窟の内部はランプと松明で明るかった。  しかし奥から漂ってくる空気が異様に生臭い。  しばらく進むと垂れ布で仕切られた部屋へ連れ込まれる。  オルネッタはそこで身を凍らせた。  十人以上もの女たちが男に組み敷かれている。 「あぁ……」 「うぅ……」  裸の女たちが恨みがましいうめき声をあがて男たちのなすがままになっている。  悦んでいる女はひとりもいない。  初めて見る男女の営みと、そ凄惨さに、オルネッタは震えあがった。  部屋の奥から野太い声があがった。 「ずいぶん上玉じゃねぇか! でかしたぞ!」  捕らえていた男が、オルネッタのあごをつかんでそっちへ向ける。 「でしょう、オカシラ! 貴族の娘に違いねぇ! いい匂いがする!」 「いただこうじゃねぇか……」  奥からでっぷりした腹の巨漢が、素っ裸のまま近づいてくる。 「んぅううううう……っ!」  オルネッタは必死の抵抗をして、逃れようとした。 「悪あがきすんな!」  逆に強くひっぱられて転んでしまう。 「ヒヒヒ、こんな女見たことねぇ……」  巨漢がオルネッタの胸を踏みつけ、自由を奪ってから猿ぐつわを解く。  オルネッタは恐怖でわななきながらも、回らぬ舌でなんとか言った。 「わ、わたくしはフォルダム公タイグロイドの娘オ、オルネッタです! 手を出したらそなたたちの命はないものと……」  巨漢は豪快に笑った。 「じゃあ身代金がたんまり貰えるだろうよ! 殺しゃしねえ! だが生きてりゃいいんだ、たっぷり楽しませてもらうぜぇ!」  父タイグロイドなら軍勢でかけつけて、この男たちをなぶり殺しにするだろう。  愛しの兄、エリオネルなら怒り狂って火を放つに違いない。  だが、いま実際にオルネッタの口を割って出た名前は。 「助けてギャロウグラス……!」  山賊たちが愉快そうに笑う。  その笑い声に重なって、よく通る声が聞こえた。 「おおせのままに、プリンセス」  弾かれたように、山賊たちが入り口へ目を向ける。  そこに、ひとりの冷ややかな男が立っていた。  左右の腕に血塗られた長剣を下げたギャロウグラスが、冷たく獰猛な光を灰色の瞳に宿して。
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