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第3話 残された十字架

   気づくとわたしは、闇が溶けた部屋の中で、ベッドの上に横になっていた。  布団もかけられている。  ここは、わたしが狼と共に寝ている部屋だ。 「夢?」  わたしを殺すと口に出したあの男は、わたしが作りだした存在(もの)なのだろうか。  夢にしてはあのおぞましいとも言える恐怖の悪寒は、あまりにリアルで、思い出すだけで鳥肌が立ち、腕を撫でればざらりとした鮫肌となって気持ち悪い。  幼い時から、あの吸血少年の夢を見続け、都度恐怖に目覚めているのだから、あの男とのリアルな出会いも夢が舞台であってもおかしくない。  だけどわたしは、心のどこかで夢であって欲しくないと思う気持ちがあるのだ。  あんなに怖かったのに。  あんなに嫌悪したのに。  それでも確かめないといけないことがあるから。 ――遠野……真白。真白……? まさか、古い洋館に住んでいた?  彼は何者なのだろう。  なぜわたしを知っているのだろう。 ――お前を、殺すために。   しかし夢だとしたら、なぜわたしは家に戻っている?  なぜここで寝るまでの記憶がないのだろう。  説明がつかない整合性のない事象があるのは、夢の証。  だとしたら――。  これも夢?  ……どこからどこまでが夢?  現実感を希薄させた部屋の中で、煩悶にも似た惑いにあれこれ思いを馳せていると、途端に光の線が縦と横に走る。 「真白? 起きたのか? 大丈夫か、お前」  ……狼だ。  狼が、光ある向こう側からこの部屋のドアを開けて、入って来たのだ。  狼がいるところは現実。  だからわたしはほっとして、ようやく酸素を肺に送り込むことが出来た。 「うん、大丈夫。わたしをここに運んだのは、義兄さん?」 「ああ。驚いたぞ、家の前に倒れていたから」  家の前……。 「何時頃?」 「七時ちょっと過ぎ。俺が予定をキャンセルしないでいたら、お前外で二時間以上も寝ていたかもしれないぞ?」  それはまるで眠り姫(ナルコレプシー)。  ……前兆もない突然の。 「今、卵粥作っているから。あまり無理するなよ? 休めるようなら、明日会社休め」  狼の瞳は、一抹の憂いが浮かんでいる。 「うん、休むわ。会社、クビになっちゃった」  元気なくそう言うと、狼はその大きな掌でわたしの頭をひと撫ですると、お粥の様子を見にキッチンへと戻った。  わたしはサイドテーブルの上に置かれてあるリモコンで電気をつけて立ち上がり、部屋着に着替えようとシャツを脱いだ時、ふと……首に鎖が巻かれているのを知る。  服の上ではなく、服の中に押し込まれるようにして、首からぶら下がっていたらしい。  ……それは恐らく、誰かの手により故意的に。 「これは……十字架?」  矛盾を孕んだ黒い大きな十字架――罪に穢れているような闇色を纏う神聖さの象徴は、確かにあの時、あの男がつけていたものだ。  なぜわたしがこれをつけているのだろう。  あの男がわたしにかけた?  ……意味がわからない。  十字架の裏になにかローマ字が描かれている。 「Riku……Shiranui」  あの男の名前だろうか。  あの男は、わたしを殺そうとして、彼の素性となる名前が刻まれた十字架をわたしに? ――見つけた……。  ……怖い。  怖い、怖い、怖い。  わたしは身を縮ませるようにして、その場で蹲る。  まるで吸血少年の夢を見たような恐怖の動悸。  あの夢は硝子のように割れるのに、あの男の思い出は割れない。  だから苦しい。  あの男を思い出す度に、胸の中に熱い溶岩がうねっているかのように、血が煮え滾り、爆発してくれないから。弾けることが出来たら、どんなに楽になることか。  喉が渇く。  大きな鼓動が胸を突き破りそうだ。  そして――じゅん、じゅんと秘処が濡れていくのがわかった。 「や……なに、これ……」  身体が甘く痺れて、疼いてたまらない。  悶えがとまらず、悶絶してしまう。 「は……っ、あぁ……」  わたしの口からひっきりなしに出るのは、甘い声と喘ぎ。  まるで……狼に焦らされた時のように、この渇望を満たして欲しくてたまらない。  これは、欲情。  わたしはあの男に抱かれることを望んでいるんだ。  
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