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第23話 彼の決意とわたしがすべきこと

  「はい。ですので、それを理由に後継者争いが勃発しているんです、西宮寺本家では。僕では、立派な跡継ぎを残せないと。恐らくセックスが出来るだけのほどの体力もないと思われていて、擁護派は僕の精子を冷凍保存しようとする動きもある」 「は、はぁ……。ではするんですか、冷凍保存」    すると吏玖は嘲笑うようにして言う。 「嫌ですね、そんなもの。相手の女性が産めない身体であるのならまだしも、僕より僕の血と遺伝子を受け継いだ精子を必要とする輩に、僕の精子を渡す必要性を感じない。義務ではなく、僕が選んだひととセックスをしたい。そう思いませんか、真白さん」 「そ、そうですよね……」  ……なんでこんな話題になってしまったのか。  王子様の顔で、精子だのセックスだのと顔色を変えずに言う吏玖の代わりに、わたしの方が赤くなる。  その度に目が合い含み笑いをされている気がするのだが、これは気のせいだと思いたい。  気のせいではなくわざとであるのなら、彼はMのような柔らかさを見せながら、実はS属性の腹黒確信犯だ。 「そこで僕は、思ったことを言ってみたんです。そうしたらどうなったと思います?」 「さあ?」 「とにかく健康で丈夫で体力ある、妊娠しやすいらしい女性との見合い話の山です」 「妊娠しやすいって……」 「恐らくは、避妊具を付けずにセックスをすると、その一回で受精してしまう女性のことだと思うんですが、こればかりは女性よりむしろ男性の命中率……失礼」 「いえ……」  本当にどうしてこんな話を、雲上人である御曹司と。  吏玖は、完熟トマトのように真っ赤になって聞いていたわたしに気づいたらしい。 「あ、あのですね……。別に僕は下ネタが好きなわけではないし、不特定多数の女性と遊んでいるわけではないので、そこのところは勘違いしないで欲しいのですが……」 「か、勘違いしていません。お酒の席のお話ですものね」 「そうそう、酒の席の話です。……ゴホン」  さすがに、酒気を帯びていた吏玖も恥ずかしかったらしく、焦ったように赤い顔を背けてこほんと咳払いをした。 「すみません。女性に、なぜこんな話をしているんだろう、僕は」  さらに赤くなっているようだ。 「大変ですね、名家に生まれていても」  そう、吏玖の話の主旨は下ネタではないのだ。  西宮寺家で、西宮寺吏玖いう男の人格否定をなされていることだ。  彼に求められているのは、西宮寺家の跡取りを作ること――。  それは切ないと思う。  わたしが吏玖なら、お前達の目はどこを見ているんだと叫び出したい。  そういうところで、生きているんだ彼は。  わたしの環境が吸血鬼だのなんだのファンタスティックであるのに対して、昼ドラ並みのドロドロとした愛憎劇を感じて、吏玖の方がやけにリアルでシビアでおぞましい。   吏玖は言った。 「……お金には困らないかもしれませんが、僕の力で得たわけではない……この次期(おさ)の地位を利用して、お金で買えない大切なものもこの世にはあるのだと、それがわからない……不条理で不合理な者達を正していきたいと、僕は思います」  その目は確固とした意志を宿し、その目の強さの分、吏玖とリクが重なって見えた。  やるべきことがあると、そう告げたリクの面影を感じてしまったのだ。 ――僕の力で得たわけではない。  そうだろうか。  彼がきっと色々と思い悩んで、努力していた部分があったからこそ、誰もが羨み称える地位にいるのだろう。能なしの坊ちゃんであるのなら、きっと彼は意志を持たない人形としてただ流されるだけで、わたしを召そうとも思わないはずだ。  わたしは彼がしようとしている革命に対する決意の、生き証人でもあるのだろう。 「――西宮寺を変えたいんです。だから僕は、死にたくない。僕があなたを必要としたのは、世界を変えるなどとかいう壮大なものではなく、あくまで僕の……身内事情の自己都合です。……そんなちっぽけなものにあなたを巻き込むのは忍びない。だけど僕は、そうでもしなければ……」  それは悲憤というより憎悪に近く、彼が信じられないと言っていた己の環境に対して、並々ならぬ戦意を抱いていることを暗黙に告げている。  そして同時に彼の本音が吐露されたということは、彼が覆い隠していた仮面を少しでも外して見せてくれたことにもある。会って間もないわたしに、そこまでの信頼感を見せてくれたのだ。  純粋に嬉しかった。  狼ですらわたしに隠し事をしていたのだ。  頼まれたからではなく、リクの傍にいることの正当な理由を、わたしは見つけた気がする。  