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第19話 妹馬鹿と魔女の恋
自分がユーリと無事に結ばれて気持ちの余裕ができたからか、リリーの関心はオクタヴィアとロベルトのことに向いていった。
オクタヴィアとロベルトをくっつけたい――そう真剣に思うようになったのだ。オクタヴィアの一途な想いを知ったから成就させてやりたいと感じたのもあるし、兄バカなロベルトはこのまま放っておくと結婚相手を見つけられそうにない。
だから、ふたりをくっつけるために協力しようと決めたのだ。
とはいっても、リリー自身も多忙を極めていたため、具体的な策を講じられたのは城で開かれる夜会が直前に迫ってからだった。
「こんなに素敵なドレス、本当にいただいていいんですか?」
深緑色のドレスを身にまとったオクタヴィアが、鏡に映る自分の姿を前に戸惑った表情を浮かべていた。
美しい黒髪にドレスの緑がよく映え、彼女の魅力をよく引き出している。ドレス自体の意匠はとてもシンプルだが、華やかな顔立ちのオクタヴィアにはちょうどいい。
「いいのよ。服は誰かに着てもらってこそだもの。リリーには似合わないし」
「そうですよ。私、フリルとかリボンとかがたくさんついてないと、貧相に見えるので。こういうシンプルなドレスは、素材で勝負できる美人にこそ似合うんです」
リリーと母は、鏡越しにオクタヴィアに微笑みかける。ああでもないこうでもないと着せてみて、ようやく納得がいって嬉しそうだ。
城の舞踏会には、王侯貴族だけでなく城で働いている者も参加することができる。そこでリリーはオクタヴィアに声をかけ、ドレスや装飾品を持たない彼女をメレンドルフの屋敷まで連れてきたのだ。
オクタヴィアを見たリリーの母はひと目で彼女を気に入り、リリーの意図を理解した。そして、リリー以上に張り切って、オクタヴィアを着飾らせ始めたのだ。
「髪は結い上げて正解だったわね。アクセサリーはあなたの瞳の色に合わせた大粒の石のペンダントにしましょう。やっぱり似合うわ。とても素敵ね」
いくつ見繕っていた装飾品の中から、母は大粒の青い宝石がついたペンダントをオクタヴィアの首に飾り、また上機嫌になる。リリーも小さな頃ねだってつけさせてもらったことがあるが、大粒の宝石に顔が負けるという悲しい体験をした。
「似合うから、これも差し上げるわ」
「そんな……いいんですか?」
「いいのよ。今日のところは私のお古で申し訳ないけど、今度もっと似合うものをロベルトに買ってもらったらいいわ」
「えっ」
リリーの母はもうすでにオクタヴィアがロベルトの恋人になるものと決め込んでいる。そのことにオクタヴィアは戸惑っているが、本当にそうなるのも時間の問題だとリリーも思っている。
「いい? うちの男はすごく鈍いの。鈍いから、はっきりときた態度できちんと言わないとわからないのよ。だから、今日の夜会はしっかりね」
「え……はい」
母ににっこりと微笑まれ、オクタヴィアの顔は真っ赤になった。だが、目にはしっかり強い意志が浮かんでいる。
「準備ができたのなら、そろそろ出発しよう」
噂をすれば、ドアがノックされた。ロベルトだ。夜会に参加するため、日頃とは違いきっちりと貴族らしく盛装した姿で入ってきた。
兄バカもこうすればなかなか男前だと、リリーはひそかに感心する。
ふと横を見ると、オクタヴィアはロベルトを前にして頬を染めている。恥ずかしそうに視線が泳いでいるから、いつもの堂々とした美人とはまるで違っている。これではだめだと、リリーは代わりにロベルトに向き直った。
「お兄様。こちら、私の友人のオクタヴィアさんです。今日はおひとりでの参加ですので、付き添いをお願いできますか?」
すっと前に進み出て甘えるように見上げれば、ロベルトは柔らかく微笑んだ。妹の頼みならば何でも聞くという、甘々な顔だ。そして、その甘々な顔でリリーの後ろに隠れているオクタヴィアを見た。
