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第1夜 キスしたことある?(14)

「え…っ、可憐、そのネックレスどうしたの」  里沙が、首筋を指差し、口をパクパクさせている。  見つかってしまった。  トイレで外すつもりでいたのに、どうにも外せなかったのだ。 「え…と、お守り」 「イケメンに貰ったのか!?」  イケメン、には違いなかった。  だが、ここでいうイケメンとは、虚月の事だ。 「え、と…」 「そうなんだな!?」 「違う…」 「あああ!どっちよ?」  里沙は涙ぐんだ目でこっちを見た。 「イケメンには違いないけど、これには事情が…」 「イケメン!?そんなにいるのイケメン!紹介してよ!可憐!」  ああ、美菜!里沙は机に突っ伏して、欠席の美菜に訴えた。 「いいけど、神父さまだよ」 「神父さま!?どこの!」 「うちの、近所…」  言いながら外そうと試みるが、何度やっても外れないままだ。 「…外すの?」 「うん、手伝って」  外れたら頂戴。里沙は言いながら可憐の背後に立った。 「あ…れ?」  里沙は、何か気づき声を上げた。 「どうかした?」 「駄目だよ、可憐。…これ」  留め金じゃない。  里沙は、留め金部分だと思っていた箇所を前に回して見せる。  鏡に映して可憐は見た。 「何かの、エンブレム…だよ?」    細い銀の鎖は、可憐の首を一周していた。 「どうやって付けたの?可憐?」  可憐は午後の授業も上の空だった。  繊細な銀の鎖は、千切ろうと思えばできた。だが、踏み切れない何かがあった。  どうしよう。虚月様、きっと怒るよね。  もしかしたら、怒りにまかせて取ってくれるかもしれない。  だめだ。   そんなこと、できない。  やっぱり、香島さん本人に、取ってもらうのが一番だ。  可憐は帰宅途中にもう一度教会へ行くことを決めた。    里沙を見送り、可憐は教会へ歩き出した。  日も沈み、薄暗くなった頃、可憐は教会の前で辺りを見渡した。  住宅街とはいえ、通りには誰もいない。  当然だが、香島の姿も無い。    墓地の樹々が、北風に煽られ騒々と鳴っている。  今朝の雰囲気とは違う。全く別の顔を見せていた。  怖い。  可憐は、寒気とは違う、何か別の感覚に襲われた。  ふと、白い影を見たような気がして、墓地を見る。  違う。  墓石が、ぼんやりとそう見えただけだ。  ふと教会に足を踏み入れそうになり、可憐は留まった。  駄目だ。  もう諦めて、帰ろうか。 「ごめんなさい、香島さん…」  このネックレスは、やはり。  虚月に。  名前を呟き、教会を後にしようとした時だった。 「可憐さん?」  墓地から、可憐を呼ぶ声がした。 「…え、香島さん」  墓地から現れたのは、黒服に身を包んだ香島だった。  手には、聖書を持っている。 「あ、あの…」  突然現れた聖職者の香島に、可憐は戸惑った。  自分の正体が透けて見えそうで、何かに隠れたかった。 「どうしたんですか。今日は冷えます。それに、夜道は危ない」 「すみません。用が済んだら、すぐ帰ります」 「用、ですか?」 「はい…。…あの、ネックレスが…」  可憐は、言いながら襟元から銀の鎖を引っ張り出した。 「このネックレス…」 「可憐」  背後で、聞き覚えのある低い声がした。 「!」  振り返ると、そこには虚月が立っていた。  黒髪ではなく、銀の髪のままで、瞳は紅のままだった。 「こ、虚月さま…?どうして…」  思わぬ虚月の出現に、可憐は二人に挟まれる形で動けなくなった。 「そこで何をしている?その半人前に、何のようだ?」  虚月の声には、明らかな怒りが含まれていた。 「は、半人前…?」  半人前とは、誰のことだろう。何を虚月は言っているのか、可憐の思考は止まった。  ただ、虚月から漂う空気は、今迄に感じたことの無いものだった。  可憐は、ただ息を飲んだ。  背後で、香島の小さな笑いを可憐は耳にした。 