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第3夜 囁きよりもあまく、にがい(3)

 ある夜のことだった。  長老と呼ばれる長い年を経た吸血鬼の族長たちが、集まった。  聖女を前に、珍しく長老たちは険しい顔を見せた。 「事はかなり厳しき状況である」 「東のファルナスはどうしたのだ。領地をおさえているのは、あの若公爵だったはず」 「彼の者はすでに落ちたらしい。この地へ侵略が始まるのも時間の問題だ」 「聖女よ。いかがする」 「聖女よ」  リフェンスは、聖女の傍らに立ち、話を窺っていたが、事の深刻さは伝わったものの、何のことを議題に取り上げているのか分からなかった。  聖女は、リフェンスの顔をちらりと見た。 「…?」 「リフェンス。あなたは、少し席を外してください」  穏やかに告げる聖女の周りで、どよめきが上がる。 「リフェンス?あ、の、リフェンスが?」 「黒い炎の、おぉ!」 「月の主が、おいでとは!」  リフェンスは舌打った。  面倒くさいことになることが容易に想像できた。  これは、断罪者として、要されている。  だが、ざわめきを一蹴したのは、聖女の声だった。 「皆様、お静かに。これに彼の力は要りません」  リフェンスは、聖女を見た。  リフェンスを顧みること無く、聖女は続けた。 「彼の力は恐ろしい諸刃の劔。私は、この力を今回のことには使用を認めません」  耳を疑った。  聖女は、淡々と続けた。 「私は彼を見てきました。彼は苦しみ、己を滅し、悔やんでいる。その彼を、このような形で脅威に晒すことは、火に油を注ぐようなもの。我々は、彼を手放すことになるでしょう」 「な…」  聖女の言葉が、己を疑っていることは明白だった。  敵の手に落ちる。  裏切りという、最悪の方法で。 「聖女、俺は…っ」 「リフェンス。ここは、黙って。向うへ」  聖女は、一度も見ること無く、リフェンスに告げた。 「…了解した」  舌打ち、リフェンスはその場を後にした。  長老たちは朝方まで何やら話し合っていた。  その微かな声を聴きながら、リフェンスは夜明けを待っていた。  やがて、長老を乗せた馬車が一台、二台と、教会を離れていくのを、リフェンスは静かに見送った。  聖女に会うことも、先程の言葉の真意を確かめることもできず、リフェンスは苛立ちを感じていた。 「クソ…っ」  本当に、自分は信じてもらえていなかったのか。  その微笑みに甘やかされ、飼いならされていたのか。  ふと見れば、薄闇の中、誰かが教会に近づくのが見えた。  ジュードだった。  こんな夜更けと朝の合間に。  聖女が、呼んだのか。  呼んだにしろ、自分は、関係ない。  そう思って、外へ出ることにした。  教会を出るには、回廊を渡るしか無かった。 「………」  微かに、聖女の声がした。  盗み聞きになることはしたくないと、リフェンスは早足になった。  が。  揺れる蝋燭の炎の中、聖女が、ジュードに口付けていた。  熱く、絡み合う姿を、見てしまった。   「ジュード、私を、抱いて、ください…」  ジュードに懇願する、濡れた瞳。 「どうした?…あなたらしくもない可愛い願いをする…」 「何も、言わないで…」 「無論だ」  後に何があったのか、リフェンスは、ただ、この時間を誰も邪魔されないように、願っていた。  人々が祈りを捧げる壇の上で、淫らに広げられた足の爪先も、仰け反った細い背中も。  時折漏れる濡れた声も。  揺れる華奢な腰も。  薄紅に染まった白い肌も、自分の手には入らないのだと。  リフェンスはその眼に焼き付けていた。  やがて朝陽が昇る頃、甘い囁きと共に睦交は終わった。
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