「お、君はよく雑貨屋で会う人じゃないか。日頃からきれいな子だと思っていたが、こうして着飾ると美しさが際立つな」
ロベルトは社交辞令ではなく、心の底から思っている様子でそう言った。好きな人からのストレートな褒め言葉に、オクタヴィアは顔から火が出そうなほど真っ赤になっている。
「リリーの友人というなら、ぜひエスコートさせていただこう。今日はよろしく」
そう言って手を差し伸べるロベルトの姿は、なかなか様になっている。一方、オクタヴィアのほうは緊張して動きがぎこちなくなってしまっている。
「ほら、ここでにっこり何か言ったほうがいいよ」
何か言わせなければと、リリーはオクタヴィアの脇をこっそりつついた。ロベルトはまったく気にした様子はないが、はたで見ているほうは大いに気になる。
「……他に付き添える者がいればよかったんですけど、あいにくおりませんでしたので、ご厄介になりますわ」
ロベルトの手を取り、つんと目も合わせずにオクタヴィアは言う。緊張と照れによるものだとしてもあんまりだと、リリーは頭を抱えたくなる。
「厄介だなんて、とんでもない。リリーの大切な友人のエスコートなら、ひとりでもふたりでも三人でもお安い御用だ」
ロベルトのほうはロベルトのほうで、まるで空気の読めない発言をする。ここは「あなたのような美しい女性のエスコートができて光栄です」と言うのが礼儀でしょと、リリーは内心で地団駄を踏んだ。
このふたりは放っておいても一生くっつくことはないだろうと、リリーは先行きを危ぶんだ。
「まあ、こうして並ぶと何てお似合いなふたりなのかしら。私、常々ロベルトの妻になる方はうんといい子じゃなくちゃと思っていたの。でも、オクタヴィア嬢ならぴったりだわ。美人だし、それでいて謙虚でいらっしゃるし。リリーとも仲が良いから、義姉になってもこの子をいじめることはないし」
見かねたようで、リリーの母が大げさな笑顔を浮かべてそんなことを言い出した。見え透いているし、不自然だ。だが、ロベルトのツボも心得ているのは確かだ。
「そう言われば、素敵な方だが……勝手にそういったことを言っては、オクタヴィア嬢を困らせてしまうだろう」
「でも、私は義理の娘にするならオクタヴィア嬢みたいな方がいいわ」
「わ、私も、姉になるならオクタヴィアさんがいいです」
ロベルトがまんざらでもない様子を見せたため、母とリリーは援護射撃をした。
元々、リリー以外に関心のない彼が顔をしっかり覚えて、個人として認識しているのだ。脈がないとは言わせない。あとは、それをどう自覚させるかなのだ。
「母上もリリーも、本人の意思を無視してそんなことを言ってはいけないよ。申し訳ない、オクタヴィア嬢」
事情を理解していないロベルトが、ひとりで常識人のような物言いをする。鈍いにもほどがある。
このまま何も進展しないのかとリリーは歯噛みしたが、オクタヴィアが勇気を出して口を開いた。
「私も、夫にするならロベルト様のような方がいいです。ロベルト様は、その……お嫌ですか?」
恥ずかしさのあまり語気は強まり、ロベルトを見つめる顔は怒っているように見える。それでも、よく言ったとリリーは褒めてやりたい気分になった。
少しの間ぼーっとしていたロベルトだったが、唐突に意味がわかったらしく、その途端に顔を赤くした。
「……そ、そんな、嫌ではない。嫌なわけがない。君がそう言ってくれるのなら、今日はパートナーとしてエスコートしよう」
「は、はい。よろしくお願いします……」
双方顔を真っ赤にして、ぎこちなく歩きだした。
その意外な結末に驚きつつも、リリーはほっと胸を撫で下ろした。
「さあ、次はあなたの番ね。そろそろお城に戻りなさい」
「そうだった!」
安堵したリリーの背中を母が押す。言われて、リリーは今日が自分にとって大切な日だったと思い出したのだった。
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