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第20話 傍に置く意味

  ――僕の傍にずっと置いておけられる。  真っ直ぐなその視線とその言葉が、わたしの心に熱を灯し、胸の奥が滾り始めて苦しい。  わたしだって狼やリクという極上この上ない美形と接しきて、ぐらりときてもなんとか踏みとどまれる耐久性があるというのに、意味ありげな吏玖の言葉に、わたしの足場は崩れて揺らいでいる。 「な、な……」  真っ赤になって激しく動揺するわたしは、吏玖の言葉を切り返すことが出来ない。  そんなの冗談や社交辞令、もしくは色恋沙汰に無縁で過ごしてきたわたしへの揶揄に決まっているとわかっているのに、埃を被って埋もれていたわたしの乙女回路は、この優男の御曹司によって発掘されてしまったようだ。  この男はやばいと思いながらも、どうやってもわたしから熱が引くことはなく、それどころかだくだくと汗を掻いて蕩けそうになっているだろうわたしを、じっと見ていた吏玖の口端が、僅かに持ち上げられた。 「ボディガードとして」  そんな状態だから、彼がなにを言ったのか理解するまで数秒も要した。 「は?」 「別にいいですよ、男女の特別な感情だと思っていただいても」  見抜かれていたらしい。 「いえいえそんな、滅相もない! 冗談がお上手だこと、おほほほほ」  ……くくくと声を抑えて笑いながら、艶めいて流し目をしないで欲しい。 「僕のSP、役に立たないと思いませんか? それに比べてあなたの判断力と行動力は素晴らしい。あなたがいなければ、僕は車に轢き殺されていたでしょう」  ピンク色のもやもやとしたものに顔を赤らめていたのはわたしだけで、わたしは思いきり恥ずかしい勘違いをしてしまっていたらしい。 「ボディガード……」  ああ、穴があったら瞬間移動したいくらいだ。  ありえないでしょう、西宮寺吏玖がわたしに少しでも特別な感情を持っているなんて。  なに馬鹿なことを真面目に受け取ったの、わたし。   「はい。秘書兼ボディガードです。あなたは特別体術に秀でているわけではないようだ。だとしたら、秘書という公然とした任務の中、僕の傍で僕に危険をいち早く教えて欲しいんです」  そして吏玖はにっこりと笑って言う。 「勿論、僕があなたを守ります。あなたを僕の事情に巻き込んでしまう代わりに」 「守られないといけないひとが、ド素人を守るというのは、本末転倒ではないですか?」  吏玖は、その黒い瞳に明確な意志を宿した。 「いいえ、意味はある。僕は……あのSP達を信用していないので、信じられるひとを傍に置きたい」  悲壮にも思える翳った面持ちをしながら。  わたしは財閥の世界はわからないが、金持ちなりの苦労があるのだろうか。  彼は――信じられないひとばかりに囲まれた環境にいるのかと思えば、狼という存在を信じてくることが出来たわたしの過去の方がマシに思える。現在はおいておいて。 「なぜわたしを信じられると? もしかして先日あなたを轢き殺そうとした連中の仲間で、油断させてあなたになにかをしようとしてるかもしれないじゃないですか」  しかしわたしの意地悪な言葉にも吏玖は動じず、ふっと笑みを零す。 「真白さんの瞳はまっすぐだ。あなたは嘘がつけない性質(タチ)でしょう? たとえばトランプでババ抜きをしていて、あなたに早々にババが来ても、最後まで貰われることなくババで負けるタイプ」  ……その通りだった。  なぜかババはわたしのところに居着くのだ。不思議なくらいに。 「その通りです! なぜなんでしょうね」  首を傾げてぼやけば、吏玖も深山さんも声をたてて笑う。……なにかを悟っている目で。 「あなたは正直なんですよ、真白さん」  ……狼もそうだった。  嘘をつけずに正直ものだったから、リクの言葉を否定しなかった。 「虚構と欺瞞に満ちた僕の環境には、あなたのような……真っ白い心のひとが必要なんです。僕がそれに染まらない、〝ひと〟でいようとするためには、指標となるひとが」  吏玖の顔に一瞬、ぴりぴりとしたなにかが過ぎる。  〝虚構と欺瞞〟、それは彼にとって、語りたくないトップシークレットなのかもしれない。  彼は恵まれた環境にいないこと、信用出来るひとがいないということをわたしに告白した。たった一度、出会っただけのわたしに。  ……わたしを必要としてくれたのだ。 「……わたしの苗字をご存知だったのは、どうして?」  彼はひとつの会社の名前を言った。  それは、二つ前の、わたしが五度目の派遣を切られた会社だ。   「そこの専務から、あなたの名前を聞きました。あなたは名刺を見ただけでその電話番号を覚えることが出来ると」 「はい。だけど……社会人なら普通ではないですか?」 「あははは。普通だって、深山さん」  すると吏玖から笑い顔を向けられた深山さんは、ぶんぶんと頭を横に振った。 「それが出来たら、名刺管理に苦労しません」  ぴしゃりと断言されてしまい、わたしは「はぁ」としか言えなかった。
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