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第6話 同じ顔

   わたしはひとり自嘲する。  わたしはあの吸血鬼との、現実的な繋がりをまだ求めているのか。  あんな裏路地に血を啜っているような男が、こんなに堂々と花輪など出さないだろう。    ……あの十字架はどこにあるのかわからない。  狼がまだ持っているか、捨ててしまったか……もうわたしにはリクと繋がるものはなにもない。だから、吏玖と言う名前に縋っているのだろうと思えば、恋情にも似た執着が強まっていることを自覚する。  考えれば欲情してしまうから深く考えないようにしていたけれど、自分を殺すと殺気を飛ばしていた相手の名前だけで身体を熱くさせてしまうなんて、やばいと自分でも思う。  だけど、理性より本能が反応してしまうのだ――。  その時だ。  車道に、黒塗りのリムジンが停まったのは。  当然、場にふさわしくないこの異分子は、皆の注目を浴びる。  数分後、店から数人のSPと共に薄い青色の着物に紺色の羽織を着た若い男性が出てきた。  まるで芸能人のように華やかなオーラを持ったその男性が出てくるなり、周囲の女性達が色めき黄色い声が鳴り響く。 「狼、知ってる? 誰?」  彼らがリムジンに乗り込もうと歩いているその時だ。  リムジンより奥に停車していた車のエンジンがかかる音がしてこちらに突っ込んできそうになった。SP達が着物姿の彼を庇うように壁になった時、わたしはひとりの男が、背後の車に乗り込むのを見た。  ……とても、嫌な予感がした。  もしも前の車が囮で、背後の車が後ろから突っ込んできたら?  SP達は彼を守り切れるのだろうか。  そう思った途端、わたしの身体が自然に動いた。  背後の車にエンジンがかかり、SPが振り向くと同時に、案の定後の車はスピードを上げた。  そして突っ込んでくる直前、わたしは着物姿の彼に抱き付くようにしながら道路の脇に転がっていた。SPが拳銃を取り出して後の車を相手にしている間、今度は前の車が着物姿の男性をひき殺そうとスピードを上げた。  この男性が誰だかわからない。  助ける義理もない。  だけどわたしは、目の前でひとを死なせたくなかった。  正義漢とも違うただの私情なのに、使命感のように強く。  わたしは彼に抱き付くと目を瞑った。  どこかで狼の声も聞こえるが、意識的に遮断した。  そして――。  車が飛び込んでくる瞬間、わたしが彼を横に突き飛ばそうとする直前、わたしの身体がふわりと浮いて、逆に彼に抱かれていた。  いわゆる、お姫様抱っこで。  続いて彼がわたしを抱いたままひらりと車から身を翻したために、ぶつける対象を失った車はブレーキが間に合わずに通り過ぎた。  そして、タイミングよくパトカーの音が聞こえてくると、二台の車は去った。    ……一体なんだったんだ?  逆に助けられたわたしは、なにか役立てれたのだろうか。 「大丈夫ですか?」  仄かに上品なお香の香り。  耳がどうにかなってしまうような甘く囁くような声に、初めて着物姿の男の顔を見たわたしは絶句する。  その顔の作りは、昨日の……十字架をしていた吸血鬼だったからだ。 「シラヌイ……リク!?」  恐怖と悦びに、どくどくと心臓がけたたましく鳴っている。  しかし彼は、固まるわたしの前で上品そうに僅かに首を傾げた。 「僕は、確かに吏玖(りく)ですが、西宮寺(さいぐうじ)吏玖といいます」    それはきっと、花輪に書かれた名前だと直感で思う。  リク、だからこそ――。 「昨夜、会いましたよね!?」 「いいえ? 昨夜僕が屋敷にいることは誰もが証言出来るかと思いますが」  確かにどこまでも極上に作られたこの顔の作りは、昨日のリクと同じとはいえ、それらを繋げる冷ややかさがない。柔らかで優しげで、どこか儚げで、闇に溶けていたリクと相反する。 「では、双子とかそっくりさんは……」 「いませんね。僕は一人っ子ですし」  ふわりと吏玖は笑う。  眩しくて溶けてしまいそうなキラースマイルで。    視線が絡むと身体の血が滾る。  わたしの身体は、リクだと発情しているの? 「じゃあ、シラヌイリクさんに覚えは……」 「さあ?」  吏玖の黒い瞳から目が離すことが出来ない。  すさまじい吸引力。  とくとくとうるさい心臓が苦しい。 「……っ」 「どうしました? そんな顔で僕を見て……」  妖しいまでの甘い声に、この魅力に喉が渇く――。 「真白!」  突如わたしの身体がふわりと宙に浮き、気づけば狼の肩にいた。 「帰るぞ」 「狼!」  狼の方が背は高いが、吏玖もかなり長身だ。  狼が野生的なら、吏玖は洗練された優雅さと上品さを備えている。 「吏玖様、お車に」  サングラスをかけた黒服のSPが声をかけると、吏玖は実に優雅に頭を垂らして、そして微笑みながらわたしに言った。 「助けて頂いたお礼は後日」 「いらん!」 「狼さんではありません。真白さんに言ったのです。僕が助けて頂いたのは、真白さんですから」  「はっ! 見つけられるものか」  狼の剥き出しの視線と対峙出来るだけの強靱さが、吏玖にはある。  いいところの坊ちゃんだろうが、ただのお気楽な坊ちゃんではない気がした。 「西宮寺グループのすべてを使っても、探し出します」  彼は含んだ笑いを見せて、狼から言葉を失わせる。 「それではまた。遠野真白さん、狼さん」  吏玖は会釈すると車に乗り込み、彼を乗せた車はわたし達の前を通り過ぎた。  時が動きだしたかのように、黄色い声がまた大きくなる。 「吏玖さま、お麗しい~」 「西宮寺財閥のリアル王子様」  ……皆、吏玖のファンだったらしい。  確かにあの美麗過ぎる顔は、芸能人やモデルより極上だとは思うけれど、さいぐうじと読む財閥はわたしだって聞いたことはある。  平安に遡る華族の出だとかなんとかで、日舞や雅楽を嗜む風流な閥族だと。  では吏玖のあの優雅さは、血筋なのか。  不意に狼がわたしに尋ねた。 「お前、苗字をあいつに名乗ったか?」 「いや……ないね、そういえば。それなのになぜ遠野ってわかったんだろう」 ――遠野……真白。真白……? まさか、古い洋館に住んでいた?  ぞくりとした。  彼は、あのリクなのだろうか。  彼も、女の血を啜るのだろうか。 「お前、あいつに近づくな。いいな」  ……わたしの平穏さが、少しずつ崩れていく音が聞こえた。  そう、リクという響きを持つ男達によって。 
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