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第11話 信じている。だけど…

   狼が動く。  リクが逃げずにそれに応じる。  ……ふたりの動きは速かった。  しゅんしゅんと風を切り、まるで武芸の達人かのような正確な攻撃と防御。  この速度で動けるふたりもさることながら、武芸なんてしたこともなければ興味すら湧かなかったド素人のわたしが、その動きを目で追える不思議。    わたし、こんなに動体視力がよかったっけ?  狼、こんなに運動神経がよかったっけ?  わたしはふたりを見て、ふと思う。  リクの背の高さは、西宮寺吏玖と同じくらいだ。  しかし、リクが不知火という特殊な家を自己の存在証明(アイデンティティー)とするのなら、彼は日本屈指の財閥の御曹司にはなりえないだろう。  日本の闇に存続している不知火家と、日本の日向に存続している西宮寺家。  同じリクという名前を持つ、同じ顔をした男達は、あまりに両極端の境遇に生きており、そして吏玖は、こんなに凶悪な攻撃的な視線を、狼にちらつかせたりはしなかった。 「……っ」    ふたりが強い殺気を伴い始めた時、これは止めなければいけないとわたしの本能がそう叫んだ。  「やめて、ふたりとも!!」  しかしわたしの声は届かない。  狼の突き出した手の攻撃をひらりと躱した吏玖が、身体を捻りながら膝を狼の腹に入れようとする。それを肘で受け止めた狼が反対の手をぶんと振り回して、リクの喉元に突き刺さろうとする。  わたしの身体が動いた――。 「義兄さん、リク、やめて!!」  わたしはリクの前で両手を広げて立っていた。  リクの喉に向けられた狼の手の爪は、わたしの喉元の皮膚に突き刺さる直前でぴたりと止められ、そして狼の首元に向けて回し蹴り最中だったリクの長い足は、わたしの広げた手に至る前にぴたりと止まる。 「真白、どけっ!!」  怒りと殺気を迸らせる狼が怒鳴る。 「嫌!!」 「お前は……その男に惚れたのか!?」 ――お前、あの男が好きなのか!? 「どうしてそんな発想になるの!!」  一緒にいる、庇う……普通のことをしているのに、どうしてそんな普通ではない結論しか導くことができないの。 「どけっ、お前を殺させるな」 ――あいつについたお前を殺してやりたいくらい憎いが、本当に俺にお前を殺させるな。  ふたりで、そんな簡単に殺すなんていう、不穏で物騒なことを言わないで。 「どかない」 「真白!!」 「どかないって言っているでしょ!?」 「どけっ!!」  わたしの中にカッと湧き上がる感情があった。 「、狼」  わたしの口から出た威圧的な言葉は、義妹としてのものとは言いがたいものがあった。  それに訝るよりも、わたしは盤石とした心持ちで再度言った。 「聞こえなかったの? わたしの前で争いはやめなさい」  何様なの、わたし。  そう思えども、わたしではない別の人格でも生まれたかのようだ。  そんなわたしに狼は瞳を揺らし、悲壮感漂う顔をすると手を引っ込めて、一歩後ろに退く。  わたしは広げた両手を元に戻して、リクにも言った。 「あなたもよ、リク。やめなさい」 「……ふっ、伊達に不知火本家の血は引いていないか。お姫様に免じて、休戦だ」  リクからも殺気がなくなれば、わたしの中からなにかがすっと引いた。 「……義兄さん。あなたは吸血鬼なの?」  わたしのストレートな問いかけに、狼は僅かに目を細めた。 「わたしの悪夢を知っていて、巷の事件を知っていて。義兄さんがその中心にいたのに、わたしに知らないふりをしていたの?」 「……真白、お前なにを聞いた」 「義兄さん。今まで嘘をついたことがない、あなたが否定するのなら、わたしはそれを信じる。ううん、今だって信じているけど、義兄さんの言葉が欲しいの。すべては、このひとの戯れ言なんだって」  わたしは真っ直ぐ狼を見る。 「義兄さんは、誰も殺めたりしていないよね? わたしが不知火って言うところの娘で、義兄さんはわたしの家族を殺したとか、女性の血を啜っているとか、そんなことはないよね? わたしは一度死んで、義兄さんに生かされているなんてことはないわよね?」  狼はなにかを言おうと口を開きかけ、そして……静かに目を背けた。 「どうして――否定しないの?」  
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