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第10話 守りたいもの

  ――欲情した女の精気を吸い取ることで、その気になれば眷属を作ることも可能だ。  揺れまいと逆に動揺するわたしは叫ぶ。 「狼に欲情しても、狼はわたしになにもしないもの!」 「お前、あの男に欲情しているのか!?」  僅かにわたしの真意からずれたところで、リクはその美麗な顔を悲痛さに歪めさせる。  まるで絶望感を味わっているような、そんな悲壮感を漂わせて。    リクは掠れた声を絞り出す。 「あいつは欲情する女の精気を吸って生きている。だったら、あいつに欲情するお前が生きているのは……あいつの支配下にあるということだ」 「意味が……」 「お前も既に、あいつに血を吸われて眷属になっているんだよ。あの屋敷が火事になってお前は行方不明になった。それはつまりあいつが、遠野狼が! お前に精を与えて、お前を自分の眷属として生かしたということだろう!?」    蘇る悪夢。  わたしはロウの名前を呼んで、どうなった?  ステンドグラスのように割れた景色には、なにが映っていたの?  どうしてわたしは、あの夢が怖くて仕方がなかったの? 「……俺の敵になるな、真白。あいつについたお前を殺してやりたいくらい憎いが、本当に俺にお前を殺させるな」  血でも吐き出しそうなその辛そうな台詞に、わたしは喚くようにして言った。 「意味が、わからないっ!!」  精一杯の強がりは、かくかくと震える足だけで動揺がわかるだろう。  どうしてそんな目をするの。  どうしてそんな言葉を吐くの。  わたしはここに生きている。  生きてリクと相対しているじゃないか。   「わたしは化け物じゃない!! わたしの首のどこに牙の痕があるというの!?」  わたしはブラウスのボタンを開けて、首筋を見せた。 「純血は、欲情した女の血を吸わなくても精気を取れる。欲情している女とセックスをすればいい。それだけで……」 「……っ」  狼はあたしを抱く。  そして何度も、首に甘噛みをする。 「お前、欲情だけではなく、あいつに抱かれているのか!? あいつを義兄だと思っていて、あいつとそんなことをしているのか!?」  侮蔑に近いその声は、わたしと狼ふたりだけの世界にびしりと皹を入れる。  いかにひとから、わたし達の関係は認められていないのか、思い知らされる。  誰からも祝福されない、卑下されるものだと。 「お前、あの男が好きなのか!?」 「……っ」 「好きなのかよ!?」  ……好き。  だけど義兄として、家族として。  だからわたしは彼に抱かれる。血の繋がりを持たないからこそ、ひとつになるために。  そんな私達を、知った顔をしたリクにとやかく言われたくない。  俗めいたくくりにわたし達を入れないで!! 「そんなこと、あなたに言う義理はない! わたしは遠野真白、それ以外のなにものでもないの!」  酸欠にくらくらする。  リクに会った瞬間から、わたしは眩暈を感じている。  どんなに拒もうとも、現実を揺るがす眩暈を。   「あなたの妄想戯言で、わたしの世界を壊さないで!!」  二つ折りになりながらわたしが叫ぶと、リクはぎりりと歯軋りをした。 「俺の言葉を信じないのか……」 「信じられない!」 「それなのに、あの男の言葉は信じるというのか!」 「わたしに近寄らないで!!」  わたしはヒステリックに叫んで、わたしに手を掴もうとしたリクの手をぱああんと払った。  途端悲しげに唇を噛んだリクの姿に、わたしの心がきゅっと鳴る。  なんでこの侵略者(インベーダー)に、罪悪感を感じないといけないの。  なんで。  なんで!! 「わたしは狼よりあなたの方が怖い」  ぞくぞくするほど、欲情して狼に重ねてしまうほど、リクの方が――。  睨み付けるとリクが悲哀に満ちた眼差しとなった。 「真白、お前はあの男に騙されているんだぞ」  あの悪夢が本当の出来事だったとして、わたしが体験した記憶の一部だったとして。  あの吸血少年が狼で、後ろに積み重なっていたのがわたしとリクの家族だったとして。   「ごめんなさい。わたし……それでも今の生活を守りたいの」  寂しい時、狼はいてくれた。  狼はわたしを守ってくれた。  リクがわたしを知っているのなら、どうして今まで現われなかったの?  どうして今さら、身内のような顔をするの? 「狼はひとを殺していない。狼はわたしの血を吸っていない。吸っているのは……あなたじゃないの?」  前回、偶然現われたとでもいうのか。  東京でいつどこで起きるかわからない事件に、偶然遭遇して女の死体の傍に立っていただなんて……そちらの方が無理な話じゃない? 「俺を疑うな」  リクは猜疑心丸出しのわたしの視線の意味に気づいたようだった。 「今だって、躊躇いなくこのひとを殺したじゃない!!」 「真白、それは……っ」 「わたしの名前を気安く呼ばないで!!」 「……っ」 「真白と呼んでいいのは……義兄さんだけなんだから」  ――刹那。  殺気にも似た視線が向けられた。  そして――。 「思い出せ」  それは僅か一瞬。  わたしの腕が引かれて、リクに引き寄せられたと思ったと同時に、わたし唇に熱く柔らかいもので塞がれたのは。  それがリクの唇だと悟った瞬間、身体の抑圧されていた細胞が沸々と目覚める。 ――真白、……まで、待ってるんだよ。  込み上げてくるうねった感情。  熱くてたまらないこの感情はなに? ――真白の……、気持ちいい……っ。 「やっ!!」  しかしどんな抵抗も、リクの力に及ばなくて、角度を変えて湿った唇を荒々しくあてられ、ねっとりとした舌が割り込んできて、わたしの舌の側面をなぞりあげて、絡んでくる。  ぞくぞくとしたものに声が出そうになった。  生まれて初めてのキスに、身体が蕩けそうになっている。  リクの首に手を回して、もっと彼の口づけを堪能したいと乞う気持ちがわき上がる。 「ん……」  わたしの口から甘ったるい声が漏れた瞬間、リクのキスに感じている自分を自覚したわたしは、自分が不潔なビッチのように感じて、渾身の力でリクを突き飛ばす。 「なにをすんのよっ!!」  手の甲で唇を拭った。  何度も何度も血が出ても擦った。  ……気持ちいいと甘美な痺れを感じたことをリセットするように。  それでもリクの感触は刻み込まれて、消えなかった。 「お前……キス、していないのか? あいつとは身体の関係があって?」 「悪かったわね!!」 「まさか……」  リクが言葉を切って目を細めた瞬間、目の前に突風が吹いた。  「お前……真白になにをした」  ……狼がいた。  血走った、怒りの目をして。 
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