「…お久しぶりですね、月の主。僭越ながら、この半人前、お待ちしていましたよ」 「…え、香島、さん…?月の…主?」  己を半人前という香島を見れば、穏やかに笑う、変わらない香島がそこに居た。  虚月の容姿を見ても、驚いている気配は無い。 「こちらに来い。可憐。茶番は終わりだ。俺は無用の輩と待ち合わせをした覚えは無い」 「…つれないお返事ですね。確かに僕は、可憐さんに呼ばれて来たまで。そこに貴方まで現れるなんて、なんて奇遇だ。僕は恵まれてる」  香島は、微笑を浮かべたまま、懐からロザリオを取り出した。  可憐は、この二人は会うべきでは無かったのだと、今更気付いた。 「こ、虚月様、どうしてここへ?」  可憐の問いに対し、虚月は舌打つ。 「月の主ともある方が、迎えに上がるほど、貴方は大切に思われるんですよ。…可憐さん」 「え…」  言って、可憐の首筋に手を延ばす。 「あ…香島さ…?」  香島は可憐の襟元から、銀の鎖を引き出した。  同時に、ふと、風が可憐の脇を吹き抜けた。 「黙れ。…半人前」  虚月の声が、可憐の耳元に響いた。 「…っ、虚月様?」  気付けば、虚月の高い背中が、目の前にあった。銀の髪が、可憐の頬に僅かに触れる。  その肩の向うで、虚月の手が、香島の首を捕らえていた。  爪が、香島の白い肌に食い込む。 「こ、虚月様っ」  可憐は小さな悲鳴を上げる。そして、その背中の裾を掴んだ。    「や…やめて…!」  懇願する可憐を、虚月の紅の目が流し見た。    小さく震える可憐のその襟元に覗く、銀の輝き。  小さな銀の十字架。  首を捕われ、身動きせずにいた香島が、小さく吹き出した。 「どうしますか、月の主よ。貴方の下僕は、もう、貴方のモノでは無いのですよ」  どう見ても不利の香島は、笑っていた。  虚月を。 「か、香島さんも、もうやめて…!」 「…黙れ。半人前が」     ブツリと音を立てて、香島の首が落ちる。  可憐は、悲鳴を上げることもなく、それを見た。  香島の手から、聖書が落ちる。  妙だと、可憐は思った。  瞬間。  虚月の握りしめた香島の首だったものが、黒い光となって吹き出した。 「…!」  可憐は口を押さえ、悲鳴を飲んだ。  香島の身を包んでいた黒服が、灰のように崩れていく。  我が主よ。またお会いしましょう。  可憐の耳元に、消えた香島の声が響いた。 「…え…っ、香島、さ…」  そこには、虚月だけが立っている。   辺りは、漆黒の闇に包まれ、静かな墓地が広がっていた。 「…え、どうし…て?」  虚月が、僅かに振り向く。  紅の瞳が、闇に輝いていた。  「虚月…さ、ま…?」  可憐は、何が起こったのか理解できなかった。 「…っあ…!」  可憐は、小さな悲鳴を上げた。気付けば、その腰を引き寄せられていた。 「ぁ、んぅ…!」  強引に、虚月がその唇を塞いでいた。 「ゃ…、こ…、ん…!」  その胸の中で藻掻くが、無駄に終わる。  可憐の小さな唇から、唾液が雫となって流れ落ちた。 「っ…ぁっ」  虚月は、唇を離すと、可憐の身体を傍にあった墓石の上に押し付けた。  可憐は、虚月が何をするつもりか予想が付いた。 「や…いや、こ、こんなところで…!」 「…察しがいいな、小娘」  言って、虚月の紅の瞳が細められた。  「虚月様っ…!」  可憐は悲鳴を上げた。  可憐は当然、虚月は己を脱がすものだと思っていた。 「…っ、……?」  だが、虚月は、首筋を舐め上げただけだった。 「…ぁっ」  可憐は、虚月が何をしようとしているか、理解した。  そのまま虚月は、銀の鎖をその牙で噛み、引き千切った。 「…虚月さま…」  唾を吐くように、虚月は鎖を吐き捨てた。その白い輝きが草むらの中に消えて、可憐は安堵していた。  可憐は、目を瞑った。  香島の笑みが、可憐の中にまだ残っていた。
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