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第6話
「まだおわりじゃないよなあ!?」
切り裂き、その背後へ突き抜けたイシリスは素早く振り返る。二つに分かれた獣は、黒い霧となり、再び一つになろうと闇の中に蠢いた。
「その姿ならば、この瞳を臆する必要もないだろう。…さあ、来い!」
イシリスは短剣を舐めあげ、緑の瞳を細めた。
実体を失った闇のものは、急所が無い。闇そのものになる。
次に仕掛けてくる方法は一つしかない。
なにものかの、身体を盗む。
呼吸するものに限るが、鼻や、口など、入り込める穴という穴から、その身体に入り込み、奪うのだ。
闇から、イシリスに向かい生臭い風が鋭く吹き抜けた。
黒い蠢きが、咆哮を上げたようだった。
「ひぃ…っ!!」
闇の中に、何者かの悲鳴が上がった。
イシリスは背後を振り返った。
微かな月光に反射する甲冑。
イシリスはその姿をみるなり舌打った。
「さっきの…まだいたのか。…いや、もう、人間ではなくなったのか」
それは良かったな。
独り言のように呟くと、背から短剣をさらにもう一振り引き抜いた。
「…来い」
闇の中、じゃり、と砂が鳴った。
イシリスが目瞬きをする間に、すでに人ではなくなった男は剣を振り上げイシリスの鼻先へと迫っていた。
短剣と剣とが切り結ぶ激しい音と共に、火花が散った。
「ウ…ォォォオオオ…!!」
人間のそれとは違う野太い咆哮が男の口から放たれた。
「…うるさい……っ!!」
体躯に差のあるイシリスだが、その力は五分だった。
浮かび上がった踵に力を込め、爪先が地を蹴った。
イシリスの膝が鎧の腹を打つ。ぐにゃりと飴細工のように、それはあっけなくイシリスの膝を模った。
頭に被られた兜を、強引に剣先が弾き取る。
首まではその短剣では届かなかった。男はよろめいたが踏ん張り、イシリスに向き直る。
紅い瞳が怒りで剥かれていた。
男は立っているのがやっとなのか、肩で息をしていた。
「辛そうだな」
イシリスは慈悲を込めるように呟いた。
「人間の身体ってのも重いだろ?」
言いながら、敢えて、その緑の瞳を伏せていた。
「いま、楽にしてやる。…おまえの、その身体の持ち主も」
鎧の男は、前に倒れこむようにして、四つん這いになった。
「せめて、人間らしく向かって来いよ」
無駄か。
イシリスは溜息をつき、獣の様に四足で駆け向かってくる男に、短剣を向ける。
静かに、イシリスがその紅い双眸を見つめた時だった。
ぶつり、と布を貫く音が響き、同時に駆けていた男の首が宙を舞った。
真っ赤な、噴水のような血飛沫を上げ、男の身体が転がった。
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