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第11話

「っ…」  最後の、力を失いかけた足を振り上げる。それは男の胸元を蹴り上げるつもりだった。  踵は男の胸を打った。が、それは無駄なものだった。  振り上げた足は左右に開かれ、その間に男が割って入る。 「少しは女らしくしたらどうだ」 「おま…え…『狩り』はどうした…!」  やるのなら、こんな茶番など。 「『狩り』?お前を狩る方法ならばいくらでもあるだろう?」 「…賞金首を…舐めるな!!」  石畳の血溜まりが、イシリスの声と同時に跳ね上がる。  紅い槍となって、男の頭へと向けられた。 「面白い」  その一言と共に、その槍は男の掌に消えていく。  吸い込まれるように、その肌に滲みていく。  愕然と、イシリスはその様を見た。 「孔雀に、血を操る力。…あとに残るはなんだ?出してみろ」  イシリスは、唇に残った男の血の味を感じていた。  男は、その唇が小さく震えているのを見ていた。 「俺の番か。…つまらん」  男は、言うなり脱臼したイシリスの肩を掴んだ。ぐっと、力を込め強引に関節を戻す。  ゴキリ、と鈍い音と共にイシリスが呻く。反射的に背けられたその小さな顔を、頬を捕まえ男は引き寄せた。  唇が触れるか触れぬかの距離で男が囁いた。 「お前も吸血ならわかるだろう?…俺の血の甘さを」  そう言って、噛み付くようにイシリスの唇を塞いだ。  再び、男の舌がイシリスの口内を蹂躙する。 「…っ…ん…」  口の中に溢れる男の血の甘さ。  それはどれほどの葡萄酒にも負けぬ濃厚な甘みを持っていた。    イシリスの意識さえ、蹂躙するほど。  闇の中に生きるものどもの、階級を示す、『血』。  強ければ、強いほど、甘美な味を含むそれは、吸血たちのなかでは酒の代わりとされてきた。  また、あるときはその役を変えた。  強いものが、弱いものを。  または、弱しくも、美しいものが、獲物を捕らえる為に。  その意識を狂わせ、現を夢に、夢を現へと変える、『媚薬』の代わりに。
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