5 / 22

第5話

「…ちっ…」  イシリスは舌打ち、踵に忍ばせた短剣を引き抜く。そのまま、大きく開かれた真っ赤な化け物の口元へ投げつけた。瞬時に、化け物は投げ込まれた短剣を上下の牙で挟み、イシリスへと向き直る。  にやりと、小さくイシリスは微笑を浮かべた。    カツンと爪先を鳴らしたと同時に、闇と、月光の中に姿を消す。  再び現れたのは、化け物と人間の間だった。  充血した紅い眼を見開き、化け物はイシリスを間近に見た。  唾液にまみれた短剣を、化け物の口元から強引に引き抜く。 「おい、人間。鎧もなしに戦うつもりか?化け物を甘くみるなよ」 「あ…ああ、あ…」  倒れたまま、腰を抜かした人間の男は口を開けるだけ開け、ただ煌びやかな衣装の胸元を裂いた。  鈍い光を返す、鎧が裂けた服の合間に見えた。   エメラルドの瞳をわずかに見開き、呆れたように溜息を一つ吐いた。 「…なんだよ。無駄足か。…立てよ」  握った短剣を振り、糸を引き滴る唾液を散らす。  三つ編みに結った銀の髪を揺らして化け物に向き直ると、化け物は月光の中で再び人の姿を復元しようとしていた。 「イ…イ…シリス…」  黒髪を鬣の様に伸ばした大柄な男が、そこに立っていた。人の形になった唇が、イシリス、と幾度も呼称する。 「なんだよ、気安く名を呼ぶな」  眉を顰めた瞬間だった。  ひぃ、と背後で男が小さく呻いた。 「?」  イシリスが軽く振り返ると、男と目が合った。男の目が恐怖に引き攣るのが見えた。 「くっ…孔雀の魔かぁ…っ…」  立ち上がろうとした男はイシリスの瞳を見るなり、再び腰を抜かした。 「そうだ。この首、獲ってみるか?」  笑って、イシリスはその己の首筋に、短剣を寄せる。 「おっ…おれは『監視者』じゃないからな…っ」 「そうか、それは幸運だったな」  行けよ、そう言ってイシリスは闇に振り向く。 「イぃ…シリス…!!」  髪を逆立て、闇の姿から変化した男は真っ赤な瞳をイシリスに向けた。 「その姿でいいのか?手加減無しだぜ」 「う、ううう。う、おおおおおお…!!」  男の口から溢れ出した呻きは、獣の咆哮へと変わっていた。  真正面から静かにそれを眺めていたイシリスは耳を掻いた。 「煩せぇな。獣の姿をしたやつはどいつもこいつも…」  眉を寄せ、ふと瞼を閉じたイシリスは獣へと背を向ける。半獣となったモノは、好機を得たとばかりに、その細い背中へ尖った鉤爪を振り上げた。  細い首筋に鉤爪が触れようとした瞬間。  半獣は動きを止めた。  その紅い双眸が捉えたのは、孔雀の禍々しいほどの美しい緑の瞳。  ゆっくりと、微笑を浮かべイシリスは振り返る。 「どうした?俺の血が欲しいんだろ?この首を獲れよ」 「う、うううう」  イシリスは悪戯にその鉤爪へとその首を乗せる。  がくがくと半獣は震えだし、開かれたままの口からは唾液が滴り落ちた。 「どうした?化け物よ…やらないのなら…」  鮮やかな緑の双眸の前に短剣を翳す。白い閃光が半獣人の目を潰した。 「私の番だ!」  イシリスは大きくその胸元へ踏み込む。  分厚い胸元へ、細い短剣が食い込む。 「ぁああああああ!!」  気合と共にイシリスの短剣が切り込まれていく。イシリスのその倍はある半獣人の体が真っ二つに、左右に綺麗に分かれた。
いいね
ドキドキ
胸キュン
エロい
切ない
かわいい

ともだちとシェアしよう!