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第3夜 囁きよりもあまく、にがい(5)

「月の主よ、なぜ、禁忌を犯した?」  その問いにはもううんざりしていた。 「…さあな」  真実を伝えたところで、何が変わるのか。  いかな理由があったにしろ同族を殺したのは間違いもなく己で、事実だった。  縛り上げるまでに手続きを踏まえ、口を割らせる為の拷問じみた尋問に手続きを踏まえ、リフェンスは呆れ気味だった。  今しがた交代したばかりの審問官がリフェンスの前に現れた際にも、リフェンスは欠伸を堪えることが出来なかった。  欠伸したリフェンスを前に、その体を締め上げる為の鎖を握った審問官は動揺を隠せない様だった。  審問官は咳払いをし、口を開いた。 「リフェンス・オルファード。月の主よ。貴殿に会いたいという申し出がある。貴殿の拘束はこのままだが、万が一のことがあれば貴殿は即刻審判にかけられる。よろしいか」  リフェンスは、今更誰が会うのかと思案を巡らせた。  暗い牢獄に、何者かの足音が近づく。  思わず、リフェンスは目を瞠った。  そこには、審問官に導かれる聖女の姿があった。聖女は、頭からすっぽりと黒いマントを羽織っていたが、それが己の審判のために纏った式服を隠すためだとリフェンスは即座に悟った。 「…リフェンス…!」  聖女が、リフェンスめがけて駆け寄ろうとするのを、審問官が押し止める。 「なにをするの」  聖女は、泣きそうな顔で審問官を見つめる。  審問官は、冷たく、しかし、動揺した様で答えた。 「失礼しました、聖女様、危険です」 「私は大丈夫。知っているでしょう。彼は私には勝てない」  聖女は、リフェンスを見つめて言い放った。リフェンスは黙ってそれを見返す。  リフェンスは手出しなどする必要も無かったが、それは事実だった。 「ここから…席を外してください」 「しかし…」 「私の命令と言っても、聞けませんか」 「…承知しました」  審問官は頭を一つ下げると、牢獄の中から姿を消した。  たった一人の気配が消えただけだと言うのに、聖女の息遣いまでもが聞こえてきた。 「リフェンス…なぜ…、なぜです?」  聖女はリフェンスのもとへと駆け寄ると、身体を締め付ける鎖にそっと触れた。 「あなたが、あの力を使うはずがないと、私は信じています。なにか、理由があるのでしょう?」 「………」 「あなたは裏路地を選んで歩いていたそうですね。誰かに、つけられていたのを知っていたあなたは、ひとを巻き込まないよう選択をした結果が、こうなったのだと私は考えています」  聖女はリフェンスの瞳を覗くように見つめると続けた。 「ルイの行方が不明なことと、関係あるのですね」  リフェンスは、目を瞠った。 「ルイはどこにいるのですか?」 「あの…女…まさか、約束を」  リフェンスは、思わず声を出していた。気付いたときには、聖女が微笑を零すのが見えた。 「やっと、話してくれましたね。ルイなら、無事です。帰ってきましたよ」  リフェンスは心の中で舌打った。  すでに、遅かった。 「女の方とは、誰ですか?」 「あんたは知らなくていい。そんなことよりも、もう、この戦いから身を退くんだ。ジュードと、一緒になれ。そして、引退しろ」  リフェンスは、聖女から目を反らすと暗い空を見ながら、告げた。  聖女は、震える様に溜息をついたようだった。  リフェンスは、ちらりと下を見る。  聖女が俯いているのが見えた。口元を押さえ、細い肩が震えている。 「聖女よ」  リフェンスは、静かに呼びかけた。  聖女は肩を震わせ、リフェンスを見た。  大きな瞳から、涙が溢れた。  リフェンスは、その美しさに息を飲んだ。 「…それは、できません」 「…なぜ。幸せになることなど、今のあなたには容易いはずだ」 「私には、それが許されないからです」 「許されない?何があなたを許さないんだ」  リフェンスは聖女を見つめ、聖女はリフェンスを見た。 「それは…、……」  聖女は、口を開くが、言い難そうに何度も口を開き、閉じる。 「それは?」  リフェンスは、もどかしかった。彼女を許さないというものを、問い質し、吊るし上げてしまいたかった。  気付かぬうちに聖女を、熱く見つめていた。 「それは…」  聖女は、息を飲んだようだった。 「あなたを一人の男性として愛しているという私の心が、きっと許さないでしょう」  聖女は、頬を薄紅に染めながら、一息に紡いだ。 「……ぇ…?」  リフェンスは、聖女の言葉を理解できなかった。 「…どういう…」  聖女は、驚いたリフェンスの唇に自らの唇を寄せた。 「!」  聖女は、リフェンスの唇を強引に塞ぐと、そっと離れた。 「これでも、わからないのですか?」    大きな瞳から、涙が溢れていくのを、リフェンスは呆然として見た。  目元を静かに拭って、聖女は踵を返した。 「リフェンス、あなたを罠にかけた者に、心当たりがあります」 「…な…に?」 「あなたを、どんな手を使ってでも救ってみせる」  ちらりと返り見る聖女の瞳は、何かを決意していた。 「愛してる。…リフェンス、あなたを、誰よりも」 「やめろ…聖女、この戦いから、降りろ」  リフェンスは身動いだ。が、鎖は強く身体を締め上げ動けない。 「偽って、騙して、…ごめんなさい」  聖女は、そう呟くと、闇の中に消えていく。  細く、影が闇に吸い込まれるようにして、リフェンスただ一人が残された。 「…クソ…ッ」
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