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第16話 恋ゆえの薬泥棒
「うん……全然会えてないの。私もユーリも忙しくて」
リリーが令嬢として様々な教育を施されているように、ユーリも公爵になるために新たに学ばねばならないことが山ほどある。それに、剣の稽古をこれまで以上に酷しくつけられているとも聞いている。だから、顔を合わせることはない。
これから一緒になるためとはいえ、愛を育む暇すらないのは、なかなかにきつかった。
「同じ城に住んでても、会えないものなのね。……よし。なら、私に考えがあるわ」
リリーがしょんぼりしているうちに、オクタヴィアは落ち着きを取り戻していた。リリーの足首を見て、ふむふむとうなずいている。それから、薬棚を物色してポンポンと適当なカバンに詰めていく。
「痛み止めと消炎剤の軟膏と、かぶれに効く薬と、傷薬と、血止めと……このくらいあればいいかしらね。これ、全部持ち帰りなさい」
「全部? たしかに、足首を怪我してるけど、手当てしてもらえればこんなに薬はいらないわ」
「あなたはいらないかもしれないけど、王子はどうかしら? 剣の稽古でボロボロになってるんじゃない?」
カバンを渡れて戸惑うリリーに、オクタヴィアはにんまりと悪い顔をしてみせた。美人がするとそれが悪い顔というより妖艶で、リリーは何だかドキドキしてしまう。
「手当てを求めて王子か王子を手当てするために誰かが来たら、あなたのところに行くよう伝えておくわ。それに、薬の補充は私がしておくから安心して」
「……ありがとう」
オクタヴィアの親切に、リリーは嬉しくなった。こんな方法でうまくいくのだろうかという不安はあるものの、何もしないよりずっといい。
好きな人に会いたくて研究所の薬をすべて持ち逃げしてしまうなんて暴挙にも等しいが、会いたいから仕方がない。後日きちんと怒られるつもりだし、薬を大量に作ることもやぶさかではない。
とにかく今は、ユーリに会えるならなんだってよかった。
「待って。これも持っていきなさい。これ、疲れに効くから。……いざとなったら、飲んで頑張って」
研究所を出て行こうとしたところで、オクタヴィアが引き止めて何かを渡してきた。それは、瓶に入った水薬だった。ウィンクつきで渡されて何が何やらだったが、リリーはそれを素直に受け取った。
「頑張る……? うん、ありがとう」
そのときリリーは、オクタヴィアが一体何に気を使って追加で水薬をくれたかわかっていなかった。オクタヴィアだけが、勝手に人の恋路を思ってにまにましていた。
その日の夜、晩餐と入浴を終え、リリーが部屋でくつろいでいると、控えめにドアがノックされた。
その音に、そわそわと待ちわびていたリリーの胸は高鳴る。
「どうぞ」
答えれば、ゆっくりとドアが開けられる。入ってきた人物を見て、ほっとすると同時にドキドキした。
「こんばんは、リリー。君のところに行けば、傷の手当てをしてもらえるって聞いたんだけど」
そう言うユーリの口元には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。つまり、リリーが薬を研究所から持ち出した理由をきちんと理解しているということだ。
それがわかって、リリーは嬉しくなった。
「そうなの。私、薬作りと手当てはすごく得意なのよ。だから、こちらへどうぞ」
「じゃあ、たくさん手当てしてもらわなきゃ」
笑いを噛み殺してリリーが言えば、ユーリは大真面目に返してくる。だが、それも一瞬のこと。すぐにおかしくなって、クスクス笑いながらふたりは抱き合った。
「会いたかったよ、リリー」
「私もよ、ユーリ。会いたくてたまらなくて、こんなことしちゃった」
「悪い子。でも、すごく嬉しいよ」
髪を撫でられたのが嬉しくて、リリーは猫のようにユーリの胸に頬ずりをした。そうして甘えるのは初めてのことで、照れる気持ちと喜びでリリーの身体は熱くなる。
「手当て、しなきゃ」
「そうだったね」
しばらく抱き合って久しぶりに会えた喜びを噛みしめてから、ふたりは本来の目的を思い出した。
リリーはユーリを長椅子に座らせると、薬の入ったカバンを開ける。
「傷、見せてもらっていい?」
「うん」
「わ……」
ユーリがおもむろにシャツを脱ぐと、その下の裸身を見てリリーは小さく声をあげた。
白く滑らかなユーリの肌には、あちこち打撲の痕や切り傷があった。しかも、治りかけのものも含めるとかなりの数だ。
「毎日新しく傷ができるから、消えることがないんだよ。それでも、日々上達してるつもりだから、減ってはきてるんだけど」
「そうなの……?」
「見て、一番新しいのはこんな感じの紫色っぽくて、これが徐々に黒くなって、最後は黄緑色っぽくなるんだ。ね? 新入りの紫色はそんなに多くないだろ?」
「……本当だ」
言われたことをたしかめるように、リリーはくまなくユーリの身体に触れた。ユーリの言ったとおり、痣のほとんどは黄緑色や薄い茶色になっている。でも、やはり痛々しい。
「毎日大変だったのね。手当てはどうしてたの? これじゃあ、全身に薬を塗らなくちゃいけなかったでしょ?」
「よほどひどいもの以外は放っておけって感じだったよ。きちんと手当てしてたのは、血が出たところくらいかな。あと、捻挫とか」
「……なんて荒っぽいの」
呆れながら、言われた通り切り傷の部分にだけ薬を塗っていく。なるべくしみないように、そっと優しく。
手当てのためとはいえ、好きな人にそうして触れていると幸せな気持ちになってくる。自然と口元に笑みを浮かべてしまいながら、リリーは丁寧に薬を塗っていった。
「これで大体手当てできたと思うんだけど、他にして欲しいことはある?」
「あるよ」
リリーが問えば、ユーリは真剣な顔で返事をする。
だが、よく見ればじっと見てくる視線は甘く熱く、リリーは次に何を言われるのかと期待してしまった。
「今度は、僕がリリーに触れたい。だめ、かな?」
上半身裸のまま、ユーリは小首をかしげて尋ねる。可愛らしい仕草なのに、うっすら筋肉の乗った裸体は男っぽくて、その落差にリリーはクラクラしてしまう。
好きな人にそんなことを言われて断れるはずもなく、リリーは目を伏せてこくりとうなずいた。
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