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第1話

 獣の瞳を思わせる、月。    闇の中その切り立った断崖に立つ城は、霧を纏うようにしてぼんやりと浮かび上がっていた。  城門を、次々にくぐりぬける馬車が、その城内に犇めき合っていた。  馬車から降りる人影。  仮面を纏い、男は女を、女は男の手を取り、軽い接吻を交わし、薄明かりの城の中へ吸い込まれていく。  外套の豪奢な袖を忌々しそうにみやり、人々の中では頭一つ低く、細身の体躯をした騎士・イリシスは溜息を一つ吐いた。  なぜ、自分がこのような場所に……。  好き好んで来るような場ではない。むしろ、自分のような身分のものがいることさえ、場違いもいいところだ。  これも、なにもかも、すべて、腹違いの兄の所為である。  この世で、最も、憎み、恨み、命を狙ってきた兄の為、イリシスは城に騎士として潜り込んでいた。  ただその一言、 『行って来い』  その言葉に従って。  兄の代わりに行けと命じられたのだと思っていた。  ……その銀杯を受け取るまでは。
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