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第9話 壊れる日常

 頭が痺れて、呼吸が引き攣る。  今までわたしを構成していたものが、毛穴からどろりと出てきそうだ。 「狼が……吸血鬼?」  ちかちかと、地下道の照明が点滅し、同時にわたしの忘れられない夢も点滅しながら、まるで写真で出来た紙芝居のように、わたしの脳裏に静止画像が切り替わる。  首筋にあった、真紅を垂らすふたつの小さな陥没。  恍惚な表情で事切れた屍達。  あの、血を滴らせた牙を持つ少年が狼?    ロウと夢で呼んでいたが、それが狼とは限らない。  なによりわたしは、狼の義妹で……。 「純血が敵と義兄妹など、笑わせる」  嘲笑うように吐き捨てるリクは、冷ややかにわたしを射貫く。 「ジュンケツ?」  純粋に首を傾げたわたしに、リクの目が訝しげに細められ、それが緩む。 「なにも知らされていないのか、それとも記憶を消されたのか……。いいだろう、教えてやる」  リクがゆらりと揺らめきながら告げた。 「吸血鬼といっても、魔物ではない。魔物ではないが……普通の人間ではない。そういう点では、人外の存在であり、忌避すべき闇の一族だ、は」  リクは残忍にも思えるほど、非情な顔で淡々と告げる。 「遠野家……」  それは、わたしの苗字ではないか。  わたしの足が震えた。 「そして、不知火(しらぬい)に生まれた俺にとっては……始末しなければいけない、ひとの出来損ないの存在のひとつ」  リクの黒い瞳の行き先は、今しがたリクが喉元を切った男に注がれる。  わたしは声を上げた。 「消えてる……っ」  そう、ひとの形をしていたものが、コートや服を残して消え去っていたのだ。 「奴らは血を吸うことで、相手の生命も吸う……いわば吸精一族。俗に言うエナジー・ドレインと呼ばれる能力により、その身体能力も生命力も人間を凌駕する」  ……それは、魔物とどう違うというのだろう。  そんなものはホラーだ。ファンタジーだ。 「そして吸精された者は、伝染する。この男は、前菜(オードブル)にもならないつまみ程度だったんだろう。その場で死に至った時から、無自覚にして吸血鬼能力が複製(コピー)された。血を吸われた時既に、この男は死んでいた。下っ端眷属として、死体だ」    しかし、現にわたしを襲おうとした男は、消えている。  それだけでもう、わたしは既に闇の世界に足を踏み入れているのではないか。 「二十年前、不知火は吸血一族である遠野を滅ぼした。しかし純血の赤子に同情し、義弟として不知火の……お前の家族が育てた。狼と名付けて」 「……っ」 「だがあいつは目覚めてしまった。自分の血に。その犠牲になったのがお前の家族と、お前の誕生祭に呼ばれて行っていた、俺の家族だった」  その言葉の羅列は、ちっとも心に響かない。  初めて聞いたものに風景は浮かばない。 「あなたは、わたしのなんだというの?」  するとリクは真剣な目をしてなにかを言いかけ、一旦口を引き結んで黙ってから、ゆっくりと言った。 「俺達は従兄妹だ。お前は不知火真白という、不知火当主の一人娘だ。今、不知火は俺とお前のふたりしかいなくなった」  シラヌイマシロ。  そんな名前、わたし知らない。 「自分を恥じろ、真白。お前は……敵の男を兄として慕って同じ屋根の下で暮らしていることを」  知らない。  あの夢でわたしが、あの少年をロウと呼んだことしかわからない。  知らない。  リクのこともすべて。  ……だから、この話を鵜呑みに出来る要素はない。  真実性はなにもない。判断出来ない。  だから――。 「狼は……吸血鬼じゃない」  わたしは狼を信じる。  狼はロウという名前の響きを持つだけの、わたしを慈しんでくれた優しい義兄だと。  わたしは警戒心を露わにして、ずさりと後退る。 「……信じないのか、俺の言葉を」  それは怒りであり悲しみであり、複雑な負の表情を顔に浮かべて歪めさせる。 「わたしを殺したいと言うひとの言葉に、一体とごに信憑性があるというの!?」  違う。  絶対狼は、あの夢の少年じゃない。  わたしを追い詰める側の存在じゃない。  どくんどくんと心臓の音と、耳鳴りがうるさくて苛立つ。  リクの言葉も、無意味で不快に紡がれるただの音の重なりであればいいのに。 「都内に起きている猟奇事件。それを引き起こしているのが奴でも?」 「違う、そんなはずはないっ!!」  否定するわたしの身体が、リクの言葉の拒否感にぶるりと震える。  今まで事件に関して語っても、なにひとつ狼には動揺はなかった。  しでかした重大なことに無関心でいられるような、そんな非情な男ではないのだ、狼は。 「遠野は非情だ。そして奴はその血を受け継ぐ純血。濃度の濃い、欲情した女の精気を吸い取ることで、その気になれば眷属を作ることも可能だ。そう、こいつらみたいな」 「違う、狼はそんなことをしていないっ!!」  リクは狼のことをなにもわかっていない。  きっと別の男のことを言っているんだ。
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