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第1夜 キスしたことある?(15)

 結局、その晩は虚月に無体を強いられる事もなく、可憐は家路に着いた。  闇に沈む墓地の中、虚月はあっさりと可憐を突き放し、その闇の中に消えてしまった。 「虚月様…」  シャワーを浴び、布団に入ってからも、可憐は虚月が現れないかと思っていた。  だが、その望みは叶わなかった。  煌びやかな光が、目を指した。  ステンドグラスの鮮やかな光だ。  眩しさに指を目の前に翳すと、背後に人の気配がした。  振り返れば、銀の髪を揺らして、男が立っていた。  こちらの光と対比するように、男の背後には闇と、蝋燭が揺れていた。  男は、体中を重厚な銀の鎖に縛られていた。  眉一つ動かさぬその男は、こちらを紅い瞳でまっすぐに見ていた。  男に近づき、その鎖をなぞる。その身体のあちこちから、血が滴っていた。  初めて男は眉を顰め、何事かを告げた。  男の背後で、炎が上がった。  それは、闇の様な、蠢く漆黒の炎。  男は、唇を釣り上げ、笑う。 「また、会おう。………」  低い声が、己の名前を呼んだ。  己の細く白い指先が、黒い炎に焼かれていく。  だが、これで。  男の紅い瞳が間近に迫る。  炎の中、抱かれていた。  愛しい、腕の中で。  可憐は、そっと瞼を閉じた。 「!」  可憐は、飛び起きた。  何だろうか。  汗が、額に浮き上がっていた。  じっとりと、掌にも汗を握っている。   知っている。  今の夢。  あの、銀の髪。 「虚、月さま…」  息を吐く。胸が震えていた。  可憐は、外を見た。  まだ、辺りは闇の中だ。  今の夢は何だろうか。  震える足で、可憐はベッドを降りると、虚月を探した。 「虚月様…、虚月様?」  闇の中を、その名を呼ぶ。  もう一度、その指で触れて欲しいと。  おかしな不安感が、心を満たしていく。  そんなはずは無いと、ただ夢だと、早くその指に触れて確かめたかった。 「虚月様?」  闇の中に、紅い二つの輝きがあった。  ほっと、安堵して、その胸に近付く。  虚月は無言で、可憐を見下ろしていた。  眉を顰めたその顔。  先程まで、その表情だった。  そう、夢の中で見た。 「おかしな夢を見て…」  それはただの夢だと、否定を貰いたいんじゃない。 「もう、会えないかと、思った…」  この闇のようなあの黒い炎に焼かれて。  可憐は、不安を打ち消すように、夢物語を語ろうとした。 「…虚月様、黒い炎が…」  しなやかな指先が、可憐の胸元に伸びる。 「また、会おう、そんな事を言うなんて…」  虚月の紅の瞳は、まっすぐに可憐を見つめた。 「こうして、傍に居てくれてるのに。ね、リフェンス…」  リフェンス、と、知らない名前が可憐の口を吐いて出た。  虚月の紅い瞳が、見開かれる。  可憐は口元を押さえた。  いま、なんて。  もう一度、虚月を見ようと、顔を上げた。  同時に、胸元に衝撃が奔った。 「…え…」  見れば、胸元に伸びた虚月の手が、可憐の左胸に突き刺さっていた。 「…こ…」  名を呼ぼうとして、喉を、何かが込み上げた。  膝から、力が抜けていく。  真っ赤な花を吐き出すように、可憐は吐血した。  その胸に倒れることもできずに、冷たい床の上へ、可憐は身体を投げ出した。  ただ静かに、漆黒の闇が、可憐の瞳に沈んだ。
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