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第14話 ひとりの痛み

  「お前達を見ていたら、ただの兄妹じゃないよな。まるで熱烈な恋人同士だ」  リクがそうぼやいた。  それは侮蔑や皮肉ではなく、落胆しているかのように。  なぜリクが落胆することがあるの?  後悔でもしているとか? 「下世話で俗めいたくくりに入れないで欲しい。わたし達は兄妹だから、心身を支え合って生きてきたの。……今ではわたしひとりの思い込みだったかもしれないけれど」 「お前にとって、悪者は俺だろう? 俺がお前とあいつとの仲を切り裂いた」  だからそんなに、頼りなげで悲痛な声を出さないで欲しい。  わたしの心に切り込んで、わたしの世界まで切った強いリクのままでいて欲しい。  そうじゃなければ、わたしと狼の関係は、他人の言葉で脆く崩れるものであったと、認めてしまうことになるから。 「悪いのは……、生きていたわたしだから。リクのせいじゃない」 「……生きているだろう、お前は」 「はは、なにを。リクが疑問を投げかけたんじゃない。わたしは死んでいるんじゃないかって」  しかしリクの黒い瞳はまっすぐわたしを向いていて、そこには揶揄するような光はなく。 「生きているよ、お前は」  その力強い断定に、ほろりと涙が出る。 「それだけは、あいつに感謝しないとな」  ほろほろと、両目から涙が止まらない。 「……不知火は俺ひとりだと思っていた。だから……同じ苗字にするために兄を名乗るあいつの気持ちも、ほんの少しだけなら、わかるような気がする。……誰もいないのは、寂しいから」  わたしを追い立てる側だったリクの、孤独な呟きが、わたしの心に共鳴する。  ひとでもひと以外でも、ひとりで生きることは辛く寂しいのだと、そう言っている気がして……震えたわたしの心は、泣き声となって迸る。 「生きているから、涙が出るんだぞ」  わたし、生きているって思って生きていいのかな。  狼が他人を犠牲にして与えてくれたものを、狼の優しさだったと……そう信じていいのかな。 「生きろ、この先も。お前の生が沢山の犠牲の下にあるのならより一層、お前は生きなければならない」  犠牲があったと思ったら、またぶわりと涙が零れた。  犠牲があるから殺そうとしていた男に、生きろと言われた。  どう考えていいのかわからず頭も顔のようにぐちゃぐちゃで、だけど生きててもいいと言われたことが嬉しくて、さらに涙が止まらない。 「ああ、もう……泣くな。俺は……あいつのように、慰めてはやれない。あいつを想って泣くお前を、どうやって笑わせることが出来るのかわからないんだ。だから泣かないでくれ」  リクはわたしの手を握り、辛そうに睫毛を震わせる。  ……警戒するほど悪い男ではないらしいが、その王子様のような美貌で、気の利いた言葉のひとつも出ずに、子供よりも不器用な態度はないだろうと思えば、泣きながらにして笑ってしまう。 「笑うなよ!」 「笑わせたいんでしょう?」 「……っ、くそっ! いいよ、思う存分笑えよ」  ふてくされたようにリクの背けた白い顔が、羞恥なのか照れなのかほんのりと赤く染まる。  それが、想像上の彼の欲情した姿を勝手にだぶらせてしまうわたしは、どくんと、忘れていた身体の渇きを感じて、繋いだ手を離そうとした。  だがリクは離さなかった。  そしてなにを思ったのか、指を絡ませて握ってくるから、一体なんなのだと思わず眉間に皺を寄せてじっとリクを見つめると、彼はさらに顔を赤らめた。 「見るなって」  どくん。  これはやばい心臓の高鳴りだ。  狼に鎮めて貰った……あの欲情が、まさか今ここで!?  わたしの身体、一体なにとち狂っているのよ!!  この男は、わたしに殺気を飛ばしていた男なのに。 「離してよ、ちょっとなにエロい繋ぎ方をしてるのよ」 「うるさい、黙れ」 「そういう慰め方はいらないから、だから離れて、あっちに行って!」 「誰が行くものか!」  きっとわたしの顔も赤いだろう。  狼と行き着くところにまで行き着いていたくせに、なにを初心な処女のように。  ……これはリクの赤さが伝染しただけだ。  吸血鬼だと躊躇なく首を裂いて殺せるくせに、わたしを殺すと殺気を飛ばしていたくせに、なんで手を繋ぐだけでこんなに……。  どくん。 「離せったら!!」  このどくんが、欲情の証のような気がして、わたしは力一杯リクを突き飛ばして走った。 「義妹ちゃん、またな」  背中越しに笑い声が聞こえる。  再会はあるのだろうか。 「へんな呼び方しないでよ!」 「じゃあ、不知火の姫様」 「断固却下!!」  わたしはなんで、駆けながらこんな大声で、子供のように。 「真白、近いうちにまた会おう」  どくん!  ……東京から出よう。  すべてを忘れて、一から出発を。  そう。狼に欲情してリクに欲情しかけている不埒なわたしを更生するために。 ――それではまた。遠野真白さん、狼さん。  不意に、甘く優しげな吏玖の言葉を思い出す。 「ねぇ、西宮寺吏玖ってあなた?」 「……知らねーよ。リクという名前なら、誰でも分身なのか?」  リクは思いきり不機嫌かつ不快そうに言い捨てる。 「そういうわけじゃないけど、そっくりで。……そうか、違うのか」  吏玖はこんなにがさつではない。  リクはあんなに優雅ではない。  吏玖は光が相応しく、リクは闇が相応しい。  リクと吏玖はこんなに似ているのに両極端で、他人なのか。
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