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番外編 エリオネルの帰還

 オルネッタとバーテイタスが夫婦の契りを交わしてから半年後。  まだ新婚気分の二人が夜の務めに疲れて就寝しようとした折である。  大きな翼のような羽ばたきが聞こえた。  寝室に付いたバルコニーに降り立ったような感じだった。  オルネッタは閉じていた目をぱちりと開いてベッドから抜け出した。  ガウンに身を包んで言う。 「こんなところへ大きな鳥が来るなんて珍しいことです。ちょっと見てみます」  バーテイタスも起あがり、オルネッタに続く。 「鳥の気配ではないような……。これは……」  二人でバルコニーに面したドアを開ける。 「ヒッ!」  オルネッタは思わず悲鳴を噛んだ。  バーテイタスは動じていない。  むしろそこにいる人影を確認して頬をほころばせた。 「エリオネルどの」  バルコニーには長身痩躯の男が、その身を黒いマントに包んで佇んでいた。  風に流れる黒髪と、穏やかで理知的な風貌。  間違いなくオルネッタの兄、エリオネルであった。  オルネッタは少女時代のように唇を尖らせる。 「お兄様! なぜこんな場所から帰ってくるのですか! 心臓が止まるかと思いました!」  エリオネルは優しくほほえんだ。 「おまえを驚かせたくてな、オルネッタ、妹よ。それに時間がない。おまえたち以外には顔を見せぬつもりだ」  オルネッタはマントの裾からのぞくエリオネルの足が裸足であることに気づいた。 「お兄様……?」 「フフフフ、まなこに焼きつけるがよいオルネッタ!」  凄味のある笑みを浮かべて、エリオネルは両腕を大きく開いた。  まばゆい白光が迸って、暗がりに慣れていたオルネッタとバーテイタスの目を貫く。  光に馴染むと、エリオネルの姿がわかった。  その異様さに二人とも息を呑む。  エリオネルはほぼ全裸だった。  しなやかな裸身に絡む細い銀の鎖。  コンセリアートルの鎖は、六角形の目を形作ってエリオネルの身体を包み込んでいた。  いわゆる亀甲縛りである。  コンセリアートルの本体である十字剣が、エリオネルの股間にぶらさがっていた。 「これが新たな調停者、第百五十三代目ギャロウグラスの姿であるッ!!!」  エリオネルは愉悦めいた眼差しで続けた。 「わたしはここまでコンセリアートルと一体化した! 過去に例のないことであるという!」  十字剣がエリオネルの股間で微妙に揺れる。  オルネッタは顔を赤らめて目を覆った。 「ああ、いけませんお兄様! 隠れていないのです! 端っこが見えています!」 「フハハハ! 気にせずともよい妹よ! 見られることも悦びのひとつ! 無縁の他人に見られるのと近親者に見られるのとでは、また別々な悦びがあるのだ! ハハハハハ!」  バーテイタスは左手を胸に当てて頭をさげた。 「神々しいお姿、感服いたします」 「バーテイタスどの、わが弟よ、そなたにはなんと礼を言ったものかわからん。わたしは責務を負ったが、真の自由を得た。心と体の解放を! 代償といえば、女のなかに入れなくなったことのみ。このように有利な取引がまたとあろうか!」 「お、おに、お兄様……」 「エリオネルどの……」  オルネッタとバーテイタスは、それぞれ逆の意味をもつ涙を浮かべて、エリオネルの整ったかんばせを見つめた。  怜悧で、迷いのない顔である。  エリオネルは美しい唇をつりあげた。 「では、西に凶事の兆候がある。いざ、さらば!」  エリオネルは踵を返し、両腕を広げてバルコニーから身を躍らせた。 「お兄様!」  オルネッタが駆け寄る。  だが、オルネッタの心配には及ばなかった。  エリオネルの身体は少し落下したあと、不思議な力ですぃーっと上昇する。 「ハハハハ! ハハハハ! 爽快であるッ!」  あれでは下から見上げた場合、局部が丸見えだろう。  現にオルネッタからも丸見えだった。  そんなことも意に介さず、エリオネルは星々のまたたきのなかへ飛び去っていく。 「ハハハハッ! ハハハハッ!」  まことに愉快そうな笑い声を残して。  エリオネルの姿が見えなくなると、オルネッタはわなわなと震えた。  それは愛する兄の変わりように耐えるためのわななきであった。  ぷつり、と臨界を超える。 「いやぁあああああっ! ひとりになりたい!」  オルネッタは弾かれたように寝室を出ていった。  バーテイタスはバルコニーに残り、冷たい夜空に魅入られていた。  感慨深げにつぶやく。 「エリオネルどの、ご立派になられて……。わたしの及ばぬ高みに行ってしまわれた……」  明日もまた、世界のどこかで光と闇のせめぎあいがあるのだろう。  そうだとしても、バーテイタスはエリオネルの勝利を確信していた。  オルネッタはそれから数日のあいだ、バーテイタスと口をきかなかったという。                                   おわり  
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