32 / 72

第30話 始まった夜

   夕飯の片付けは土下座をしてやらせて貰い、洗い終わった食器を拭きながら、棚にある食器の種類を覚えていく。  どれも高級そうな食器だっため、どんな銘柄かと裏を見てみれば、二本剣が交わった模様がある。  これはわたしにもわかった。  超高価な食器の王様、マイセンのマークだ。 「マイセンの食器……」  傷をつけるのが怖くて、震えながら棚に戻すけれど、これ一枚何十万とかしそう。  恐る恐る戻していたら、風呂から上がった吏玖が現われる。 「真白、湯を入れ直したので……」 「……ぶっ!! 服を着て下さい、服!!」 「あ、すみません……」  やばい、濡れ髪で細マッチョだったあの裸体(上半身だけ)に目を瞠って、このマイセン床に落とすところだった。  再度現われた吏玖は、バスローブを纏っていた。  そのはだけ具合……その胸板とか鎖骨とか、外見以上に男らしいパーツからむんむんとわたしを吸い寄せるなにかが立ち上り、このままではあの隙間に顔を埋めてしまいそうだと、慌ててお風呂に入らせて貰うことにした。 「しかしなんで、お一人様の家にお風呂までもがこんなに広いんだろう」  まるでホテルのような浴室だ。  広すぎて落ち着かない。 「それに、なんでこれ……」  浴槽には、黄色いアヒルが孫を連れて浮かんでいた。  これは吏玖の趣味なのか、深山さんの趣味なのか。  それでも思惑通りに和んで、子供のようにアヒルと遊んだ。  わたしは下着を持っておらず、あるのは深山さんが用意したセクシーランジェリーしかない。先に吏玖に言って大きなTシャツを借りたため、下着が隠れてよかった。 「お風呂有難うございました」  リビングでワインを飲んでいた、エロエロ御曹司は立ち上がり、わたしの濡れ髪を見て風邪を引くと、洗面台に連れていってドライヤーの在処を教えてくれた。   「僕が、乾かしてあげます」 「わ、わたし自分で出来ますから!」 「してあげたい」  鏡から吏玖が、椅子に座るわたしに訴える。 「させて下さい」 「でしたら……、わたしも吏玖さんの髪を乾かしてもいいですか?」  吏玖が微笑んで頷いた。  乱れ髪だから余計に、野生的な面を持つリクにも似た微笑でどきりとする。    ドライヤーの温風が、わたしの髪を巻き上げ、吏玖の手がわたしの髪を触る。  髪は女の命とは言うけれど、触られると随分とぞくぞくしてしまう。  狼にもたまに乾かして貰うことはあったけれど、こんなことはなかったし、鏡からこんなに挑発的な眼差しを向けられたこともなく。  まるで、吏玖に愛撫されているようだった。  優しく、その繊細な指先で、髪の一本一本まで愛されているような錯覚。  勝手に顔を赤らめさせるわたしは、鏡の中の笑いを消した吏玖の眼差しに魅入られたように視線を外すことが出来ず、しばし視線を絡めさせた。  そして。  吏玖は屈むようにして、静かに目を瞑り、わたしの頭上に唇を落とした。 「……な」  頭上が熱い。身体が熱い。  そして唇をつけたままゆっくりと吏玖の目が開き、鏡越しわたしを見つめて、なにかを訴えかけるような熱っぽい瞳を揺らしながら、ドライヤーの電源を切った。  言葉がない。  ないのに、甘い言葉で誘惑されているように息苦しくて、熱くて。  思わずぎゅっと目を細めて俯いてしまうと、同時にわたしの身体が浮いた。 「え、ちょ……っ」 「……」 「吏玖さん、髪っ」 「必要ない」  わたしは膝裏を掬われてお姫様抱っこされながら、吏玖の部屋に運ばれた。  そしてキングサイズはあるだろう広いベッドの上に放られると、上質なスプリングのおかげでまた跳ねた。 「……っ」  わたしの目に映ったのは、わたしの伸ばされたままの足に跨がるように膝をたてながら、バスローブを脱ぐ吏玖の姿だった。  思わず触りたくなるような……精悍に引き締まった魅惑的な裸体が、薄闇の部屋の中で浮かび上がり、魅入られたわたしはごくりと唾を飲み込んで息を詰めた。  吏玖は片手で濡れて乱れた髪を掻き上げるようにすると、蠱惑的で、同時にぎらぎらとした……わたしのすべてを食らい尽くすような攻撃的な双眸を露わにした。  初めてのように怖い。  だけど、鼓動が高鳴る。  そして――。  動けないわたしに向けて、ゆっくりとその身体を倒してきた。      
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!