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第38話 また追われる

「悶絶するほどの超絶イケメン達がお嬢さんを昇天させるよ? ちなみに僕もそのひとり。僕を指名してくれてもいいよ、お嬢さん」  パチンとウインクをされたけれど、このダイヤ小僧よりも大人のイケメンを見てきて、卑猥なあれやこれをしているわたしとしては、まるでお呼びではない。 「悪いけれど、勧誘なら他をあたって。わたしはこれから帰るところだから」 「新宿の夜はこれからだよ、お嬢さん。これからが魑魅魍魎が跋扈する、魔界都市新宿の本領発揮なんだからさ、帰らないでよ」  ずいと顔を近づけるダイヤ小僧の目が赤く光る。 「美味しそうな匂い、しているね、お嬢さん。ん? この匂い、もしかして……新参者(ニューカマー)の……」  わたしの防御本能が危険だと知らせてきて、元来た道を走る。 「あははは、帰れないってば、お嬢さん。だってここは、マスターの領域なんだから。迷い込んだのが不運だったね。それとも、幸運というべきか。だってマスター自らのおでましなんだから。あはははははははっ!」  背後から気(ちが)いのような笑い声が聞こえる。  不気味な男から早く遠ざかりたいと全力で駆けると、両側で皓々と光っていたネオンが、順次、私が目指す歌舞伎町の起点である奥に向けて消えていった。そして、雑踏も雑音も鎮まり、ただアスファルトの暗い道だけが延びる。 「なに……」  わたしは全身に寒気を感じて、ごくりと唾を飲み込んだ。  これとよく似た出来事をわたしは体験している。  そう、派遣を断られたあの日、家に戻る帰り道、延々と道が続いていたのだ。  あの洋館での悪夢のように。  これもあの時と同じく、倒れた女性とリクに行き着くのだろうか。    あの時より感覚が鋭敏になっている気がする。  なにもない閑散とした道に、饐えた匂いが鼻腔に広がってくる。  これは……血の臭いだ。  直感的に悟ったわたしは、目を細め足を止めた。  このまま歩き続ければ、出血した屍に遭遇する可能性が高い。  出会うのはリクではなく、狼?  引き返そうと、わたしは後ろを向いた。  すると奥から、月明りに照らされてシルエットが浮かび上がる。  ……大きな体躯の誰かが、歩いてくる。  その足取りは力強く、そしてわたしには恐ろしく思えた。  逃げないといけない!!  そう思い、また背後に向けて走ろうとしたが、身体が動かなかった。    動け動け、わたしの身体!!  叱咤しても声すら出てこない。  動け、動け、動け!!  そして――嗄れた声がした。 「お前が……不知火の――」  シルエットが大きくなり、その双眸に炎のような赤い光が揺らめく。  まるで白髪のような銀の短髪が大きく揺らめいた。  恐怖の闇がぶわりと広がり、息すら出来なくなった……その時だ。  横から目映い光が放たれたと思うと、わたしの身体は宙に浮いていた。  正しくは、肩に担がれ、新宿を見下ろすように建物の屋根から屋根へと、飛び移っていたのだ。  それは――。 「よぅ、昨日ぶり」  やはり黒づくめの、リクだった。   「な、なんでここに!?」 「それは俺の台詞だ。……って、ちっ! 振り落とされないように、掴まっていろよ!」  後ろから、銀の男がやってくる。  軽やかに跳ねるように、だが確実に距離を縮めてくる。 「な、なんで!? なんなの、あの男!!」 「あれは、マスターだ」 「それ、なに!? ダイヤ小僧も言っていた」 「それは夜の支配者で、ダイヤは四賢……話は後だっ!!」 「ひぃぃぃぃっ!!」  昼間はミキサー車に追われ、夜は怪物じみた男に追われ、わたしはただガタガタとリクにしがみついて、彼に縋るしか出来なかった。  闇の中で活き活きとする、彼を頼るしか出来なかったのだ。
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