わたしは吏玖に、思い通りのことをさせる手伝いをしたい。  それが今の、わたしの生きるという意味になることが出来る。  ……東京の外で生きる意味を見つけようと思っていたのに、悲痛な思い出が残る東京で、こんなに早く見つかるのは、もしかしてそれがわたしに架せられた運命なのかもしれない。   「身内事情の自己都合でいいんじゃないですか。あまりに壮大すぎることを言われても、逆に嘘くさくて、想像しにくいですし。別にわたし、正義漢の強い中二病でもないし、あまりファンタジーなことを言われてもピンとこないので」  それでも――、狼は吸血鬼で、わたしも一度死んでいるのに狼に生かされていて。  狼が黙秘をした話(ファンタジー)を信じたからこそ、わたしはひとりで生きる決心をした。  それを隠してわたしは笑う。 「副社長、頑張ってください。この世は泣きたくなるほどシビアですが、それでも頑張ろうと強く思って努力すれば、手を差し伸べてくれるひとがいると思います。わたしのように」 「あなたも?」 「……はい。身寄りがなかったわたしを義兄が助けてくれて、心にぽっかりと穴が空いてどうすればいいのかわからないでいたわたしに、生きていていいのだと知人が言ってくれて。そして生きる意味を探そうとしていたわたしに、副社長が手を差し伸べて下さいました」 「僕が?」 「はい。わたしが副社長を救えるなんて大それたことは思いませんが、副社長が不可抗力に進む環境に傷つけばわたしが必死に手当しますし、副社長が傷つかないようにベストを尽くしたいと、そう思います」  リクの不可抗力な事態は、不条理なわたしの環境に通じる。  だからこその吏玖への共鳴(シンパシー)。  吏玖を通じてわたしはきっと、自分自身を癒やしたいのだろう。  傷をなめ合うために、同類と集い戯れる。  だからひとりになった狼と、ひとりで戦おうとしているリクとも、わたしには通じるものがあったのだ。    そんなことを思いながらわたしが微笑めば、リクは瞳を揺らして僅かに細めた。 「正直、財閥の御曹司って神様のような遠い存在だったんです。オレンジジュースが冷蔵庫になくてもコンビニに行かずともいいし、珈琲豆を切らして珈琲店に買いに行くこともなければ、今日のお買い得品としていつもの銘柄が五十円下がっていることに幸せを感じたりしない。いつも高級品が傍にあって最高の環境にいるから、貧乏くさい庶民の幸せは感じないものだと」  狼との生活は裕福だった。  だけど彼との生活に幸せを感じていたのは、狼の優しさと、ふとした日常のささいなことで、お金そのものに価値があるようには思えなかった。 「耳が痛くなる話ですね……」  吏玖は苦笑する。 「でもやはり、あなたも意志を持って生きている。不当に人権を否定されればやはりわたし達と同じように嘆き悲しみ、戦いたいと思い、殺されかければ生きたいと思う。わたし達と同じように弱さがあり、ひとりで生きることの辛さを感じている。良い意味で人間らしいと思います。あなたもわたしと同じ世界で生きているのだと、実感しま……」  びくりとして言葉を切ったのは、距離を少し開けていたはずの吏玖がわたしの真隣に座っていて、そのままわたしの肩に頭をつけるようにして目を瞑っていたからだ。 「副社長!?」 「少し……酔ってしまったようです。肩を貸して下さい」 「は、はい……」  狭い空間の中、吏玖の息づかいを感じる。  それが悩ましいもののように思えて、ドキドキが止まらずに、わたしの息が引き攣る。 「ふ、副社長、アルコール以外をお飲みになります? ……あるのかどうかわかりませんが」 「……吏玖」 「はい?」  彼は至近の距離で静かに目を開き、その類い希なる美麗な顔で真剣にわたしを見ている。  漆黒の髪、漆黒の瞳。  リクと同じその顔で。 「僕の名前は吏玖というんです」  その瞳は熱っぽく潤んでいた。 「はい、それはわかっていますけれど?」 「あなたは僕の名前を知っているのに、ずっと『副社長』と呼ぶ」 「わたしの雇い主は、副社長ですからね」  すると形いい唇を僅かに尖らせた。  僅かな動きですら、視線を奪われる。 「吏玖でいいです」 「はい?」 「僕とふたりのプライベートの時は、吏玖と呼んで下さい。……あなたには、名前で呼ばれたいんです」  ぶわりと、場にすぐわぬ色香(フェロモン)が拡がった。  その双眸は挑発的とも思えるほど、意味ありげな強さを見せていて。  ぞくり、とした。  それは恐怖ではなく、性的な興奮だった。  リクに対して感じた激しい衝動のように、身体が火照ってくる。  彼に触れられている肩が熱い。  
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