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第47話 追いかけてこないで

「真白?」  わたし、何様なんだろう。  吏玖に請われたから彼の近くにいさせて貰って、彼に哀れまれたから彼に住むところを与えて貰って、吏玖の添い寝を頼まれて、勝手に彼が欲しくなって、そう思っていない彼にあんな不埒なことをさせて、ひとりあんなに淫らな姿を晒したというのに。  彼がもうわたしに触らないかもしれないと思って勝手に寂しく思い、その一方で欲情したリクと不埒なことをしてきたわたしを雨の中探してくれていたのに、それで一緒にお風呂に入っただけなのに、わたしはこれ以上吏玖になにを求めるの?  抱かれたいとか、触れられたいとか、よくそんなことを思える。 「はは……」  わたしは彼に背を向けると、片手で泡だらけの湯面を叩いて、顔に飛沫を跳ねさせた。 「ははは」  何度も何度も。  自己嫌悪で泣いているのが吏玖に見られないように。 「真白!」  それが異常に思えたらしい吏玖が、慌ててわたしの手を掴んで、わたしの身体を後方にねじ曲げた。  顔には飛び散った白い泡が目に入って、痛くて涙が出てきた。 「……泡が目に滲みて、目が痛い……」 「当然です、一体なにをしているんですか、あなたは!」  吏玖に抱えられるようにして湯の中を移動し、給水口の蛇口を捻るとわたしの目に冷水を浴びさせた。  冷たい水は、わたしの昂ぶった精神を冷やしていく。  冷たい水を目に浴びて、わたしは熱い涙を零す。  自惚れた馬鹿な気持ちは捨てよう。  元よりわたしと彼は世界が違う。  彼がわたしを愛情を持って抱くはずがない。  それが出来るなら、わたしはこのマンションに泊まった初日にもう抱かれている。  わたしは彼にとって魅力もなければ、抱くに値しない……言わば同志。  だからこうして一緒にお風呂にも入れる。    ……わたしなら信用しているから狼とセックスをしていた。  そしてわたしを心配してくれている、不器用なリクとセックスをしたいと思った。  欲情が信頼のものさしとなっているわたしとは裏腹に、リクはストイックなまでに身体の関係を拒否するというのなら、やはりこのままずっと、わたしは吸血鬼騒動の中にいる下卑た庶民で、彼は高尚な御曹司のまま、平行線なのだろう。  きっと交わることはなく。  これ以上、深入りしてはいけない。  彼が抱くのは、家柄がよくて美しいお嬢様だ。  そんな現実に、今さら気づくとは。 「ははは、すみません。じゃあ、わたしもうあがりますね」 「え?」  わたしは吏玖に、抱きたいどころか、女として見られていないのだろう。  わたしは、彼が信じたいと思ってくれる、ただの彼の同志だ。  男であろうと女であろうと、信頼を寄せる者に性別は関係ないに違いない。  ……それでいいじゃないか。  いつからわたしは、不埒なことを考えるようになってしまったの。   「吏玖さん、なにきょとんとしているんですか。シャワー使わせて貰います」  ……身体に泡がついていてよかった。  泡の服を纏い浴槽から出て、吏玖に背を向けてシャワーを浴びて出て行く。  やましい気持ちなどないというように、堂々と歩いて行く。 「……真白、一体……。真白、ちょっと待って下さい」  吏玖が浴槽から出る音が聞こえる。  さすがに、また卑猥な下着姿を見られるわけにはいかず、そのまま吏玖が用意した大判バスタオルを身体に巻いて、自室に走る。 「真白!?」  なぜ、追いかけてくるのよ、吏玖は。  しかも、泡がついたまま全裸で!  わたしそういうストーキング、慣れてないから!  パタンとドアを閉めてぜぇぜぇと肩で息をして、背中……というよりお尻で内鍵のついていないドアを押さえるが、一見ひ弱そうに見える吏玖の腕力はやはり強くて、わたしは宙を飛ぶようにして、ベッドの上に跳ねて着地した。 「あ、すみません。大丈夫でしたか?」 「は、はい大丈夫……っていうか出て行って下さい!」 「なぜです? なぜ急に……僕、なにか気に障ることをしてしまいましたか!?」  迷い子のような途方に暮れた眼差しが向けられる。 「いや、ちょっと落ち着いて。ひとまず、部屋から出て行って……」 「だから、言って下さい! 僕、あなたがそうやって我慢しているのは……」 「服ですよ、服!! 吏玖さん、今全裸です!!」 「え、あ……」 「わたしが悲鳴を上げる前に、どうか服を……っ」 「し、失礼しました」  身体の肌という肌を羞恥に赤く染めて、吏玖が出て行く。  さすがに吏玖の全裸を上から下まで、そして細部まで、じろじろとは見なかったけれど、ちょうど見たら真っ赤になるところに泡がついていた、悩ましい格好だったような気もするが、いつもは落ち着き払っている吏玖のそんな姿がおかしくて、声を出して笑ってしまう。  そしてクローゼットを開けて、ローチェストから卑猥な下着の中でもましに思えそうなものを探した。それは至る所にリボンがつけられていて、引っ張ればどこかが解けるらしいが、ひっぱらない限りは健全な下着に近いものなので、それを急いで身につけ、昨日着させて貰った吏玖のTシャツをまた着させて貰った。  ズボンがないから、太股がすぅすぅするがそれでもロング丈なので、十分にワンピースだ。  吏玖はわたしの部屋に入るのを躊躇っているのか、部屋の外から音はしない。  もしかするとまだシャワーを浴びて、泡を落としているのかもしれない。
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