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第48話 発現

 わたしはホカホカの身体で、ベッドに仰向けに倒れた。 「喉渇いたな」  身体が温まったせいか、やけに喉が渇き、冷蔵庫から深山さんが用意してくれたペットボトルの水を貰おうと、ベッドから立つ。  環境変化による疲労や精神的負担がかかりすぎたせいか、ここ最近さらに食事が味気なく、どこでなにを食べても塩味の味覚があまり感じられない。  逆にわたしが作る料理は塩辛いらしく、吏玖はげほげほと咽せていたことがあり、ちょっと深刻な味覚障害がでてしまい、それを誤魔化すように水ばかり飲んでいた。  だから生活必需品である水を……と思った時だった。  突然、視界が大きく揺れたのは。 「なに……」  身体が大きくぐらついて、足が縺れたわたしはまたベッドの上に倒れてしまった。  地震?   眩暈?  身体が動かない。  足はおろか、指一本動かせない。  これはわたしの身体がおかしいようだ。  身体が鉛のように重くて、次第に言葉を発することすら辛くなる。  明らかに異常を身体は訴えているのに、それを外に訴えることが出来ない。  体温が上昇して、汗がだらだらと流れ落ちている。  なにかの病気なのだろうか。  だから動けないのだろうか。  その中で、ただひたすら、喉が渇いて仕方がない。  まるで灼熱のサウナの中にいるかのように、目に浴びたように喉奥にも冷水で潤したいのに、それが出来ずに煩悶する。  これはおかしい。  このままなら、不可解にも熱中症時の脱水症状が出てきてしまう。  意識が混濁してくるのは、もう脱水症状が出ているのだろうか。  その時、コンコンと小さなノックの音がした。  吏玖だ。  吏玖が来てくれた。 「真白、開けてもいいですか?」  是と言えないわたしを訝るように、ドアが薄く開く。 「真白、寝ちゃいました?」  もっとこっちに来て。  目を開けたまま動けないわたしを助けて。 「真白? 真白、どうしました!?」  わたしの身体は吏玖に横抱きにされる。 「具合悪いですか? そんな真っ青な顔をしているのに……身体が熱い。救急車を……いや、僕が救急病院に連れて行きます。タクシーは信頼出来ないから、深山さんに車を出して貰いましょう」  水が飲みたいのだと、そう懇願する声は響かない。  慌てる吏玖の腕を、なんとかして指先が掠めることが出来た。 「真白、なにか言ってる?」  吏玖の耳がわたしの口に近づいた。  カスカスと、しかしわたしは懸命に意志を伝える。 「水……ですね、わかりました。今冷たい水を持ってきます! 少し待ってて下さい」  早かったのか遅かったのか時間感覚がよくわからないまま、水がわたしの口に入れられる。  こく、こく、と飲むのだが、舌は冷たいと感じるものの、一番に潤って欲しい干からびた喉奥は、まるで冷水を感じずにひりついたままだった。喉が水を拒否している。 「……あ……」 「真白、なにか言ってます?」  吏玖の耳が再度わたしの口に近づいた時、わたしがベッドからずり落ち、吏玖が慌ててわたしの身体を支えるように抱擁した。 「ふぅ、危ないところだった」  彼は水と一緒にスマホを持ってきたようで、わたしを抱きしめながらスマホで深山さんに電話をかけ始めたようだ。  吏玖の精悍な首筋が、目の前にあった。  どくん。  跳ねるような鼓動と共に、喉奥がさらにひりついた。  吏玖の首。  狼がわたしの首に噛みついていたように、わたしも吏玖の首に口づけたい。  どくん。    口をつけるだけではない。  真っ赤な、あの悪夢で狼が飲んでいたあの真っ赤な血を。  わたしも血を血を血を血を血を……。  どくん。  吸血の衝動をわたしは止められなくて。  体内にあったなにかが膨らみ、身体に滲み出している。  どくん。  わたしの唇と爪に、違和感を感じた。 ――奴らは血を吸うことで、相手の生命も吸う……いわば吸精一族。俗に言うエナジー・ドレインと呼ばれる能力により、その身体能力も生命力も人間を凌駕する。  違うわ、わたしは。 ――お前も既に、あいつに血を吸われて眷属になっているんだよ。  違うの、わたしは。  わたしはただ、喉が渇くだけで。  どくん。  ただ血が、飲みたいだけで――。 「真白!?」  ぷしゅぅぅぅぅと音をたてて、目の前に血飛沫が飛んだ。   香しい、鉄の匂いが鼻腔一杯に拡がり、朦朧としているわたしは笑った。  幸せだと、思ってしまったのだ。        
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