20 / 72

第18話 面接の相手

   リクから貰ったバレーシューズは、広幅で確かに歩きやすかった。  だが通行人が行き交う道路で、がっぱがっぱと音をたてて歩くのは異様でしかないらしく、奇異な視線に素知らぬふりをして、わたしはファーストフードのお店でハンバーガーを頬張りながら、店が開く時間帯を待つ。  わたしが好きなてりやきバーガーではあったけれど、こってり感があまり感じられず、食べたという気がしない。  不足しているのは甘味だったら我慢出来ても、塩味であったら結構きついものがある。  さすがは調味料の王様。いなければ配下は戸惑うばかり。   塩分が感じられないのは、余程精神的に堪えているのか、疲労感が半端いなのか。或いはバーガーを作った店員達が塩分を入れ間違えたのか(もしくは入れるのを忘れたのか)。  やはり塩分よりじゃがいもの味がやけに強い、味気ないポテトを食べた。  時刻は、店が開店する十時になった。  スマホには狼の着信とメールやLINEが恐ろしいくらいの数が来ていたが、ごめんなさいと謝りながらすべてブロックをして、内容を確認しないですべて破棄した。  心は痛むけれど、ひとりで生きるためには、乗り越えないといけない痛みでもある。  お金を使ってやると意気込んでいたけれど、やはり基本は貧乏性、トレンディなブティックに入るのは敷居が高くて、ファミリー向けのデパートのバーゲン品にしてしまう。  恥ずかしい格好をしているために、店員さんにじろじろと見られたけれど、さっと試着室に入って、着て出て購入すれば、誰もなにも言えるはずがなく。    だが、どんな安いスーツやブラウスでも元値は高いものなのか、薄ら汚れた顔が気になり、化粧室で洗顔して化粧をし直した。髪も洗いたい気分ではあったが、せっかく美容室に行ったのだから、ブラシで整えると汚れはわからなくなり、黒髪でよかったと思う。  最初で最後のSJ総合商社の面接。  数ある応募の中から、あまりに地味すぎるわたしの経歴を見て選んでくれたことに感謝して、失礼のないようにして断ろうと、わたしは思っていた。  十一時十分前。  約束より早く訪問するのは面接の定石。  正社員ではなかったけれど、わたしだって派遣とはいえ、社会の中に混ざりながらそれなりの行儀作法を身につけてきた。  ……とはいえ、SJ本社というのはあまりにも巨大で威圧的なビルにあり、わたしはビルに入る前から既に敗北感を感じて、既に気後れしてしまい、及び腰。 「遠野真白さんですね、副社長がお待ちです」  受付で紺色の制服を着た、メリハリのついた身体を持つ綺麗なお姉さんが、とびきりの笑顔でそう言った。 「え、人事担当の方じゃないんですか?」 「副社長室に通すようにと、副社長から言われておりますので、こちらにどうぞ」  これは、大変だ。  安易に入り口で断れば済むと思っていたけれど、深層にいる副社長に直接断らないといけないとは。 「あ、あの……。副社長ってどんな方なんでしょう」  一期一会だと思うからこそお姉さんに尋ねれば、彼女は長い睫毛を数度ばさばさとしながら、茶目っ気たっぷりに言った。 「恐竜みたいに口から火を噴くようなひとですわ」 「え……」 「冗談です」  ……にこにこと笑いながら、冗談という名の爆弾を落とすこのお姉さん、中々に強者だ。   「副社長はかなりエロエロで、秘書課もすべて警戒対象の脂ぎったセクハラおっさんです」 「え……」 「冗談です」    ……お姉さん……。 「副社長は至上最強の美形で、見ているだけで心臓発作起こしそうになります」 「はぁ……」  もう学習したわたしが、気のない返事をしていると、ひとつのドアの前に立ったお姉さんは、にこりとわたしに笑って、ドアをノックする。 「……副社長、深山です。遠野さんをお連れしました」 『中にどうぞ』 「はい。……どうぞ、肉食獣になりませんように」 「え、副社長がですか!?」 「いいえ、あなたです」  にこりと笑う彼女はこう言った。 「ご武運を」  一体なんの武運を願われているのかわからないまま、彼女が開けたドアに押しやられるわたしは、完全に臆病風を吹かせてドアから出ようとするが、お姉さんの馬鹿力なのかドアが開かない。  お姉さん、なんでこんなに不安にさせるの、ねぇ、ここを開けてよ!! 「こほん」  背後で声がした。  わたしはびくりとしながら、ゆっくり振り返る。  整然としただだっ広い部屋。  一面に広がる、東京の遠景。 「この前はありがとうございました」  そこに立っていた、高級そうなスーツを着こなす長身の男性は――。 「リク!?」  甘やかに微笑むその笑顔には、大輪の薔薇がぽんぽんと咲き乱れそう。  これは、別れたばかりのリクじゃない。 ――この前はありがとうございました。 「ふふふ。立ち話もなんですから、こちらに座って下さい」  だとしたら――。 「え……まさか、西宮寺吏玖!?」 「はい、そうですが?」  なぜこの会社にいるの!?  
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!