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第25話 むかつきポイント

   セカンドとはいえ、御曹司の住まいはさすがに素晴らしい。  狼の高級マンションで生活していたわたしでも、その贅沢な広さに呆気にとられたほどだ。    間取りは2LDKとはいえ、四つの部屋をひとつに合体した家は、シアターにも早変わりする八十型巨大液晶テレビがあるリビング四十畳、調理台が広いキッチン十畳、ふたつの部屋はそれぞれが書斎やらくつろぎの応接間を含んで、三十畳ずつはあるだろう。  さらに白いタイルで覆われたプールのような丸い浴槽や透明な硝子に仕切られたシャワー室を含めた浴室が二十畳ほど、トイレもなぜここまで必要かと思われる八畳。  これだけ贅を凝らした、モデルルームも霞む最高級マンションを小さなセカンドと称して、他に家があるのだというのだから、財閥界の御曹司には恐れ入る。  あたしはとりあえずリビングにいた。  なぜ東京を出ようとしたのか、詳しいところは吏玖も深山さんも聞かなかったが、この身ひとつで家出同然の状況だったのはわかってくれたらしく、とりあえず生活の必需品は深山さんが自分の家に戻って、援助してくれた。 「使っていない下着なので、どうぞ」  にっこりと下着を差し出す、ボンキュッボンの深山さん。  あなたバレーボールほどの乳なの?と思うくらいのカップのブラジャーは、黒のレースのスケスケで、さらにお揃いらしいショーツも黒いレースの……Tバックという名の紐状のフンドシのようなものを持ってきた。  さらにはベビードールという名の、隠していないよね!? 繋がっていないよね!? とツッコミを入れたい、あまりに扇情的な妖しい紫色のシースルーのランジェリー。  わんさかと出てくる卑猥なものを、わたしの部屋とされたクローゼットの中にあるローチェストに上下プラスαをセットにして置いていく。  もうこれ、買い直し決定だと思いながらも、深山さんのスーツの下はそんな下着で、どんなひとに……吏玖にも見せているのかと想像してしまったら、自分がいやらしい人間になった気がして、ふらふらと部屋から出て、リビングで深呼吸する。  するとキッチンから吏玖が、紅茶を淹れて持ってきた。 「あああ、わたしがすべきなのに、副社長自ら本当にすみません!!」  白いソファは一面に拡がる窓の前に置かれているが、窓の端が階段のように直角にずれた出窓になっているために、ソファは横一列ではない。  一番奥側の長いソファに座って東京の街並みを見下ろせば、出窓の分、宙に浮いているような錯覚を覚える。  狼とのマンションでよく東京の街並みを飽きるまで見下ろしていたけれど、また違って方面から見る東京の遠景は、陽光にきらきらと反射して、まるで宝石で出来た模型(ジオラマ)のようで、魅入ってしまう。 「真白の家では、こうやって景色が見えなかったんですか?」  紅茶を口に含みながら、わたしの横に座った吏玖が柔らかく問う。 「見えてましたけれど、この角度ではなかったので……」 「見えていたんですか、そうですか。……ちっ」  なにか不服そうな声と共に舌打ちが聞こえた気がしたが、横を見ると吏玖がにこにことしていた。いけない。上司を相手に荒んだ心を持っていては、吏玖が荒んだ人間のように思えてしまう。  そんなわたしの内心の慌てぶりを知らず、吏玖はぼやいた。 「もう少し広ければ、ゆったりとくつろぐことが出来たでしょうに、小さくてすみません」 「これが、小さい……ですか?」 「ええ。小さいでしょう? 本家の五分の一くらいですから」  吏玖は本当に困ったように眉尻を下げて言う。  これは嫌味ではなく、本気らしい。 「その五分の一の大きさは、庶民の平均的な広さの五倍はあると思いますよ」 「そうなんですか? では真白が住んでいたのもそんなに小さかったと?」 「んー。五分の一ではなく、二分の一くらいですね。狼はわたしと違って金持ちでしたから」  自虐的に笑ったが、なぜか吏玖は笑顔なのにむっとしているように思えた。 「二分の一……。随分と稼いでらっしゃるんですね、狼さんは」 「そうみたいです。わたしの給料がなくてもやっていけるくらいは」  なんだかさらにむっとしたようだった。  笑顔が曲者の彼のむかつきポイントがよくわからない。 「……なんのお仕事を?」 「BARの経営だそうです」 「それだけでそんなに金持ちになれるものなんですか?」 「さあ? でも彼は実際裕福だったし、あ……親の遺産があるらしいですけど」 「遺産……」  今となっては、狼がわたしの親を殺しておいて、戸籍をちゃっかりと養子にして日本国の法律に則って遺産を引き継いでいた神経はよくわからないけれど、リクの口ぶりから不知火家も表に出ないなりにも、あんな洋館を建てるくらいなのだから、狼がわたしと共に生きることが出来るくらいの遺産はあったのかもしれない。  わたしを不自由なく育ててくれた狼に、別にネコババしていた分を全部返せとは思わないけれど、あの洋館が本当にあったものであるのなら、狼やリクに、あれはどこに建てられて今どうなっているのか、それは尋ねてみたかった気はする。  でも、もう会うことはないのだから、すべては闇の中だ。 「あなたは、金がある男の方がいいですか?」 「わたしですか? ないよりはある方が色々な面でいいとは思いますが、ありすぎるのもどうかとは思います。男性にとって金はステータスにはならないと思うんですよね。金はあくまで副産物であって、金の量で人間性はぶれることはないと。でも無駄遣いをするひとは、個人的にあまりお近づきになりたくはないですが」  一般論を口にすると、吏玖は実に複雑そうな顔をした。  それを見計らったかのように、深山さんが部屋から出てきた。 「副社長。セット完了しました」 「ご苦労様」  ……あの卑猥な下着の数々を、吏玖は知っているのだろうか。  そうとも思えるほど、吏玖と深山さんの間には、阿吽の呼吸がある。  
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