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第2話

 くるくると円を描く舞踏会を横目で見やり、イリシスは仮面の下眉を顰めていた。  退屈。  兄が来ない訳だ。もっとも、見目の良い兄が来れば、女どもはそれを放ってはおかないだろう。  漆黒の、夜の波間のようなうねる黒髪。同じ色彩のどこまでも深い黒の双眸。  夜を統べる闇の王を父に持ち、夢魔へと堕ちた聖女の母を持つ最高の獣。  それが兄だ。 「ワインは如何?お若い騎士様?」  ソファに腰掛けていたイシリスに、銀杯が差し出された。見れば、仮面で飾りつけた年増らしい婦人がそこにいた。その丸いシルエット。 「有難い」  そう言って受け取り、唇を寄せる。  ふと、そのエメラルドの瞳が仮面を見た。 「何か?お気に召しませんこと?」 「いいえ、マダム。実に香りのよいワインだ…」  ワインに紛れた、甘い独特の香り。  人間には、この銀杯の香りに隠されて気づくものはいないだろう。  血の香り。 「でも…」  イリシスはドレスを纏った女のその派手に飾られた手首を掴む。 「私はあなたの方に興味がある」  ぐい、と引き寄せると、女は口を薄っすらと開いて微笑む。  その紅い唇から覗く、鋭い犬歯。  吸血の牙。 「美味そうな坊やが…鼻がいいじゃないか…!!」  イリシスは懐から短剣を引き抜いた。  女の、掴んだその手の爪が鷲のそれになるよりも先に、静かに、女の首を刈り取っていた。  ぱさりと、主を失った仮面が落ちた。  噴き出した血飛沫が、イシリスの白い衣装を纏った半身を濡らす。
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