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第46話 揺蕩うもの

  「あ、あの……?」 「どうしてあなたはまた、こんなものを……っ」  吏玖の声は激しい動揺にカスカスだ。 「……で、ですから深山さんですって! また今日まともな下着買い忘れてしまったので、今日と明日だけ、我慢して下さい!」 「~~っ」 「べ、べつにいいじゃないですか、どんな下着でもスーツで見えなくなるんだから!」  地味なスーツの中の扇情的な下着を想像したのか、さらに吏玖の顔が赤くなった。 「もう、赤くならないで下さいよ」  わたしは余裕ぶって依然固まり続ける吏玖を残して、ぱっぱといつもの十倍速くらいですべてを脱ぐと、猛速度で浴槽まで駆け、滑って転びそうになりながらどぷんと湯に浸かる。  そして棚に置いてある液体式の入浴剤を手にした時、吏玖がちょうど服を脱いでいる最中だった。白皙だが見事に均整が取れた精悍な体躯は、リクを彷彿させる。  そして彼が、なにも隠さずに生まれたままの姿でこちらに来たから、心臓がバクバクするわたしはそのまま入浴剤を思いきりしゃかしゃかと振り、振ったのを忘れて液を湯に入れると、凄まじく泡がもこもこと広がり、わたしは慌てて浴槽の縁まで下がる。 「……な、なに!? なにこれ!?」  まるで気分は、実験に失敗した科学者のようだ。入道雲のようにひたすらもこもこと増殖する泡に怯んでいた時、彼が浴槽の中に入って来た。   「なにを遊んでいるんですか」  彼の声は甘く優しい。  そして両手を突き出すようにして、わたしの身体に触ると、そのまま泡を掻き分けるようにして彼の元に引き寄せた。 「ここまで泡だと、見えませんね、あなたの身体」  やけに反響する浴室内、彼の声が真後ろから聞こえてくる。 「残念」  笑いと共に、湯が音をたてて揺れる。 「あ、あの……」 「浴槽は滑りやすいですから。この方がゆっくり出来るでしょう?」  わたしは彼の膝の上に跨がせられていて、お腹のところに彼の片手が巻き付き、もう片方の手は浴槽の縁に置かれて伸ばされていた。  濡れ髪と鎖骨と男らしい首筋が、湯の熱さに紅潮しているのは悩ましいくらい妖艶だ。 「ん?」  前髪を掻き上げ流し目をくれる様もとてもセクシーで、わたしの目が泳ぐ。  彼はわかっている確信犯なのか。  それとも、天然のフェロモンただ漏れ男なのだろうか。  そんなわたしの逡巡を見て取ったか、リクは片手で泡を取り、ふぅっとわたしに向けて吹いて寄越す。  するときめ細やかな泡が、虹色の薄い膜状の大きなシャボン玉になって、わたしの唇にくっつき、わたわたと両手を動かして動揺を示せば、吏玖はあどけない笑みを見せて笑った。 「割った方が負けです」  そう言うと吏玖が頭を傾げるようにして、シャボン玉の向こう側から唇をあててくる。 「……っ」  透明なシャボン玉を挟んで、キスをしているような格好。  吏玖の目が色っぽくてたまらず、さらに吏玖が静かにシャボン玉に息を吹きかけてくるために、吏玖が触れているシャボン玉の震動がわたしの唇を掠めていく。  彼の唇の動きがダイレクトに伝わってくる錯覚に、わたしは唇が近づいてくるポッキーゲームの強制終了のように、自らシャボン玉を割った。 「ふふ、あなたの負けです。……どうしました? 顔が真っ赤ですよ?」  続けて、意味ありげにふふふと笑う彼は、やはり確信犯だと思う。 「不埒です、吏玖さん」  唇を尖らせて抗議をすると、吏玖は邪気のない顔で答えた。 「これくらいは不埒ではないですよ、可愛すぎる戯れでしょう?」 「そ、そうですか?」 「はい。僕が不埒になったら、あなたはこんなにゆったりお湯に浸かっていられませんよ? ……昨夜、あれでも我慢していたんです」 「……っ」 「そんな潤んだ目で期待して僕を見ないで」  吏玖は、指でわたしの鼻をきゅっと摘まみながら言う。 「本当にあなたはいやらしい」  彼はリクに欲情する、淫らなわたしを知らない。  あんなに激しく濡らして、欲しいと口にするわたしを。  だけど吏玖にも……、吏玖にも抱かれたい。  リクのように性的な欲情はしないけれど、彼に煽られたように心が奮えるから。  きゅんきゅんと疼いて、好きにして貰いたいという被虐的な思考は一体なんだというのだろう。  リクとのことを真剣に考えなきゃいけないのに、否応にも吏玖に惹かれてしまう。  立ち上る湯気のように、わたしの心もゆらゆらと揺れてしまう。    ゆらゆらと、リクと吏玖の狭間に、わたしは揺蕩(たゆた)う。
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