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第16話

 目覚めると、空は薄っすらと紫がかっていた。 「いて…て…」  冷たい石畳の上にビロードの外套が敷かれ、イシリスはそこに横たわっていたようだ。身体の節々が冷え、痛んだ。 「…クロサイト…」  身体のあちこちが痛む理由をもう一つ思い出し、辺りを見渡す。だが、そこは廃墟と化した城だった。  数時間ほど前まで昂ぶっていた人や闇のものの気配は消え去っていた。  ぶすぶすと、何かが燻る音と、焦げる臭いとが立ち込めた。  見れば、昨晩クロサイトが仕留めた『監視者』の屍だった。昇り始めた朝日に照らされ、それは静かに青い炎を上げ燃え出した。  卵の腐ったような臭いが立ち込めた。眉を寄せ、イシリスは静かに立ち上がった。  遠くから、微かに馬車の近づく音がした。  下敷きにしていた血に濡れた外套を羽織り、釦をしめると、イシリスは伸びをしてテラスから下を覗いた。  黒い馬に、黒い車。黒のベルベットが閉め切られた中は見ることができない。だが、イシリスはそれが己を迎えにきたものだと分かっていた。 「イシリス様」  不意に、背後からイシリスの名を呼ぶ声が静かに響いた。  驚くことも無く、イシリスは目を瞑り両の手を上げ、降参の様を真似た。 「はいはい、お迎えご苦労さま」 「失礼いたします」  近づいてきたのは女とも、男とも見える黒髪に切れ長の黒い瞳を持つものだった。黒の燕尾服を着て、手には白いリボンを持っていた。  きらきらと、リボンの宝飾が光を放つ。  燕尾服の使いは、迎えに来た召使だった。何時ものように、全てが終わった朝、場所を問わずイシリスを迎えに現れる。呼んだ訳でもないのに。 「今回もまた、『狩り』だったぞ。ソーン?」  ソーンと呼ばれた召使は、イシリスに持っていたリボンで目隠しを施す。 「レイベン様は御存知です」 「だろうね」そう言ったイシリスの服が、純白のドレスへと変化する。慣れた様で爪先で裾を蹴りながら、イシリスは手を引くソーンの後に続いた。  ソーンは指を鳴らした。  テラスの下で馬の嘶きがこだまし、羽ばたきの音が近づく。  黒い馬に、漆黒の翼が生えていた。逞しい馬の脚が空を蹴ると、それは羽ばたいた。  テラスに横付けになると馬車は止まった。黒い馬は紅い目をしていた。 「さぁどうぞ、イシリス様」  馬車の扉を開け、ソーンは目隠しのイシリスを促した。馬車を前に、片膝を立て、踏み台のように差し出す。  イシリスは普段どおりそれを踏み、軽い足取りで馬車の中へと入った。  ソーンは中へは入らず、外から扉を閉めた。それを音で確認すると、イシリスは溜息を一つ吐き、目隠しを取った。  薄暗い馬車の中、目が慣れてくるなり、イシリスは思わず息を呑んだ。  波打つ漆黒の髪。そのうねりが目に入った。 「今宵の宴はどのようだった?イシリス…」  低い、男の声が響いた。
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